第6話 見せてやろう魔改造の力を

 ウーゴとクリスティナは蜘蛛を仕留めてくれたせめてものお礼にってことで、お鍋をご馳走してくれた。

 この拠点はここを使う人の共通財産だから、拠点を使うなら護って当然なんだけど、お腹も空いていたことだし遠慮なくいただくことにしたのだ。

 もちろん、持参したトンガラシの粉をばさばさ振りかけて。

 

「せっかく作ったのに……」

「まあ、いいじゃねえか。ティナ。おいしそうな顔をして食べてんだからさ」

「うん、とっても美味しい!」


 何故か落ち込むクリスティナだったけど、彼女の料理の腕は抜群だな。

 うんうんと頷き、真っ赤になったイノシシらしき肉とニンジン、根菜をかきこむ。

 

「ふう。こんなに食べちゃってよかったんですか?」


 食べ終わり、今更ながらにウーゴへ尋ねる。

 対する彼はニヤっと口元をあげ、問題ないと返す。

 

「また作ればいいだけだ。そもそもその鍋だけじゃあ足りないからな」

「へえ。そんなに人数がいるんですか?」

「おう。全部で俺たちを入れて十人になる」

「こんなに暗いのに討伐作戦を実施しているんですか?」

「いや、偵察のはずだが。そろそろ戻って来ると思うんだけどなあ」


 お、噂をすれば何とやら、足音がこちらに近づいてくるじゃあないか。

 しっかし、随分と急いでいるんだな。この音からして駆けているに違いない。

 ん、青と赤の上部がぴいいんと尖っているな。

 

 周囲は既に暗く、パチパチと薪が爆ぜる音が時折響き、炎のオレンジが眩しく感じるほどだ。

 これだけ暗いと戦うに向いていない。

 状況を確認している間にも足音が飛び込むようにして藪からゾロゾロと冒険者たちが姿を現す。

 

「はあはあ……」

「何があった? オルテガ」

「まずいことになった。薪をもっとくべてくれ、ティナ、松明をできる限り立てよう」


 髭もじゃの冒険者オルテガは、息を切らせながらもウーゴとクリスティナに指示を出した。

 他の冒険者たちは、出てきた藪の方に向け武器を構えている。

 

 遅れて金髪の鎧姿の青年と華奢な体つきの緑色の髪をした少女が悲壮な顔で広場にやって来た。

 少女が青年に肩をかしているが、鎧と体格差もあってよろけている。

 青年の方は、重症だ。

 背中からバッサリと何か鋭利な刃物で切り裂かれていた。見た目からしてミスリルの鎧なんだろうけど、すっぱりと鎧ごと斬られている。

 

「レッドポーションがあります。使ってください」

「か、感謝……する」


 くぐもった声で礼を言った金髪の青年がガクリと膝を落とし、地面に座り込む。

 彼の背中からはまだ血が流れている。

 レッドポーションを緑色の髪の少女へ手渡した。彼女が頭を下げると長い耳もペタンと垂れる。

 彼女はエルフか。エルフの冒険者なんて珍しい。

 エルフ種は長命なことを活かし、研究者になる者が多いんだ。確か街のスクロール屋のお姉さんもエルフだったな。

 

「傷なら塗るより、直接垂らした方がいいですよ」

「……うん」


 エルフの少女は青年の背中にレッドポーションを垂らす。

 すると、シュワシュワと白い煙をあげてみるみるうちに傷が塞がった。

 

「テイマーの青年。レッドポーションとは、改めて礼を。おかげですっかり傷が塞がった」

「よかったです」


 しゃきっと立ち上がった青年は胸の前で拳を当て会釈する。

 

 しっかし、何だか騒然としてきたな。

 狙っていたモンスターが思いのほか強かったとかそんなところか。

 

「追ってきやがったか!」


 前で構える冒険者の一人が叫ぶ。


「翅刃ですか?」

 

