第3話 異世界でJKに出会う

「確かにパープルミスリルだ。純度も高い。よく掘り返して来れたな」


 ファビオはそう言って褒めてくれるも、表情か険しい。


「まさか俺一人でやったとか思ってない? 熟練の冒険者に手伝ってもらったんだって」

「ほう、そうだったのか。『穴掘り』は依頼を出してもなかなか受ける冒険者がいなくてなあ」


 ガハハと白い歯を見せるファビオは腕を組みおどけてみせる。

 彼が俺の身を案じて顔をしかめていたなんてすぐに分かるさ。彼は思っていることが顔に出るからな。

 それにしても冒険者か。

 彼らは日雇いの自由業みたいな何でも屋で、腕のある冒険者は結構な額を稼ぐそうだ。

 だけど、危険職であることを考慮するなら、それほど高い賃金を貰っているとは思えない。

 保険とかも無いからな……。


「彼らも汗水を垂らすなら、モンスターを倒した方がいいってことかな」

「そうでもないさ。『薬草摘み』なんてのも人気があるんだぜ。街中の護衛とかもな」

「あ、何となく分かったよ」


 パープルミスリルを掘り出した時のことを思い出す。

 ツルハシでガッツンガッツンと掘ること一時間近くだったものな。その間にモンスターの襲撃を受けるかもしれないし、掘り出した後の鉱石も重たい。

 報酬額と天秤にかけたら、他の依頼をやるってことだよな。


「そういうこった。こいつは喜んで買い取らせてもらう。他にもあれば買うぜ」

「んー。他は、あ、そうだ。テオにこいつを」


 最後の一本だ。

 コトンとレッドポーションを机の上に置く。

 

「テオの奴が怪我でもしたのか?」

「舌をちょっと……」

「ガハハ。まだまだ子供だな、お前もテオも」


 それだけで察してくれるファビオもきっと若い頃はいたずら大好きだったに違いない。


「明日になったら、効果が無くなっちゃうだけでなく腐ってしまうってテオに」

「あいよ。しっかし、レッドポーションって安くて効果も高いのに売れないのか?」

「『今すぐ怪我を!』って人はなかなかさ。街中だったら、怪我をしたら使おうって人もいるけど、回復術師もいるからなあ」

「なるほどな。ポーションは保管できてこそってやつか」

「そそ。でも、その場で調合できる俺みたいなのには、ベストマッチなんだけどさ」

「確かにそうだが、錬金術師でモンスターが出るところに行くのは、お前くらいのもんだからな!」

 

 ファビオは愉快そうにバシバシと机を叩く。

 世の中ってのは需要と供給で値段が決まる。ポーションの価値は「どれだけ怪我を治療することができるか」だけが需要のファクターじゃあないんだ。

 長期間保管できる赤ポーションなんて開発したら……大儲けじゃないか!

 

「いや、待て」

「ん? どうした?」

「何でもない」


 背負子を担ぎ、赤スライムを肩に乗せてファビオの家を後にした。

 赤ポーションで大儲けの妄想は、魔除けの精油の開発と重なる。錬金術師ってのはこの街だけでも数十人はいるんだ。

 過去の錬金術師も含め、赤ポーションを改良しようとした人は一人や二人じゃあないはず。

 つまり、なるべくしてなってんだよ。今の赤ポーションに。

 もし、開発するとしたら魔除けの精油以上に試行錯誤しなきゃならないだろうな……だってポーション類ってのは一番メジャーな商品なんだもの。

 

 あやうく開発の沼にハマりそうになった俺は、苦虫をかみつぶしたような顔で首をブンブン振る。

 

 ◇◇◇

 

「ただいまー」


 ガチャリと「ルシオ錬金術店」のドアを開けると、ぴょこんぴょこんと青と紫のスライムが俺の肩と頭の上に乗っかった。

 続いて二階へ続く階段からチリンチリンと澄んだ鈴の音が響いてくる。

 

「にゃーん」

「モミジー」


 すりすりと俺の脛に頬を擦り付けてくる黒猫を両手で掴み上げたら、嫌そうにそっぽを向かれてしまった。

 モミジは抱きかかえられるのが好きじゃないんだよなあ。だけど、飼い主としては抱っこしたいものじゃないか。

 そのくせ、夜は俺のベッドに入って来るんだから、ほんと気まぐれな奴だよ。そういうところも可愛いんだけどな!

