第5話 害虫駆除

「紫、悪い人相手でもやりすぎないように頼むぞ」


 ぺたぺたと紫スライムへ手の平をあてたら、ぷるるんと紫スライムが応じた。

 「任せて」と言っているのかな。

 

 話をしていたらちょうど馴染みの店先に到着する。

 この店は露天なんだけど、在庫を豊富に抱えているんだ。

 

「アロンソさーん。こんにちは」

「おう、エメリコ。もう無くなったのか。あんまり食べ過ぎると胃に悪いぞ」


 商売っ気の無いことをのたまう樽のようなお腹をした中年の男は、この店の店主でアロンソという。

 彼はすぐに大きな樽と一抱えほどある麻袋をドンと地面に置く。

 

「ね、ねえ。エメリコ、まさかこれ」

「うん。トンガラシの粉と甲虫の角ルベルビートルだ」

「やっぱり……」


 呆れたように天を仰ぐ萃香だったが、気にしちゃいけねえ。


「そういや、エメリコ。出たらしいぞ」

「え! 本当に!」


 いたのか! 

 さすが、トンガラシを日々入荷している店主だけのことはある。

 こんなにすぐ情報を入手できるとは思ってもみなかった。


「おう。ただ、まだいるかどうかは分からん」

「場所は分かりますか?」

「おう。ウエスカ大森林とか何とか」

「そこなら遠くない」

「おいおい、入り口付近じゃなくて、奥の方らしいぞ。気持ちは分かるが、Aクラス以上の冒険者パーティに頼むんだな」


 呆れたように片手を振る店主のアロンソだったが、俺の気持ちはもうウエスカ大森林に向かっている。

 店主にお金を手渡し、萃香に麻袋を持ってもらって俺は大樽を抱え上げた。

 

「探し物があったの?」

「うん。甲虫……えっと、ルベルビートルだったか。そいつの大型種だよ」

「うわあ……」

「何だよその顔! なんと、ルベルビートルの十倍ほどの大きさらしいんだよ。数メートルの甲虫となれば角もさぞ大きいんだろうな」

「虫取りに行きたいの?」

「おう。大型の角は市場に出回らないんだ。森の奥地にいるとかで」

「へえ……」


 目が死んでいるぞ。萃香。

 巨大だったら、辛さも数倍とかになっているかもしれないだろ。

 食べてみたい。いや、食べるべき。食べないと。

 

 妄想に花を咲かせていたら、萃香がぶすーと頬を膨らませ抱えた麻袋を持つ腕に力が入る。

 ぎゅーっと押された麻袋の口から粉が舞い、彼女の目が真っ赤になってしまった。

 

「けほ……」

「ビニール袋とかに入っているわけじゃないから、気を付けて」

「うん、エメリコくん、冒険者……に虫取りを依頼するの?」

「いや。しないさ。Aランクに頼むとか高額過ぎて、この前買い取ってもらったパープルミスリルでの稼ぎがパーになってしまうよ」

「まさか、一人で虫取りに行こうとか思ってる?」

「あ、それでさっきからぶすーっとしてたのか」

「う、うう。だって」

「心配しなくても、行かないよ。萃香が街での生活に慣れるまではね」

「その、虫取りって危険なんじゃ? キミが怪我するのは嫌だよ」

「念のため、スライムを二匹連れて行けば危険はないさ。ま、この話はまた今度だ」


 ニカっと微笑み、片目を閉じる。

 でも、ウインクに慣れていなくて顔が引きつってしまった。

 巨大ルベルビートルは魅力的に過ぎ妄想も膨らむけど、少なくとも三日くらいは萃香の様子を見ないと、ね。

 いくら辛い物に目が無い俺だとて、それくらいの分別はあるんだぜ。

 

 一方で萃香は何かを考えるように口元へぎゅーっと麻袋を寄せる……が、むせた。


「あはは」

「もう!」

「お、もう店の看板が見えてきたぞ」

「ここの文字ってどんな風になっているの?」

「アルファベット……いやローマ字に近いかな。ひらがなだけの文字というか」

「そうなんだ。それだったら、覚えることができるかも?」

「かもなあ。だけどさ、あれだよあれ。元の言葉の意味が分からないだろ。謎の魔力の力で会話できているわけだし」

「確かに……」


 ドシンと大きな樽をその場に置き、扉の取っ手に手をかける。

 後ろでドサリと麻袋が落ちる音が響き、後ろから背中をぽんぽんと叩かれた。

 

