第5話 運命の再会

「さて、次はお菓子作りの材料にするかな」


 セマム様に拾われてから3年が経ち、すっかり買い出しも板に付いてきた。

 

 初めの頃、世間知らずの俺は、全く効率よく買い物できなかったものだが、今となっては大抵のものを最短最安値で買うことができている。


「これもセマム様の指南の賜物なのだろう」


 などと口を溢していると


「や、やめてください!」


 女性の、嫌がる声が聞こえる。

 

 直ぐにその方向に身体が動き、路地裏に抜けると、そこには大人の男3人に絡まれている1人の女性の姿があった。

 フードで顔はよく見えないが、女性が本気で嫌がっているのがわかる。


「いいじゃねぇかよ、どうせツレもいねぇんだろ?」

「そうだぜ、俺らと遊んでくれよ。なぁ?」

「やめてください! こんな暗がりに無理矢理連れ込んで……犯罪ですよ! 直ぐに衛兵隊が駆けつけてくる筈です!」

「あぁ、それなら心配いらないぜ。俺達はこれでもそこそこの冒険者で、金の稼ぎもそれなりにあるわけだ。そして、その金をこの辺りの衛兵の袖の下に忍ばせてやったら黙ってくれたぜ。そのおかげでここら一帯は俺達のナワバリってわけよ」

「そ、そんな……」

「よ! 兄貴達、カッコいい!」

「そうだろ? まぁ、そういうことだから邪魔の入る心配はーーブフゥ!?」


 絡んでいる連中のうち、最も身体のデカい奴を殴って吹っ飛ばす。


「あ、兄貴!?」

「おい! テメェなにしやがる!」

「いえ、最近身体が鈍っていたところに、良いタイミングでサンドバッグがあるなと」

「はぁ? テメェ何ふざけたことーーグフゥ!!」


 今度は最も小柄の奴を吹っ飛ばす。


「さぁ、あなたもこうなりたくなかったらその女性を離してくださーー」

「お、おい! 近づくな! それ以上近づいたら、この女をこ、殺すぞ!」


 残された一人に目をやると、ナイフを持って女性の首元に突きつけている。

 よく見ると、ナイフを持った手がぶるぶる震えている。


「これはまた、いかにも小悪党みたいなことを……」

「だ、黙りやがれ! どれだけ卑怯でも勝てばいいんだよ勝てばな! そ、そのまま大人しくしてやがれ!」

「そうですね……。確かにどんな方法を使っても勝てればいい。そう、『勝てれば』ね」

「半我トウゴク流拳法・壱の拳・【閃光】」

「おい! 何をーーゴフッ!?」


 最後の一人は最も勢いよく吹き飛び、壁にぶつかって崩れ落ちた。


「さて、大丈夫ですか?」

「は、はい! 助けて頂きありがとうございます……っと、この姿でのお礼は相応しくありませんね」


 そう言い、女性は被っていたフードを脱いだ。

 

