貴族令嬢に一目惚れしたので、豚貴族に嫁ぐ前に全力を以て寝取ります

キエツナゴム

第1話 その恋は突然に

「今日も強制労働かったりぃな、ルーティ」

「何言ってんだよ。肉体労働で済ませてもらってるだけありがたく思え」

「あぁ、確かにそれはそうだ。こういう時、男に生まれて良かったって、そう思うよな」

「……あぁ、そうだな」

「なんだよ、その含みのある言い方はよ――」

「おいそこ! うるせぇぞ全く。口を動かす前にその汚ねぇ手足をうごかしやがれ!」


 奴隷商の声が鬱陶しくも耳まで届く。

 

 あぁ、この声はいつまで経っても慣れないな。


「す、すいません! ……ったく、ちょっと雑談してただけじゃねぇかよ、なぁ?」


 そんな会話を弾ませていた時、


「きゃぁ!」


 女性の声が響く。

 そして、更にこう続ける。


「その人、ひったくりよ! 捕まえて!」


 確かに、明らかに不似合いなカバンを持った男がこちらに向かって走ってくる。

 しかし、ここにいるのは、面倒事を嫌う奴隷商と、命令外のことをすればどうなるかわからない奴隷。そして、危険事を避けたい村人だけ。

 

 そのまま、男が通り過ぎようとしたその時、ルーティは飛び出した。   


 そして、男の前に立ちはだかると、男はポケットからナイフを取り出し、叫ぶ。


「怪我したくねぇならどけ!」 

「駄目だよ、お兄さん」


 口を開いた瞬間、拳でナイフを持つ手を払い、男はナイフを落とす。更にすかさず、ルーティの拳は、男のみぞおちにクリーンヒットする。


「人にナイフを向けるなら、本気で殺しに来ないと」


 男はうずくまり、動けなくなった。そして、周りから起こる盛大な拍手。


「なんだ坊主、すげぇじゃねぇか!」

「ほんと凄い。まるで演劇を見ているようだったわ」


 そんな歓声の合間をぬって、奴隷商の男がルーティの目の前に来る。

 そして、奴隷商はこちらを睨みつけ、拳をあげる。


(あぁ……またか)


 ルーティが目を瞑った時、


「やめなさい!」


 そう一喝する声が響く。


「??」


 目開けるとそこには、真っ白なドレスに身を包み、大きな日傘をさした、いかにも貴族らしいお方が立っていた。

 そして、その姿は、この世で見た誰よりも美しく見えた。

 俺より2,3歳しか変わらないであろうに、この美貌、そしてその堂々たる姿、そのどれもが俺の興味を掴んで離さない。


「おい……もしかしてあれって」


 周りのコソコソ話が広まっていく。


「どこの貴族のお嬢さんか知りやせんがね、口出しをしないで頂きたい。こいつは奴隷であっしは奴隷商なんでさ。こちらの話に首を突っ込まんで欲しいんですわ」

「いいえ、黙りません。人に迷惑をかけたならいざ知らず、その子はひったくり犯を捕まえたのです。褒められこそすれ、手をあげられる筋合いは無いはずです」

「はぁ……こっちにはこっちの事情ってのもあるんでね。それに、もう一度いいますが、コイツらは奴隷。人間扱いする方が間違えなんすわ」

「奴隷にも心はあります」

「心? そんなもん人権があってから尊ばれるものでさ。それに、嬢さんも奴隷法について知らんわけじゃないでしょう? 法でコイツらは人として扱わんと示されてるんですわ。世間知らずの嬢様が自分の主観を押し付けるのはやめてほしいんですがね」


 奴隷商は、奴隷法の書かれた紙をひらひらさせながらそう告げる。


「これだから奴隷法なんて……」


 彼女は拳を握りしめている。それを見兼ねた御付きの騎士が前に出る。


「おい、さっきから聞いていれば、貴様。このお方になんて言葉を投げかけている!いいか、よく聞け、このお方の名前は──」

「やめなさい! オベシス!」

「しかし、お嬢様! こやつらは……」

「いいですから。こんな所で家の名前を出してしまえば……私の立場も考えなさい」

「は、はい。申し訳ありません」


 そんなやり取りをする中、一人の少年が後ろを見ながらこちらに向かってくる。


「衛兵さん! こっちです!」


 それに気づいた奴隷商は、血相を変える。


「ま、まぁ、この辺りであっし達はおいとまさせて頂きます」

「え? 兄貴、でもまだ運ぶ荷物が──」

「いいから! 信用商売に面倒ごとは天敵なんだよ! おい! 奴隷共! 運べる分だけ運んで来い!」

「いいえ! 待ちなさい。少なくともそこの子供と奴隷商の代表の方には残って頂きます」


 突然婦人が入ってくる。

 そうして逃げ遅れた奴隷商と、ルーティ達は、衛兵達に追いつかれてしまった。


「おいおい。面倒なことになってきたな、ルーティ」

「……」

「ルーティ?」

「なぁ、フラリオ……」

「どうした?」


「俺、恋に落ちたかもしれん」


「はぁぁぁあ!?」




フラリオの驚き声は、街全体に響き渡る勢いだった。

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