 よーしよーしとしていたら爪を立てて来たので、仕方なく床にモミジを降ろす。

 すると、モミジは俺の足をひっかいて来た。


「分かった分かった。餌だろ」


 乾燥させた小魚を深皿に乗せ、その上から牛乳を注ぐ。

 「待ってましたー」とモミジが深皿に顔を突っ込んだ。尻尾をパタパタさせているし、現金なやつだ。

 

 ぷにゅんぷにゅんと青スライムが俺の頬っぺたを押し、紫スライムが頭の上で跳ねる。

 どうやら、モミジだけ餌を与えるなんて、自分たちもと言っているようだった。

 

「青は、純度があんましだけどこれでいいか」


 鉄と亜鉛が混じった手の平サイズの鉱石を床に置く。

 青スライムがぴょこーんと俺の肩から飛び降り、ぺとーっと鉱石に張り付いた。

 

「紫には……あ、ちょうどいいものがある」


 紫の好みは未だ何か分からない。だけど、こいつはだいたい何でも捕食する。

 背負子の中をごそごそして、螺旋状に捻じれた角を取り出す。

 大型ナイフくらいあるこの角は雷獣の背中から生えていたものだ。

 

 紫に見せると、角を掴んだ俺の手にぴょんぴょんアタックしてきた。


「ほい」


 青スライムの隣に角を置くと、紫スライムも角の上にぺとーっと張り付く。

 せっかくだから、角を合成しておくかな。

 

 もう一本角を取り出し、紫スライムの上に乗せる。

 

「エメリコの名において願う。シンテシス合成


 よっし合成成功。

 紫スライムに雷獣の背中の角が吸収された。

 片眼鏡でチェックしてみると、「放電」ってスキルが追加されているようだ。

 あれかな、雷獣が使っていた広範囲に広がる稲妻かな。だとしたら、使うと俺まで巻き込む危険性がある……試すなら赤スライムも一緒に連れて行こう。

 

 ぐうう。

 食べている姿を見ていたら、俺の腹の虫も主張してきた。

 ちょっと早いけど、俺も食事にするとしようかな。

 お金も入ったことだし、商店街の露天を匂いの惹かれるままにってのもいい。新しいレストランを開拓するのもいいなあ。

 

「んじゃ、ちょっと出かけてくるよ」


 食事中のモミジとスライム二匹にそう告げ、再び外に出る俺であった。

 

 ◇◇◇

 

 置いてきたつもりだったのに、赤スライムが肩の上に乗ったままだった。

 最近、赤青紫のどれかを連れているからなあ。肩の上の重量を意識しなくなっている。

 ま、スライムを入れてくれない店だったら、他の店を探せばいいさ。

 すぐ見つからないようだったら、タチアナのところや冒険者の宿に行けばいい。どっちも料理が美味しいし、安いからな。

 なら、どっちかに行けばいいじゃないと思うかもしれない。それはあれだ。安定よりたまには冒険をってやつだよ。

 

 くだらないことを考えながら商店街を歩いていると、いい匂いが俺の鼻孔をくすぐる。

 これは、何かの肉を焼いた匂いかな。

 匂いにつられフラフラと露天に向かう。

 ん? 何だあの人だかり。

 

 路上パフォーマンスか何かかな。

 人をかき分け、背伸びすると何とか中が見えたぞ。

 

 人垣の中心にいたのは黒髪の少女だった。

 肩口くらいのストレートの髪で、前髪をパンダのマークがついたピンで留めている。紺色スカートに黄色のリボンをあしらったブラウス。

 彼女はペタンと座り涙目になって、茫然と周囲の様子を窺っていた。

 

 どうして人だかりができていたのかは不明。

 だけど、あの格好……どう見てもJKじゃないか……。

 ここは日本じゃないんだぞ。どこかで制服を手に入れた? いや、持っているカバンはこの世界で作成できる素材じゃないし、髪留めに使っているパンダのマークはプラスチックだ。

 