 ちょうど目の前にいた傷が癒えたばかりの金髪の青年に問いかける。


「いや、翅刃ではない。千刃が出たのだ。アレを狩るには準備が足らない」

「千刃……?」

「翅刃は全モンスター中、一、二を争うスピードを持つ。しかし、罠にかければSクラスでも対応できる」

「千刃はそうではないと」


 コクリと金髪の青年が頷く。その顔は苦渋に満ちていた。


「……いっぱい」


 エルフの少女は首を振り、耳をペタンと下げる。


「千刃はその名の通り、千の刃を持つ。こちらが対応できぬほどの刃を一度に飛ばしてくるのだ」

「翅刃とはやり方がまるで異なるのですね」

「いかにも。千刃となれば……」

「対応は難しそうですか?」

「遠巻きに弓で威嚇しつつ、ここを拠点に凌ぎきる。朝まで粘れば逃げ切れよう」


 そんなに深刻なモンスターだったのか。


「赤、青」


 ぷるぷると震えた赤スライムと青スライムは俺の両肩に飛び乗る。

 つんつんと赤スライムを突っつくと、ぷるるんといつものように体を震わせた。

 

「俺が対応してみます。うまくいったら一つお願いがあるんですが」


 エルフの少女の方を見つめると、彼女はびくうっと肩を揺らす。

 

「……わかった……」

「おいおい、兄ちゃん、いくらなんでもそれは」


 見かねたのか、ウーゴが会話に割り込んできた。

 

「何を想像しているのか分からないけど、エルフの力を借りたいだけだよ。森の中でエルフに勝る観察力を持った種族はいないからさ」

「そういうことかよ」


 ポンと俺の肩を叩き、ウーゴがやれやれと言った風に無精ひげを撫でる。


「……っち!」


 その時、弓を射かけていた冒険者が舌打ちした。

 スタスタと彼の前に立ち、前方を見据える。

 

 あいつが千刃か。

 距離はだいたい十五メートル先の樹上。

 千刃の体長はおよそ五メートル。しなやかなヒョウを彷彿させる体躯を持っていた。

 顔はヒョウに似るが、頭に松ぼっくりのようなものを被っている。あの突き出たもの全てが刃になっているのか。

 背中から尻尾まで同じようにびっしりと細かい刃に覆われていて、ふしゅうっと口から湯気を吐いていた。

 

「青、ヘイトを集めて」

『ばー』


 肩にのったままの青スライムの口が開き間抜けな音が出る。

 次の瞬間、目にもとまらぬ速度で十ほどの刃が飛んできた。刃の一つ一つは果物ナイフくらい。

 しかし、熱気を感じたかと思うと、飛んできた刃が蒸発する。

 赤の自動防御だな。

 

「ここじゃあまずい、もう少し離れよう」


 片眼鏡を取り出しつつ、右方向へ駆ける。

 は、速いな!

 千刃の樹上を伝うスピードは、俺の走る速度より遥かに速い。

 あっという間に追いつかれたけど、広場から少し離れることができた。

 

 よおし、ここなら、何も気にせず戦えるぞ。

 しかし、足を止めたのがまずかった。千刃との距離は三メートルしかないのだ。

 奴がカッっと目を見開いたかと思うと、千に届くのではないかというほどの刃が飛来する。


「赤! 青!」


 赤スライムの熱気で刃が蒸発するも、千刃の飽和攻撃に全てを蒸発しきれない。

 だが、俺を包み込むコバルトブルーの霧が刃を包み、残った刃を溶かしきる。

 

 な、なんちゅう攻撃だ。

 赤と青の二匹で防御するのがやっとなんて。

 念のために二匹連れてきておいてよかったよ。

 

