第7話 ルシオ錬金術店が……?

「ただいまー!」


 三日ぶりにルシオ錬金術店に戻ってきた。

 扉を開ける。

 カランコロン―と子気味良い鈴の音が鳴り響く。


「……」


 パタンと扉を閉める。 

 あれ? 間違ったかな。いやいやそんなはずは。

 見上げると、確かに「ルシオ錬金術店」の看板がかかっている。

 でも、看板の色ってこんなだっけ。緑色に苔むしていたはずなんだけど、白銀に金縁になっていた。

 

 その時、内側から扉が開いた。

 

「エメリコくん、おかえり!」

「萃香。やっぱりここ、俺の家だよな」


 扉の隙間から黒猫のモミジも顔を出し、俺の脛にすりすりと頬を擦り付けてくる。

 萃香の肩に乗った紫スライムもぴょーんと跳ね、つられて赤と青のスライムもぴょんぴょんと小さく俺の肩の上で跳ねた。

 

「大丈夫? エメリコくん……疲れているんじゃあ」


 困ったように眉尻を下げた萃香が、踵をあげ俺の額へ手を伸ばす。

 ひんやりとした彼女の手が心地いい。

 ん、冷たいってことは熱でもあるのか。でも、俺は至って健康そのもの。

 

「ん。熱は無さそうだけど。体温計みたいな魔道具ってあるのかな?」

「目盛りのある体温計は道具屋で売っていたかも」


 自分の額に手をあて首をかしげる萃香へ笑いかけ、お店の中へ入った。

 

 ここはやっぱり俺の店なのか?

 床はピカピカに磨き上げられ、埃一つ落ちていない。それどころか、板張りの床にはワックスまでかけられ、落ち着いた濃い茶色になっていた。

 元々、こんな色だったのかもしれない。

 無造作に置かれたままだった商品は大きさごとに分けられて棚に置かれていて、小瓶や割れ物は左手奥に集中して並べられていた。

 小瓶の並べ方にも工夫がされており、木の板で小さな段差を作ってひな壇にすることで全部の小瓶が触れずとも確認できる。

 

 他にも数え上げるときりが無いほど、すっきりと整理整頓されていたのだ。

 俺が自分の店だと思わないのも不思議ではない。

 店のカウンターには、A4サイズほどの厚手の紙が置かれていて、何か描いている途中だったことが伺える。

 

「ほええ」

「天井と壁の高いところはまだなの。エメリコくんも届かないよね」


 てへっと舌を出す萃香は冗談めかしてそんなことをのたまった。

 確かに俺はそんなに背が高くない。萃香と比べて頭半分くらい高いだけなんだ。

 あ、そうだ。

 

「高いところを掃除するのが大好きな奴を知っている。そいつに頼もう」

「へえ。お掃除が好きな人なんだ?」

「そうそう。もう掃除してると気持ちが落ち着く、みたいなちょっと変わった奴なんだ」


 萃香と顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。

 彼女を連れ出した時のことは忘れていないぜ。お詫びの印として存分に働いてもらうからな。

 あのツンツン頭はガタイだけはいいからな。頭の中は残念そのものだが。

 

 ガタ。

 ん? 上で音がしたから見上げてみると、天井に固定していたランタンが外れたのか。あの位置じゃあ、修理するのも手間だなあ。

 固定しているうちの一か所が外れてしまったため、ランタンがぐらぐらと揺れていた。

 

「いろいろガタがきてるんだよな。この店も」

「ううん。そんなことないよ。ランタンは光の幅も小さいし、間接照明みたいに使ったらどうかな。壁に四つくらいくっつけちゃうとかどう?」

「おお。悪くない」


 壁は石造りだから、ランタンを置くなら釘を打ってそこに引っかけるようにすればいいかな。


「ご、ごめんね。帰ってきたばっかりで。荷物をお持ちしまーす」


 壁にぺたぺた触れている俺の後ろから萃香が、背負子を掴み持ち上げようとする。

 背負っているから外れないよと言うまでもなかったようだ。だって彼女は背負子を上にあげようとしたんだけど、ビクともしなかったんだもの。


「今は結構な荷物が入っているから重たいぞ」

「そんな重いものを持ったまま歩いてきたの……? 華奢なのに力持ちなんだね、エメリコくん」


 萃香が驚いたように胸の前で手を当て、ふうと息を吐く。

  