「どうした?」

「読めるよ。『ルシオ錬金術店』だよね」


 驚いて振り向くと、萃香の看板をさす指先が震えている。


「え、ええ?」

「元の文字の上に日本語が浮かんで見えるの」

「ほ、ほお。それなら読みはできるってことか」

「うん! よかった」

 

 胸の前で両手をぱちりと合わせ、花の咲くような笑みを見せる萃香。

 彼女の嬉しい気持ちが伝わったのか、紫スライムもぴょーんぴょーんと彼女の肩の上で跳ねる。

 

 ◇◇◇

 

「いいよ。エメリコくん」


 ダイニングキッチンに入るなり、彼女はそういって朗らかにほほ笑む。

 面と向かって言うのが照れくさいのか、いたずらをした後の子供のようにほっぺへ人差し指を当てながら。

 

「えっと」


 いいと言われても何がいいのか頭に入ってこないぞ。

 えへへーと彼女は俺の肩をぽんと叩き、ぎゅっと親指をあげた。

 

「虫取り、行ってきたまえよ!」

「何その、間違ったイメージの上司みたいな口調」

「え、変だった?」

「ううん、面白かった」

「わたしのことは心配しなくても大丈夫だよ。お金は……まだ自分で稼げないけど……」

「そこは問題ないさ。その件でもお願いがあってさ」

「うん」


 立ったままはなんだしと思い、作業机のところにある椅子に腰かけると萃香も続く。

 改まって喋る時に、膝に両手を置く動作まで同じかよ。

 すうっと息をすい、口を開く。


「お店を手伝ってくれ」

 

 俺と萃香の声が重なる。

 

「あはは」

「いいの? わたしがお手伝いしても」

「うん。店を開けることが多くてさ。誰かに店員を頼みたいと思っていたところだったんだ。労働条件は三食家付で」

「破格ー。でも、ありがとう。それにわたし、この街なら生きていけそうと思っているの」

「へえ」

「だって、エメリコくんみたいな人がお店を開いて、暮らしているんだもの。きっといい街に違いないんだから」

「そら、どういうことだよー」

 

 冗談交じりに彼女へ問いかけたら、笑いながらも彼女は応じてくれた。

 

「エメリコくん、人が良過ぎだもの。そんな人が育まれる街って素敵なところでしょ」

「俺は普通だって」

「またまたあ」

「有馬さん、お言葉に甘えて虫取りに行ってこようと思う。お店の開店はその後で」

「うん。これだけしてもらって、言い辛いんだけど……お店のお手伝いをするにあたって、一つお願いがあるの?」

「何だろう?」


 彼女は座ったまま顔をそらし、もじもじと恥ずかしそうに言葉を返す。


「萃香って呼んで欲しいな……。わたしはエメリコくんって呼んでいるのに」

「だ、だな。ここでは名前呼びが普通だし。じゃあ、今後は萃香さん、でな」

「呼び捨ての方が好き。有馬さんはともかく、萃香さんってなんか変な感じがしない?」

「そうかな。じゃあ、萃香で」

「うん、ありがとう。エメリコくん」


 握手を交わし、笑顔で微笑み合う。

 

「そうだ。話は変わるけど、お留守番してくれるならいろいろ教えておかないといけないことがある」

「洗濯とお料理は大丈夫よ。お風呂はなくて、布で体を拭くんだよね」

「銭湯があるにはあるんだけど、しばし我慢して欲しい。あとは、お金だ」

「だいたいできたよ。お買い物の時、わざわざわたしに硬貨を見せてくれていたんだもの」

「は、はは。通貨単位は『ゴルダ』。銀貨一枚が100ゴルダ。金貨が1万ゴルダ。銅貨は1ゴルダな」

「うん! 値札も読めるから大丈夫」

「おっし。お金はこの棚に入っているから、自由に使ってくれてよいよ」

「それ、全財産じゃないよね?」

「え、そうだけど?」

「こらああ。エメリコくん!」


 この後、萃香に三十分ほど、いきなり全額を自分に見せるとは何事だとか、鍵もかけずに棚の中にお金を無造作に置いているとか……いろいろ指摘を受けた。

 自分でも杜撰ずさんな管理だったことは分かっているからな。確かに、これじゃあいつ盗まれてもおかしくない。

 だがな、萃香。

 俺の店はお客さんが殆ど来ないのだ。だから、盗まれる心配はほぼない。

 

