第2話 出会いと別れ

 ルーティ以外の奴隷と、野次馬達は衛兵によってはけさせられ、道の片隅で事情聴取が始まっていた。


「なるほど。では、そこでのびきっているひったくり犯が、婦人のカバンを持ち去ろうとしたところ、この奴隷が助けてくれたと」

「はい。その通りです」


 どうやら、最後に入ってきた婦人は、ひったくりの被害者だったらしい。


「了解しました……っと、あなた方は?」


 そう言って、衛兵はロベリスの方向を見る。


「えぇと……『通りすがりの貴族』、じゃ通らないですよね?」

「はい。一応目撃者として、公的資料に書き込みますので、本名でお願いしたいところですね」

「ですよね……はぁ。皆さん、くれぐれも内密にお願いしますよ? あまり大事にしたくはないので……」

「はい。あ、もし、ここで事情があって話せないのでしたら、住所だけ聞いて、後に直接お宅へ伺わせていただきますが……」

「それはやめてください! 今言いますので。私の名前は、ロベリス・リブロニアです」

「「「!!!????」」」


 ルーティと本人以外の全員がそれに反応する。


「リ……リブロニアってあの上級貴族のか!?」

「あらまぁ、良いところのお方かと思っていましたけれども、まさか、リブロニア家のお嬢様でしたか」

「?」


 よくわからないが、どうやら、自分の初恋の相手はかなりの立場のようだ。とルーティ。


「そ、そうですか。いえ、まさかリブロニア家の方とは知らず、ご無礼な対応を……」


 衛兵は一礼する。


「いえいえ、今まで通りの対応で大丈夫ですよ。皆さんと同じ対応にしてください」

「そう言っていただけると助かります。さてさて、もうこちらとしては事情聴取も終わって、犯人も捕まっているので、犯人の供述と大きく違わない限りは、解散してもらって大丈夫です。とは言っても、これだけの目撃者、当事者が揃っているので、大丈夫だとは思いますがね。あ、何か気になる点とかありますか?」

「いや、無いです無いです。ってことで、もうあっし達は帰らせてもらっていいんすよね?」

「はい。こちらとしては、大丈夫で――」

「待ってください。まだ、私はその子に話が残っています」


 婦人はルーティに顔を向けながら言う。

 奴隷商人はルーティを睨むが、ルーティは目を逸らす。


「……そうですか。では、これからは個人の事になりそうなので、我々はコイツを連れて一度軍に戻らせていただきます。協力ありがとうございました!」


 そう告げ、衛兵が帰る際、


「では、私達も帰らせていただきます。再度申し上げますが、どうか、私達のことはご内密に」


 そう言い残し、ロベリスはその場を後にした。


「で、こいつに何の用なんです? あっし達もそろそろ帰りたいんですがね?」

「あなたには話はありません。私はその子にお礼がしたいのです」

「で、でしたら、そいつの持ち主であるあっしに――」

「黙りなさい下郎! さっき言った通り私は、ひったくりを捕まえてくれたその子にお礼がしたいのです。その子が取り返してくれたこのカバンには、貴重な薬草が入っています。それは、私の娘の難病を治す為のもの……。つまりは、その子は私の娘の恩人なのです。さぁ、少年。何か望みはありますか?」


 見たところ、ロベリスさん程ではないが、それなりに良い家柄の人なのだろう。恐らく、俺が思いつくような贅沢は本当になんでも叶えてくれそうだ。


 だが、今の俺には、どんな贅沢品よりも欲しいものが出来てしまった。

 いや、それは違うな。どんなものよりも贅沢な願いが出来てしまったのだ。

 

その実現の為なら、それこそどんなことだってやってやる。そして、その為に今やるべきことは――


 頭が結論を出す前に、口は勝手に声を出してしまっていた。


「俺を、奴隷から解放してください」


 言ってしまった。

 俺は貧民街が故郷の生まれながらの奴隷人。こんな願いは考えすらしなかった。

 しかし、彼女の魅力は、それを考えさせるほどのものだった。

 あの、艶やかな髪、俺達とは違う気品に溢れた佇まい。そして、男が相手でも決して臆さないその凛々しさ。全てが愛おしく感じた。


「はぁぁあ!? お前、何言ってんだ! 第一――」

「黙りなさい!」


 文句が爆発しそうな奴隷商人を、婦人は一喝する。


「……奴隷の解放。あなた、その意味がわかっているのですか? 『購入』されて、私の家に入るのではなく、『解放』……つまり、あなた自身の人権を買い戻せと、そう願っているのです。それがあなたの願いなのですか?」