「店舗のことは後にしよう」


 カウンター裏に背負子を置いて、ダイニングキッチンへ向かう。

 

 ◇◇◇

 

 ダイニングキッチンもとんでもなく整理整頓されていた。

 整然と皿が種類ごとにならび、コップを吊り下げるために細い木の棒が棚の横に取り付けられているじゃあないか。

 シンク周りもバッチリで、食器を乾かす場所まで作られていた。

 食材の置き場所も一か所にまとめられていて、とても使いやすくなっている。

 

「お茶淹れるね。この世界に緑茶と紅茶があってビックリしたわ」

「うん。コーヒーもあるんだけど、少しお値段が張るんだよねえ。どうも海の向こうから輸入しているみたいでさ」

「そうなんだ。飲み物は充実しているんだね」


 萃香は慣れた手つきで鍋に火をかけ、コップを並べる。

 すぐにコポコポと水が沸騰して、彼女は茶こしに茶葉を淹れコップの上に乗せると、そこにお湯を注ぐ。

 

「ちょっと熱いかも」

「ありがとう。じゃあ、冷めるまで。先に待ち焦がれている二匹に」


 青・赤スライム共に頑張ってくれたものな。

 青スライムには奮発して、パープルミスリルを与えよう。


「何を探しているの?」

「鉱石なんだけど」

「石? それはこっち」

「おお」


 狭いダイニングキッチンのスペースを有効活用しているなあ。

 作業机の右奥のデッドスペースに鉱石がストックされていた。

 

「ほら、青。あと、赤も食べていいぞ」


 ルベルビートルの角が入った大樽の蓋を開ける。

 あれ? 青は既に鉱石の上にぺたーってしているけど、赤スライムがいない。

 これまで食べていいと言って食べなかったことは無かったんだけどなあ。

 いつの間に肩から降りたんだろう。赤スライムのやつ。

 

 ガサゴソ――。

 ん? 店舗の方から音がする。

 萃香と顔を見合わせ、二人揃って店舗へ向かう。

 

「ぎゃああああ。確かに『食べていい』って言ったけど、そっちかよおお。待って。全部はやめて。半分だけにしてくれえ!」


 なんと赤スライムは背負子の中から大型ルベルビートルの角を引っ張り出し、体の中に取り込んでいたのだ!

 あ、あああ。俺の、俺のトンガラシが……。

 

 急ぎ、角を掴んだが、僅か五センチくらいしか手元に残らなかった。

 む、無念。

 でも、命じたのは俺だし、赤スライムはおいしそうにぷよぷよ揺れているから誰にも怒れなかったとさ。

 

「角、あったんだね。本当に巨大な」

「うん。まあ、赤がうまそうに食べているし、少しだけでも残ったんだから良しとするよ」

「本当に優しくてお人よしさんなんだから。でも、赤い子ちゃん、ぷるぷるして本当に嬉しそうだね」

「だな。あの姿を見ていたら、しゃあないなって気持ちになるよ」


 くすりと笑い肩を竦める。

 そのまま再び作業机まで戻り、緑茶を頂くことにした。

 うん、ちょうどいい温度になっている。

 

「ふう。おいしい。何か落ち着くよな緑茶って」

「うん。あ、あの。エメリコくん」

「ん?」


 言い辛そうに目を伏せた萃香へ一体どうしたんだろうと首を傾ける。

 

「ごめんね。いろいろお店の中とかキッチン周りとか触っちゃって」

「いや、たった二日と少しでここまで綺麗になるなんて、大変だっただろうに。ありがとうな。萃香」

「うん!」


 えへへと満面の笑みを浮かべた萃香はお茶をずずずっとすすり、ほおっと息を吐いた。

 あれ? 俺、何か忘れているような。

 でもお茶がうまいから、もう一口お茶を飲む俺であった。


「あ、思い出した!」


 さああっと血の気が引く。

 そうだった。そうだったんだ。荷物を置いたらすぐ迎えに行くって言っていたんだったあ。

 