 ……なんてことはさすがに言えなかった。

 スライムによって素材を直接降ろしたりで、収入は上向いてきたんだけど、お店が閑古鳥なことは変わっていない。

 しかし、良質なアイテムを置くことでこれから必ずお客さんが来るようになる……はず。

 他にはない素材とアイテムを置き始めているからな。ふふ。


「遅くても三日後には帰ってくるから」

「うん。安全第一でね!」

「おう!」


 親指を立て、両肩に赤と青のスライムを乗っけた俺はルシオ錬金術店を後にする。

 ウエスカ大森林なら途中まで乗合馬車に乗って……あとは徒歩だな。

 まあ、夜には大森林の浅いところまでなら行けるだろ。

 

 冒険者ギルドで情報収集を、とも考えたけど大型ルベルビートルを狩ろうなんて人はいないかと寄り道はしないことにした。

 徒労に終わるなら時間短縮をした方がよいよな。うん。

 

 ◇◇◇

 

 順調に進み、ウエスカ大森林に突入する。

 この森は奥へ行けば行くほど年季の入った樹木が林立しており、うっそうとしてくるんだ。

 最深部には伝説の何かがあるとかなんとか。そこまで探検して戻ってきた人がいないから、真実は闇の中だけどね。

 SSクラスの冒険者だったら、最深部まで探検できそうなものだけど、彼らはお金にならないことはやらない。

 学者の知的好奇心を満たそうにも、SSクラスの冒険者に未踏の地の調査なんて依頼した日にゃあ、数百万ゴルダで足りるかどうか。

 そんなわけで、最深部が探索されることは今後も無いだろうと予想される。

 

 さあて、樹木の密度が上がってきたぞ。

 時刻はそろそろ夕刻を迎えようとしているってところ。

 

 俺がここに来るのは二度目だけど、前回は浅いところでキノコと毒草を採集しただけだった。

 でも、広大な大森林ならきっと冒険者や狩人のブートキャンプ的なところがあるはずだ。

 

「青、鉄やそれに類する匂いを感知できないか、頼む。赤は焚火を探してくれ」

 

 ぷにゅーんと上に伸び上がった赤と青のスライムのうち、赤の方が俺の肩からぴょーんと飛び降りた。

 地面で跳ねた赤スライムは、ゆっくりとぴょこぴょこ進み始める。

 

「お、見つけたのか。すげえな」


 てくてくと歩くこと二十分。横幅三十メートルほどの開けた場所に出る。

 苔むした小屋が立っているが、あれは荷物置き用だろうな。

 石を積み上げた竈があり、くべた薪は火がつきっぱなしだった。

 鍋も吊るしているけど、肝心の人がいない。

 

「鍋のサイズからして、三……いや四人かな」


 赤スライムは鍋の前でぷるぷるしたかと思うと、ぴいいんとてっぺんが伸び上がった。

 青スライムも同じように俺の肩で上部を尖らせている。

 

 何か……いるのか。

 シュル――。

 風を切る音がしたかと思うと、白い何かが飛来し俺の眼前でじゅうと音を立てて溶け消えた。


 白い糸だったのか。

 てことは蜘蛛系のモンスターか何かがここで休憩していた冒険者を狙ったってことか。

 冒険者たちは逃げたのか、蜘蛛を倒そうと向かったのか……不明。

 彼らがモンスターに喰われそうになっていないことを祈る。

 

 赤スライム、青スライムともにぷるぷると震えボタンのような丸い目をこちらに向け、俺の指示を待っていた。

 

「赤。俺の肩に。青、『溶かす』でいこうか」


 青も赤も攻撃範囲が広いからなあ。細かい指示でも理解してくれるけど、うっかり「やっちまえ」だけを指示するととんでもないことになる。

 特に赤は炎だし、火事が怖い。

 

 赤スライムと入れ替わるように青スライムが地面にぴょこんと降り立ち、グウウウウンと五倍ほどに膨れあがった。


「青、ヘイトを集めて」

『ばー』


 青スライムの体に口のような穴があき、気の抜けるような声と共にぼんやりとした霧が浮かび上がる。

 すると次の瞬間、前後左右の樹上から白い糸が青スライムへ襲い掛かってきた。

 対する青スライムは霧を竜巻のように回転させ始める。

 霧の色が乳白色から鮮やかなコバルトブルーに変わった。

 

 ジュ――。

 青い霧に触れた途端、白い糸は焼けるような音と共に溶けて消える。

 糸を吐きだした蜘蛛たちはカサカサと広場へ姿を現した。その数……八匹!

