第3話 家族
「ありがとうございました」
「お別れは済みましたか?」
「はい」
「なら、家に戻りましょうか。えと……そういえば、まだ互い名前も知りませんでしたね。私は、セマム・ローディア。気軽にセマムと呼んでくれて構いません。で、貴方の名前は?」
セマム様か。
そういえば、先ほどの取り調べでそのような名前が出ていたことを思い出す。
「お、俺の名前は、ルーティです。生まれが貧民街なので、苗字はありません」
「そうですか……。では、あなたはこれからルーティ・ローディアを名乗りなさい」
「え? でも、俺は奴隷で……」
「そんなことは関係ありません。そもそも私はこの奴隷制度というもの自体を嫌っています。今、貴方の立場こそ奴隷ですが、私は貴方を新たな家族として迎えるつもりです。もちろん、娘にもそう伝える予定ですが、何か不都合はありますか?」
「家族……」
その響きに呆気に取られてしまう。
俺は両親の顔を見たことがないし、兄弟や姉妹もいない。物心ついた頃には、奴隷として扱われていて、それは一生抜け出せないものだと思っていた。
しかし、今、目の前には自分を家族と言ってくれる人がいる。
その事は、俺が思っていた以上に俺の心を救ってくれた。
何か液体が頬をつたっていく。
あれ……これって──
「!? ど、どうしたのです!? 今の話で何か嫌なことでもありましたか!?」
「い、いえ、ただ嬉しくって」
「そ、そうですか……。それなら良かった」
セマム様はそう小声で呟くと、汚れた俺の身体を躊躇いもせず、包み込んでくれた。
その行動によって、俺の中で何かが結界してしまった。
「えぐ……セマム様……服が汚れてしまいます……うぐ」
「泣いている子供が、大人に気を遣うものではありませんよ」
その日、そのとき、俺は生まれて初めて自分の涙を見た。
──
「もう、大丈夫なのですか?」
「はい。先程はお恥ずかしいところを見せてしまいました」
俺が泣き止んだ後、セマム様は自分の家に向かって歩き出した。
「……人間は弱い生き物です。偶にはあのような発散も必要です」
そう言いながら、セマム様は脇目も振らずに、前に歩いている。
「はい。それと、申し訳ございませんでした」
「? いや、だから泣いたことでしたら──」
「いえ、そのことではなく、娘様が、病気と聞いていましたので、そんな中、俺なんかに時間を割いてもらって」
なんとなくだが、家に向かう足の速さでセマム様で察していたことに気づいていた。
「そ……そういうことですか」
セマム様は少し驚いた顔をした後、少し歩くスピードを落とす。
「今後はそういう気づかいも伸ばしていきましょう。大人になる上で必要ですから。しかし、自分を卑下……貶すようなことを言うのは控えなさい。あなたはもう、ルーティ・ローディアなのです。ローディアの名に恥じない言動を志しなさい」
見上げると、セマム様はこちらに笑顔を向けてくれていた。
「は、はい!」
その幸せを噛みしめながら返事をした。
「さぁ、帰ったら、娘の世話に、家事、それに最低限の勉強。覚えることは多いですよ。本当の意味で人として扱われたいのなら、励みなさい。なぁに、私は、これまで、勝ちのないものにお金を払ったことはありませんし、払うつもりもありません。あなたなら、できると信じていますよ」
笑顔と一緒にこちらにそう伝え、再び歩くスピードを速めていった。
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