 まさか、二度と見ることはないだろうと思っていたものが目の前にある。

 懐かしい女子高校生を見てしまったことで、自然と言葉が口をついて出てしまう。


「えー、あの」


 うっは。JKに声をかけただけで、周囲の注目を集めてしまっている。

 そんなに見られてもつい声が出てしまっただけだから、何を話せばいいか後が続かない。

 じょしこーはペタンと座ったままこちらと目を合わせようともしないし。


「みなさん、ご迷惑をおかけしてすいません。こいつ錬金術屋でして、こう風変わりな物を作るのが」


 この声はテオ。

 あいつも人だかりに引かれて集まった口だな。

 群衆が割れ、ツンツン頭が顔を出す。彼は俺に向け陽気に「よっ」と片手をあげる。


「エメリコ、ここは任せろ」


 ガッツポーズでウィンクして来やがったが……こいつ一体何を。


「待て。テオ」


 嫌な予感がビンビンした俺はツンツン頭の肩を掴もうと手を伸ばす。

 しかし、奴の方が一息早かった。


「服と鞄を作ったはいいが、着てくれる人がいなかった。この子に無理を言って着てもらったけど、可哀想に耐えられずここで」


 斜め上過ぎるだろ!

 濡れ衣だああ。ちょっと、集まったみなさん。まさか、このバカの発言を本気にしているわけじゃあ……。


「行こう」


 いたたまれなくなった俺は、彼女の手を取り、逃げるようにこの場を立ち去る。周囲の目が激しく痛い。

 俺が動くとささーっと人垣が割れるのが、また何とも言えない気持ちになってくる。

 あ、あの野郎。覚えとけよ。


『ね、ねえ』

「お詫びにそこの露天で何かおごるから、この場だけ我慢してくれ」

 

 人の波を抜け、そこの角を曲がろうとしていたらJKが戸惑ったように俺を呼びとめる。

 彼女を安心させるように声をかけるも、ぶんぶんと首を振って悲しそうな顔になってしまった。

 だけど、彼女は握った手を振りほどこうとはしない。とりあえずは彼女に嫌がられていないことにホッとする。

 十字路を右手に曲がり、軒下まで来たところで足をとめた。


「ごめん、連れてきちゃって」

『あ、あの……何が何だか』

「俺も、もしよければ聞かせてもらいたいことがあるんだ」

『一体ここはどこなんですか? わたしは一体?』


 ん、んん。

 自然に言葉が耳に入っていたけど、これ日本語か。

 日本語で聞きつつ、アストリアス語で返していた。

 前世とはいえ一応母国語だったから、何も考えずとも頭で理解できてしまうんだよな。あまりに自然だったから、気が付かなかったよ。


『まずは自己紹介をしよう。俺はエメリコ。君は?』

『日本語! わたしの言葉が分かるの?』

『おう。バッチリだぜ。一つ聞かせて欲しい』

『うん』

『なんでまたわざわざ日本語で喋っているんだ? 同郷出身を探すにしても、そいつは悪手だと思うんだよな』


 どこで手に入れたのか分からないけど、高校の制服と鞄まで揃えちゃって。

 でも、プラスチックとかどうやって精製したんだろう。魔法ならおよそ不可能なことがない……のかな。

 ところが、彼女の口から出た言葉は想像の埒外のことだった。

 

『わたし、日本語以外喋ることができないんだから……』

『いや、待て。この世界に日本語を喋る民族や国があるのか?』

『この世界ってどういうこと? 地球じゃないの……?』

『どうも話が噛み合ってない。まるで、さっきまで地球……日本にいたような言い方だな』

『そうよ! エレベーターを降りたら突然見たこともない商店街? に出て、言葉は通じないし、どうしていいかわからなくてそれでそれで』


 やっと言葉が通じる相手が出てきて、張り詰めていたものが切れたのか、彼女の大きな丸い目からポロポロと大粒の涙が溢れてくる。

 弱ったなあ。泣かれちゃうと弱る。

 あああ、こんな時どんな言葉をかけたらいいんだろう。彼女はまだブツブツと呟いているけど、言葉が意味を成していない。

 落ち着くまで話させるのも手だが。


「赤」

 