「エメリコくん、どうしたの?」

「いや、お客さんを待たせていることを忘れていた」

「それは大変。わたしも一緒にあやまりに」

「萃香はここで待ってて。入れ違いになってもあれだからさ。お茶、ごちそうさま」


 急ぎ立ち上がると、紫スライムがぴょこーんと俺の肩に乗っかってぷるぷると体を震わせる。

 そうか。赤と青は現在お食事中だものな。最近、紫を連れていってなかったから、こいつも寂しかったんだろうか。

 つんつんと指先で紫スライムをつっつくと、ぷるるんと指先を押し返してきた。

 

 向かう先は冒険者ギルド。

 扉をばーんと開けたところで、待ち人に出会う。

 鮮やかな新緑のような長い髪を持つエルフの少女が胡乱な目でこちらを見つめていた。

 そう、大型ルベルビートル狩りの後、彼女と一緒に街まで帰ってきたんだ。

 その時、欲しい物があるからと言ってて、じゃあうちの店に来てくれよって誘って冒険者ギルドで一旦別れたんだよ。

 彼女は彼女で冒険者ギルドの手続きがあるとかで。

 

「ご、ごめん。リリー。よくこの場所が分かったな」

「……鍛冶屋で……」

「なるほど。あの鎧の青年が鍛冶屋に行ったのか」

「……うん……入れて」

「おう、ようこそ『ルシオ錬金術店』へ」


 すっぱりと背中を鎧ごとやられちゃってたからなあ。あの青年。

 今度会ったら名前くらい聞いておこう。

 どうぞどうぞと気障っぽく扉を開けて彼女を店内に案内する。

 

「いらっしゃいませ!」


 青スライムを肩に乗せた萃香が満面の笑みで頭を下げた。

 対するリリーは無表情に頷くだけ。

 

「この子はリリー。冒険者だ」

「はじめまして。萃香です」


 見た目が幼いとはいえ、萃香は慣れ慣れしく話かけたりせず彼女をちゃんとお客さんとして扱っている。

 素晴らしい。日本にいた時はどこかでバイトをしていたのかな。

 お客さんの扱いに慣れているように思える。

 

「……リリー……」


 ボソっと返すリリーの声は見た目通り幼い。

 でも、彼女はエルフ。人間と同じ見た目通りの年齢ではないはず。

 じゃなきゃ、冒険者なんてやっていられないだろ。

 でも背丈が俺の腰くらいまでしかないし、人間でいうところの小学校高学年程度なんだよな。

 分かっていても子供扱いしてしまいそうになる。

 

「うちにあるものだったら、何でも」

「……トレントの枝……ある?」

「トレント……確か、キノコの採集の時に襲ってきやがって……あるある。ちょっと待ってて」

「……あと、浄化石、燃焼石……」

「それはそこにある」


 浄化石と燃焼石は日用品店でも売っている商品だけど、元は錬金術屋で取り扱っていた商品なんだ。

 どっちも名前の通りの効果を持っていて、浄化石は泥水を綺麗にする効果があり、燃焼石は石炭の代わりになる。

 家庭には必須のアイテムだな。もちろん、野外でも有効だ。

 これがあるから、日本でキャンプするより荷物も少なく野営できるほどの便利グッズなんだぜ。

 

「萃香、そこの丸くて白い軽石みたいなのと、赤い石炭みたいなのを」

「うん。一つしかないけど、一つでいいのかな」

 

 萃香の問いかけに対し、横で話を聞いていたリリーがコクリと頷く。

 

「あちゃー。もう在庫が無かったか」

「……エメリコ……強い……」

「ん、いや、俺は強くは」

「……もっと効果の高い、浄化水晶、業火水晶を売る……」

「なるほど。ありがとう、リリー。考えてみるよ」


 素材が希少になるけど、より効果の高いもので勝負してみたらってことだろう。

 俺なら自分で採集にいけるから、高級品を安く売ることができるからな。

 元々、入荷数が多いものではないんだけどさ。

 だって、低位の燃焼石と浄化石で日常生活には事足りるもの。

 でも、日用品店と競争したらまるで勝てる気がしないから、我が店を繁盛させる方向性としては優れている手段だと思う。

 