 その瞬間、身体に衝撃が走る。




「ロ、ロベリスさん!?」



 そう、そこには俺の初恋の人が立っていた。

 3年が経ち、少し大人っぽくなっているが、美しさは健在。見るもの全てを釘付けにする勢いだ。

 これでは、ナンパされることすら至極当然のように思えてくる。いや、別に奴らを庇うつもりは一寸たりともないが。


「え!? ちょ! ちょっと声が……」

「あ、すいません」

「い、いえ。それにしても、何故私の名前を?」


 流石に3年前のことなんて覚えてないよな……。

 そりゃそうだ。俺みたいなモブCなんかを覚えていたら、どう考えても記憶のストレージが足りない。

 いや、ここまでは想定内。ここからが大事だぞ、ルーティ。


「3年前、この辺りのひったくり事件を覚えてませんか? 婦人の鞄をナイフを持った犯人がひったくった事件なんですが」

「あぁ、もしかして、男の子が犯人を捕まえたあの?」

「はい! それです!」


 心臓が高く鳴る。

 好きな人に覚えてもらっていることがこんなにも心躍ることだなんて思ってもなかった。


「実は、その男の子、俺なんですよ」

「え!? でもあの男の子は確か私よりも歳下だったはずで……いや、男の子の成長ならあり得るのかも?」


 ロベリスさんは、俺の少し汚れた執事服の姿を下から眺めた後、考え込むように首を傾げる。


 そんな何気ない行動にさえ、可愛いと感じてしまう。


「それに、あの男の子は、ど……奴隷だったはずですが……」


 奴隷という言葉を言い淀みつつ、ロベリスさんはこちらに目をやる。

 俺の服装を見ての疑問なのだろう。


「はい。そうです。俺は、あの事件の後、被害者だった婦人……セマム様に拾われ、今はその家で暮させて頂いております」


 この言葉に俺は、結構な覚悟を含んでいた。

 それもそのはずだ。あの時は奴隷に対して怒ってくれていたロベリス様と言えど、立場的には俺なんかがこんなに近くで喋れるような人ではない。


 どれだけ服装を取り繕うとも、どれだけ口調を変えたとしても、たとえ、俺の生活が普通の人間様と変わらないものであったとしても、結局、俺は奴隷で、彼女は上級貴族。それも、この国トップクラスの公爵家だ。

 身分最底辺の俺に多少なりとも忌避感を感じるはずで――


「そうだったんですね! それは本当に良かった……。あなたを育てていたあの環境は、とても良い環境とは言えませんから」


 驚いた。

 また心臓が高く鳴る。


 それは、彼女の言葉ではなく、その表情に対するものだ。

 その顔は、見ている俺が錯覚する程に、相手のことを思っての顔であった。


「あ。いや、別に奴隷の人々を悪く言っているわけではなくて、その環境を作る奴隷商人や奴隷法が──」

「わかっています。わかっていますから」

「本当ですか?」 

「はい」 


 慌てて補足をしようとする彼女にそれは不要だと手で制止する。

 彼女は少し懐疑的な目でこちらを見たが、しっかりとその目を見て返すと、納得したように笑顔を向けてくれた。


 そんな笑顔を見てつい、言葉が漏れてしまった。



「好きだ……」




「へ?」



 やってしまった。


 まずいまずいまずいまずい。


 思わず、思いが溢れてしまった。


 ロベリスさんの顔が急激に赤くなる。ダメだ。なんとかしないと。


「あ、いや、これは、その……そう! 俺、笑顔が好きなんですよ! 人の笑っているところが! いやぁ、ロベリスさんの笑顔が100点満点の笑顔でしたから、ついこぼれてしまいました! いやぁ、参った参った」


 流石に苦しいか?


「あ……あはは。そ、そういうことですか。なんだ、びっくりした。そうですよね」


 手で顔を仰ぎながら彼女はそう返した。

 どうやら、なんとか誤魔化せたらしい。


 そっと胸を撫で下ろし、呼吸を整える。


「さてさて、自己紹介も終わったところで、少し状況をお聞きしても?」

「は、はい」


 了承を貰ったので、少し声のトーンを下げて聞き始める。


「何故、あなたの様な人がひとりで街中に? お付きの人に何かあったのですか?」


 そう、お付きの人がついていれば、こんなナンパ共や、俺さえもこの人と話すことすら叶わない筈だ。

 俺もそれなりの学はつけた。リブロニア家の偉大さは、どの歴史の本にも載っている程だ。

 そんな家のお嬢様がひとりで街を歩くなんて異常以外の何者でもない。


「あ……それはその……」


 彼女は明らかにばつが悪そうに目を逸らす。


「あ、いや、別に困らせたいわけじゃなくて……俺なんか答えられないですよね。あはは」

「いえ、そうではなくて……。ごめんなさい。あなたを信用してないとか、そういう話ではないんです。ただ、これは私の問題だから……」

「ロベリスさんの……問題」


 ふと最近のニュースを思い出す。

 よく、新聞の片隅に掲載されている、少し攻めた内容のゴシップ記事だ。内容は、超上級貴族の家庭での暴力を含んだ嫌がらせについて。内容が内容のため、名前が伏せられてはいたが……。



「まさか……!?」


 小声で呟きながら、ロベリスさんの全身をもう一度注視してみると、左手の服で隠れるか隠れないかギリギリの部分に包帯の様なものが見えてしまった。


「……」

「ど、どうかしましたか?」

「……ロベリスさん。少しお時間を頂いても?」

「? は、はい。あと1時間くらいは大丈夫ですが……でも、あまり遠くには行けませんよ?」

「大丈夫です。近くのお店に寄るだけですから」

「そ、それなら大丈夫です」

「じゃあ、行きましょうか!」

「へ!?」


 精一杯の笑顔をロベリスさんに向け、そのままその手を掴む。


 この時、俺はこれまでの人生で最も勇気を出していたと言っても過言ではない。


「あ、でもこの人達……」

「あ……そうですよね」


 俺の精一杯の出鼻は、倒れるナンパ共によっていとも簡単に挫かれてしまった。

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