 ちょいっと指先でぷるるんと赤を撫でると、赤スライムはぴょこんと一息に俺の肩からJKの肩に飛び移った。

 赤スライムは彼女の肩の上でぷるぷる体を震わせ、頬っぺたへ体を寄せる。


『きゃ。なにこの子。可愛い。真ん丸なお目目があるんだね』

『そいつはスライムって生物なんだ。ゲームとかで見たことないか?』

『あんまりゲームをしたことないんだけど、聞いたことはあるわ。触っても大丈夫かな?』

『うん。歯もないし、噛まないから』


 ようやく笑顔を見せてくれた彼女は、人差し指で赤スライムを撫でる。彼女の指先の動きにあわせて赤スライムの体はぷにゅーんと形を変えた。

 

萃香すいか

『ん?』

『わたしの名前。有馬萃香ありますいかよ。わたしに声をかけてくれてありがとう。エメリコくん』

『有馬さん。そこのベンチで少し話をしないか』

『うん』


 ここならそれなりに人通りもあるし、彼女に警戒心も抱かれないだろう。

 日本基準なら完全に不審者だものな、俺……。見ず知らずの男が若い女の子の手を引いて、路地裏に連れてきて……となったら職質されてお縄になっても不思議じゃあない。

 だが、ここは日本じゃあないのだ。でも、比較的治安もいいし、騒ぎになったら衛兵に連れて行かれちゃうこともある。

 例えば、酒場で喧嘩騒ぎがあったりすると衛兵が飛んでくる。その程度には治安がいいんだこの街は。

 

『有馬さん、喉乾いてない?』


 聞いてしまったと思った。こういう時はさりげなく飲み物を買って彼女に渡すべきだよな。

 あれだけ泣いていたんだもの、喉が乾いているだろうに。

 見知らぬ世界じゃあ、俺の気分が変わらないように気を使うよな。

 そう考えた俺は、彼女からの答えを聞かずにベンチのすぐ傍にあった露天で、常温のグリーンティを二つ購入する。

 

 二人で並んでベンチに腰掛け、グリーンティの一つを彼女に手渡した。


『紙でできているのかな。このコップ』

『紙に似た素材だよ。製紙は魔法があるから、普及しているんだ』

『へえ。そうなんだ』


 萃香は指先でコップを弾き、グリーンティを口に含む。

 しばらく無言でお茶を飲み、赤スライムは彼女の肩に乗ったままぷるぷると彼女の頬に時折ぺたーんと張り付いたりしていた。

 

『わたし、普通に学校に行って帰る途中で100均によって、それでエレベーターに乗ったの。そうしたら』

『この街に来てしまったと』

『うん。エメリコくんに会えなかったら、あそこであのまま……』

 

 蒼白になってうつむいてしまう萃香。

 彼女は嘘を言っているようには思えない。でも、未だ彼女の言う事が信じられない俺は、一つ彼女にお願いをすることにしたんだ。


『何か現代的なモノを持ってない?』

『スマホでいいかな。それで君に信じてもらえるのかな』

『ごめん、有馬さんの話を信じたいんだけど、俺は日本からここへ転移して来た人をこれまで見たことも聞いたこともないからさ』

『うん。信じてくれたらエメリコくんのことも教えて欲しいな』

『もちろんだ』


 萃香は青い通学鞄のジッパーを開き、中からスマートフォンを取り出し俺に手渡す。

 彼女が持っていたスマートフォンは俺が生きていた時代とそう変わらない機種に見えた。

 今ならもっとスマートフォンの形も変わっているのかと思ったけど、そうでもないらしい。

 これで、彼女は突然この世界に転移してきたことが確定だな。にわかには信じられないけど、スマートフォンを見た今となっては疑う余地がない。

 

『ありがとう』

『中も見る?』

『いや、もう十分だよ。約束だ。俺のことを話すよ』

『うん、エメリコくんは生まれ変わったんだよね。この世界に』

『お、おお。もう予想はついていたんだな』

『えへへ。だって、転移? じゃないんだったら、それしかないんだもの』

『だな』


 あははと右手を頭の後ろにやって苦笑したら、彼女もつられて笑みを見せた。

 

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