 全身が短い黒い毛に覆われていて、背中に白い模様があるのだが、髑髏のように見えて毒々しい。

 胴体のサイズはおよそ二メートルもあり、足の長さはそれぞれ一メートル近くあるんじゃないだろうか。

 

 怖気でぞくそくする……。

 昆虫が大きくなると、これほどくるものはねえな。あ、ルベルビートルは別ですのであしからず。

 

 片眼鏡をすちゃっと装着し、巨大蜘蛛を覗き込む。

 

『フォレストスパイダー

 体力:240

 力:105

 素早さ:74

 魔力:0

 スキル:猛毒+4(神経)

     猛毒+2(酸)

 状態:空腹』

 

 ほう、毒持ちか。錬金術に使うことができるな。


「青、頭を潰せるようなら頭で」

『うばー』


 俺の指示を受けた青スライムの周囲を渦巻くコバルトブルーの霧が倍ほどに膨れ上がる。

 竜巻のように渦を巻き分散したかと思うと、再び糸を吐きだしてきた八体の蜘蛛の頭へ霧が触れた。

 じゅうううっと焦げる音が響き、糸ごと蜘蛛の頭だけが完全に消失する。

 

 役目が済んだとばかりに霧が霧散し、青スライムも元のサイズに戻った。

 頭を潰された蜘蛛はそのまま動かなくなる。

 

「さあて、毒を回収しようかな」


 うっきうきで一体の蜘蛛の前に立ちナイフを構えたものの、ガクリと肩を落とす。

 蜘蛛の毒液は顔にある牙から出ていたようだった。

 となると、毒袋が体のどこかにあるはずなのだけど……どこか分からん。

 解体するのも時間がかかるしなあ……。

 

 ガサリ。

 その時、藪の向こうから草の擦れる音が耳に届く。

 チラリと両スライムへ目を向けたが、てっぺんは尖っていない。


「モンスターは倒しましたよ。ここはもう安全です」


 藪の向こうへなるべく柔らかな声で呼びかける。


「お、よく見たら、この前の兄ちゃんじゃないか」

「あ、ウーゴさん。これはまた奇遇ですね」

「お前さん、相変わらず凄まじいな……」


 藪から出てきたのは、矢筒を背負った痩身の若い男――ウーゴだった。

 彼は雷獣の時に出会った冒険者で、まさかこんなところで会うとは思ってもみなかった。

 

 彼に続き、法衣を着た栗色の髪のお姉さんも藪から顔を出す。


「クリスティナさんも来ていたんですか」

「エメリコさん、あの時は本当にありがとうございました」


 ペコリと頭をさげたクリスティナことティナの顔は強張っている。

 ウーゴはウーゴで、動かなくなった蜘蛛を見やりうへえといった感じで無精ひげを撫でていた。

 

「お前さん、錬金術屋なんてやめて、冒険者になった方がいいんじゃねえか」

「俺はしがない錬金術屋なんで。ルシオ錬金術店をどうぞごひいきに」

「しっかし、相変わらず物凄えな。数が多かったからどうしようかと思っていたところだったんだ」

「そうだったんですか。この鍋はウーゴさんたちの?」

「んだ。ここを拠点にして翅刃を狩ろうってんでな。俺たちはこの拠点の整備役でここに来てんだ」

「へえ。オルテガさんたちは?」

「旦那らは、討伐部隊に加わっているさ。一応俺たちはこう見えてもA級なんだぜ」

「お、おおお! Aクラス!」


 巨大ルベルビートルの討伐依頼を出すならAクラスの冒険者にでも頼むんだな、と店主は言っていた。

 つまり、Aクラスの冒険者なら巨大ルベルビートルのことを知っているかもしれない。

 冒険者ギルドならともかく、巨大ルベルビートルが出た森にいる冒険者なんだ。期待が高まるぞ。

 

「つってもパーティでAクラスだからな。お前さんの前じゃ形無しだぜほんと」

「いやいや。ところで、ウーゴさん」

「ん? 何だ? 討伐部隊に加わりたいのなら、口利くぜ。お前さんなら、足を引っ張ることもねえだろう」

「いやいや、俺は冒険者じゃあありませんので。そんなことよりですね。巨大ルベルビートルが出たとか聞いてません?」

「知らねえな。なんだそりゃ」

「え、えええ。トンガラシの粉の元になっている甲虫ですよ」

「さあ、昆虫系モンスターは多発するし、いるかもしれねえな」

「そうですか……」


 残念。ウーゴはまるで興味がなかった。

 そうだよ。だから冒険者ギルドで聞こうなんて思わなかったんだよ!

 

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