 人権。それがいくらで買えるものなのか俺は見当もつかない。だが、驚くほどの金額を積まなければ、この世界は抜け出せないだろうと、俺のここまでの人生が物語っている。

 だが、ここだ。ここで動かないと何も変わらない。


「はい。分不相応な願いということはわかっています。しかし、俺には、やらなければならないことがあるのです」


 と、本気の目を向ける。

 婦人はじっとその目を見つめている。


「はぁ。わかりました。私の負けです。娘の恩人のあなたが言うのですからね」

「じゃ、じゃあ――」

「しかし、条件があります。貴方を一度、奴隷として購入します。ですから、私にあなたの価値を示しなさい。そして、それを私が認めたなら、その時、私はあなたを解放しましょう。それが私があなたにできる最大限の譲歩です」


 両肩に手をのせ、そう告げた。


「はい!」


 そう返事をすると即座に婦人は奴隷商の方に顔を向ける。


「さて、この子の管理者はあなたで良かったかしら?」

「へ、へぇ。あっしですが、あ、待ってくだせぇ。客として来たら話は別でさ。さてコイツの値段は──」

「はい。これで足りるでしょう?」

「これでって…….き、金貨じゃねぇですか! こんなもんうちじゃ釣りがだせねぇっすよ」

「いいわ。あなたが見抜けなかったこの子の価値よ」


 そう言って婦人は俺の手を取ってくれた。

 奴隷商は呆然としている。


「あ、少し待って頂いてもよろしいですか?」


 そう婦人に告げ、頭を下げる。


「いいですが、できるだけ早めにお願いしますね」


 婦人に礼をし、ルーティは、奴隷たちの中に入って行った。


「フラリオ!」

「ど、どうしたんだ、ルーティ」


 名前を呼ぶとフラリオは、驚きながらもこちらへ駆け寄ってきた。


「今から俺は、大事な話をする。よく聞いておけ」

「……あぁ、わかった」

「フラリオ、俺はやりたいことができた」

「おう。どうせ、あのお嬢様のことだろ?」

「うん。俺は多分、あの人に……ロベリス様に恋したんだと思う。でも、俺は生まれてこの方、恋なんてしてこなかったから、もしかしたら一時のものなのかもしれない。でも、それを無視できないくらい、俺は心動かされてしまった。今なら前にフラリオが言ってたことがわかる気がする」

「そっか……。それで、どうするんだ? 伝えたかったことはそれだけじゃないだろ?」


 フラリオはなんとなく察した様子で、話の続きを待つ。


「あぁ。フラリオ、俺はここを出て、あの婦人の家に行く」

「やっぱそうか。まぁ、あの人は多分、いいところの人そうだしな」

「止めないのか?」

「逆に止めたら考え直すのか? 違うだろ? 俺が知ってるルーティはそんな奴じゃない。お前は、一度すると決めたら自分が納得するまで突き進むだろ?」

「あ、あぁ、そうだけど……」

「不安か? 安心しろ。あの人、怖い顔してるけど、良い人だよ。少なくとも俺の目にはそう見えた」

「そっか……お前がそういうなら、安心だな」


 フラリオは、人を見る目がある。そのフラリオが言うのだから本当なのだろう。

 でも、俺の不安はそれだけじゃなくて――


「なんだ、俺の事だったか? 心配すんな。お前より人生経験豊富なんだぜ? お前みたいなガキいなくたって、上手くやるっての」


 普段はだらしない癖に、こういう時だけ察しがいいよな、フラリオは。


「ふっ、そうか。今まで、ありがとな、フラリオ」

「なんだよ。今生の別れみたく言いやがって。ルーティ。人生の先輩からのアドバイスだ。こういうときはな、『またな』って言うんだよ」

「そうだな。『またな』。フラリオ」

「おう! またな! ルーティ」


 そう言って、ルーティはその場を去っていった。


「……なんだよ、急すぎるぜ全くよ。俺、ちゃんと送り出せてやれてたかな?」


 それを見送るフラリオの目からは一筋の涙が流れていた。

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