「……トレント……」

「あ、ごめんごめん」


 頭をかき、急ぎ二階に登る。

 ええっとどれだったかなあ。トレントの枝。

 筒状の木箱にまとめて放り込んでいたので、どれがどれか分からなくなっている。

 鑑定すりゃ分かるんだけど、片眼鏡はどこだったかなあ。ああああ。めんどくさい。

 

 がばあっと木箱ごと抱え上げ、階段を降りる。

 

「持ってきたぞお……」


 よろけながら、どしーんと木箱を置く。

 

「……エメリコ……」

「あ、多分その中にトレントの枝があるはず……」

「……これ……」

「それがいいのか?」

「……アカシア……」


 リリーは原色イエローの棒を引っ張りぬき、俺に見せてきた。

 特徴的な色だったから、これをどこから拾ったのか覚えている。

 

「リリー、そいつはトレントじゃないけど、いいの?」

「……うん……汚れちゃう……」

「あ、知ってるのか。こいつのこと」

「……うん……ぶよぶよ……」

「分かった。じゃあ、そのアカシアと石を二つでいいかな」


 コクコクと頷きを返したリリーは、ぽっけからがま口を出しコトンコトンと……え、ええ、待て。

 

「それ金貨だろ」

「……足らない?」

「いや、もらい過ぎじゃないか」

「……ううん……くさいのいやだから」

「一枚でいいから」


 続けて金貨をぺちんと置こうとしたリリーの手を止め、ぐいぐいとがま口に残りの金貨を押し戻した。


「……じゃあ……また」

「おう、また来てくれよな」

「……うん」


 表情一つ変えることなく、リリーはお店を後にする。

 

 彼女が去ってから、カウンターの上に乗ったままの金貨を指先で挟み、萃香に向けコーンと指で飛ばす。

 

「ちょ、大事なお金なんだから」

「ちょっとした放心状態なんだよ。まさかあれが、金貨一枚でも安いなんてさ」

「あの黄色のペンキを塗りたくったような棒のこと?」

「うん。あれはプレイグビーストってドロドロのヘドロみたいなモンスターから取れたものなんだけどさ」

「聞くだけでお腹一杯になりそう……」

「青を強化するために、沼地に行った時に何匹も燃やしてさ。燃えない黄色い塊を合成したら棒になったんだよ」

「へえ……」

「あの棒一本合成するのに、五体くらいのヘドロを倒している」

「そ、そう……何だかもう……お疲れ?」

「済んだことだからな。もう二度と、沼にはいかねえ」


 金貨を手のひらに乗せた萃香はうんと頷き


「でも、金貨一枚は1万ゴルダなんだよね。大したものじゃない」

「だな。なかなかのもんだ」


 うふふと二人揃って笑いあう。

 すると、萃香が何かを思い出したように指先を顎につけ「んー」と首を傾ける。

 彼女の首の動きに合わせ、さらさらの黒髪が揺れた。先日買った櫛がちゃんと使えているようで何よりだ。


「ゴルダで思い出したんだけど、エメリコくん」

「ん?」

「ゴルダには下の単位があるでしょお」

「あ、ああ。あるね」

「ゴルダじゃ妙に単位が大きいと思ったの。わたし、ゴルダ硬貨しか持っていなかったから」

「細かいのは、お釣りでもらったよな?」

「うん、コルトだよね。100コルトで1ゴルダ」

「そそ」


 1コルトは日本円に無理やり換算するなら1円くらい。1ゴルダが100円ってところ。

 つまり、あの黄色い棒は100万円で売れました。すげえな。日本円に換算したら。

 

 ぐうう。

 その時、腹の虫が危急を告げる。

 

「ちょっと早いけど、夕飯を。外でもいいかな?」

「うん! 楽しみ!」


 ひょっとしたら、夕飯のメニューを考えていたりするかもと思ったけど、杞憂だったようだ。

 さあて、街へ繰り出すとしますか。

 行く店は決めているけどね。

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