 千刃は規格外の力を持つが、こいつも生き物の一種であることに違いはない。

 大きな攻撃をした後は隙だらけになっているぞ。こいつの生存戦略が一撃必殺だから、攻撃後の事は捨て去っているのだろう。

 凌ぎきられた後の対策が疎かになっているぞ。


「赤! 尾を狙って」

『ぐばー』


 ちょこんと地面に落ちた赤スライムの体が膨らみ、パカンと口が開く。

 気の抜ける音と共に、赤スライムの口から業火は迸り、千刃の尾へ着弾する。

 千刃の尾のうち、業火に触れたところが一瞬にして灰になった。

 よし、ダメージは入るな。

 

「青! 首元を! 赤も同じところをウィップで!」

『うばー』

『ぐばー』


 青スライムから噴出したコバルトブルーの霧が千刃の首を覆う。

 途端にしゅうしゅうと腐食していく千刃の首だったが、致命傷を与えるには至らない。

 しかし、そこへ炎の鞭が千刃の首へ巻き付く。

 

 酸と炎の合わせ技の威力は絶大で、千刃の首が地に落ちた。

 ふう。無事倒せたぞ。

 ウーゴたちのところへ戻るとす――。

 

 ヒュンと風の切る音が抜けたかと思うと、青スライムが横にスライスされていた。


「まずい。赤! ヘイトを集めて」

『ぐー』


 赤スライムが膨らみ、気の抜けた音を出す。

 ヘイト集めはどのスライムでも使えるようにしている。

 その時、藪をかき分けて矢筒を担いだ痩身の男が顔を出す。


「おい、大丈夫か……って、お前さん!」

「ウーゴさん、姿がまだ確認できていないけど、『何かいる』。広場へ」


 心配してきてくれたんだろうけど、今は状況がよくない。

 シュパンと今度は赤スライムが縦に真っ二つとなってしまう。

 

「お、おう。お前さんのスライムたち……」

「問題ない。俺のスライムは『防御重視』なんだぜ」


 ぐっと親指をウーゴに向け、続いて指示を出す。

 その時ちょうど、横にスライスされた青スライムの体がお互いににゅーんと伸びてくっつき、元通りに戻る。

 

「青、赤が割かれたら復帰するまでヘイトを集めて」

『ばー』


 青が切り裂さかれた直後、今度は切れた体をくっつけた赤がヘイトを集めターゲットが赤へと変更された。

 

 五回、同じことが繰り返され、ようやく敵の姿を確認することができたぞ。

 今度の敵も樹上にいる。

 大きさは千刃より一回り小さく、黒豹そっくりだ。四肢の爪から肘の関節まで青みがかった透明の翅が生えていた。

 あれで、スライムを真っ二つにしたのか。それにしても尋常じゃない速さだな、あいつ。

 スライムの自動防御が間に合わないなんて初めてだ。


 千刃の時はいきなり攻撃してきたから見る暇もなく、隙が出来たから畳みかけたが、ここは、鑑定して相手のステータスを探った方がいいな。

 

『翅刃の黒豹

 体力:340

 力:210

 素早さ:999

 魔力:0

 スキル:速度+10

 状態:健康』


 こいつがウーゴたちの狙っていた翅刃か。

 なるほど、力は低いが素早さがカンストしている上にスキルで速度までついてやがる。

 まともにやり合うと、捉えることもできないな、これは……。

 よし。ならばこうだ。

 

「青。パロキシスマス腐魔殿あぎとだ」

『うばあー』


 青スライムの体積が十倍くらいに膨らみ――弾けた。

 途端に視界がコバルトブルーの濃い霧で包まれ、何も見えなくなる。

 カサ……そこへ枝がしなる僅かな音が聞こえた。

 翅刃が動いたな。

 

『ガアアアアアアア!』


 次の瞬間、翅刃の黒豹は鼓膜を揺るがすほどの咆哮をあげる。

 霧が晴れると、翅刃の黒豹は青い紐のような霧に捉えられ宙釣りになっていた。

 青スライムはというと、元のサイズに戻り俺の肩にちょこんと乗っかりぷるぷるしている。

 

「よし、うまくいった。ウーゴの言葉通り、罠を無理やり破るほどのパワーがないようだな」


 じゅううっと煙をあげ、青い紐のような霧に触れた翅刃の表皮が溶けていく。

 逃れようと体をよじる翅刃だったが、紐はビクともしなかった。

 

「赤! ウィップだ」

『ぐばー』


 俺の指示を受けた赤スライムの体が膨張し、口から炎の鞭を吐きだす。

 翅刃の首に絡まった炎の鞭は、奴の首をねじ切った。

 

「ふう……どっちも手強かったな」


 二度あることは三度あると言うし、赤と青のスライムの様子を確かめておこう。

 スライムたちにぴいいんと尖った様子はなく平常状態であることにホッと胸を撫でおろす。

 

「ウーゴさん、終わりましたよ」


 藪の方へ目を向ける。


「あちゃー。気が付いていたか」


 藪から出てきたウーゴがバツが悪そうに後ろ頭をかいた。


「もちろん。危険って言ったじゃないですか」

「いやあ。冒険者として、大怪我してでも見ておきたいと思ったもんでな」

「たぶんもう、危険なモンスターは近くにいません」

「本当にすごいな、兄ちゃんのスライム。SSクラステイマーが連れているモンスターに並ぶ……いや、凌ぐんじゃねえか」

「SSクラスのテイマーってどんなモンスターを連れていたりするんですか?」

「そうだな。有名なのは『フェンリル』って犬みたいな見た目のモンスターだな。フェンリルは気位がとても高く、一部では信仰心も持たれていて『神獣』と呼ばれることもある」

「へえ。なんだか強そうですね」

「そらもうそうさ。頭も人間並みに良くてな。一度だけ遠目で見たんだが、白銀の毛が本当に美しくてな」


 フェンリルかあ。

 ウーゴがこれほど目をキラキラさせて語るくらいだから、よっぽど綺麗で神々しいモンスターなんだろうなあ。

 

「すまん。兄ちゃんのスライムだって、負けちゃいねえって! 赤いのだけじゃなく青いのも強いったらなんの。二匹いたらもう無敵だな!」

「あ、あはは。今回は一匹だったらもっと苦労していたと思います」


 「実はもう一匹いるんです」とは言えなかったので、あいまいに笑って誤魔化すことにした。

 ウーゴは「謙遜しやがって」と顔を綻ばせながら、俺の肩をポンと叩く。

 

 この後、冒険者のみなさんと千刃と翅刃の解体作業を行った。

 倒した俺が優先的に素材を持っていける、と言ってくれたんだけど、持てる量には限界もあるからなあ。

 錬金術に使えそうな血、毛皮と千刃の刃を五十本ほどと、翅刃の前脚の刃を一つ頂くことにした。

 この後、まだ持って帰るものがあるからな。ふ、ふふふ。

 エルフがいるのだ。きっとかつる。

 

 ◇◇◇

 

「……右……」


 エルフの少女が右に顎を向ける。

 解体作業が終わった後、彼女はちゃんと俺の願いを聞いてくれた。

 そう、巨大ルベルビートル探しのお手伝いだああ。

 多少のトラブルがあったけど、しっかり捕獲して帰るんだからな。彼女がいるなら百人力だ。

 

「……リリー……」

「ん?」

「……名前」

「俺はエメリコ。そういや名前も聞いていなかったか……リリー、よろしくな」

「……うん……右……」


 ボソボソっと喋る彼女だったが、無言の時が続いても重たい空気にはならなかった。

 むしろ、安心感さえ覚えるほど。

 きっとこれが彼女の自然体だからなんだろうな。

 この後、一時間もかからずターゲットを確認。無事捕捉することができた。

 

 角のサイズが80センチほどもある大物だったんだ。こいつは戻ってから削るのが楽しみになってきたぜ。

 く、くくく。

 背負子に角を差し込み、不気味な笑い声をあげる俺なのであった。

 

「……エメリコ……気持ち悪い……」


 その時のリリーの言葉を聞こえなかったことにしたのは言うまでもない。

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