第二話 北海道
「……」
マックスはしばらく押し黙った後、口を開く。いつの間にか日は沈みかけており、路地裏は薄暗い。表の道から差し込むケミカルなネオン光だけが唯一の光源だろうか。
先程まで僅かに降っていた粉雪も既に止んでおり、濡れたアスファルトが街灯に照らされていた。
「家がわからねぇとなると、どうしようかな…」
「本当にすまない…けど、自分でも何がなんだか…」
数時間程前、俺は薄暗いゴミ捨て場で目を覚した。
その時にはもう記憶はきれいサッパリ無くなっていて、訳もわからずこの街を歩いていたって所さ…。
「いいや、謝る必要はねぇよ、俺様だって変な混ぜもの入りを使って3日くらい寝込んだ事あるし、お互い様さ」
マックスは懐から煙草を取り出し、その一本を口に咥える。
「俺はクスリはやってねぇ!…と思う」
記憶がない以上断定は出来なかった。自分のことすら曖昧で、なんだか情けない気持ちになった。
「そうかい、タバコ吸うか?」
「ああ、貰う」
真っ暗に塗りつぶされた空の下、街路を二人で歩く。
お互い吸い終わるまで一語も発する事はなく、冷たく光るホログラフィに紫煙を浮かべる。
煙越しの朧げな光を目に映しながら、
「美味かった」
肺いっぱいに広がった煙に咽ながら俺は言うが、
「嘘つけ、無理して吸ったろ?」
当然説得力は無い。
本当に美味かったのだが…
「
「へぇ、わかってんじゃんか」
マックスはにへらっとした笑みを浮かべ、俺の肩を叩いた。
加減がされていないので痛い。
再び雪が降り始める。
彼はそれを鬱陶しがってアビエイターを外し、胸元に付けた。
「…まぁ、仕方ねえな」
透き通る様に綺麗な青い眼をしたマックスが、両の眼で真剣に眼差しをこちらに向ける。
「お前、俺様がひとまず面倒を見てやる」
「なんだって?」
思わず聞き返してしまったが、別に聞きそびれた訳ではない。
あまりの親切さと突拍子の無さに困惑しただけだ。
「ここは俺様のシマだ。ここで困ってるやつを放ったらかしには出来ないし、何よりも俺様はアーサー、お前を気に入った」
「それは、どうも」
「で、俺様と来るのか?」
記憶も地位も金も、何もかもが無い俺だ。何か行動を起こさなければならない。その気持ちも勿論あるが、それより、それよりもだ。
彼なら、この"オルタネイト・マックス"に着いていけばきっと何もかも上手く行きそうな気が、そんな気がした。
「ああ、行くよ」
「OK、よろしくなアーサー!」
握手の意図で差し出されたマックスの手を力強く握り込む。
彼は無邪気な笑顔で返した。それは先程数人を惨殺した男とは思えない面相だ。
「ただ、タダ飯は食わせねぇ、俺様達と仕事をしてもらうぜ」
「勿論、そのつもりさ。そういえばまだ職業を聞いてなかった、マックス」
「しがない街の便利屋さ」
「この街ではしがない便利屋が二丁のマシン・ピストルを撃つのか?」
「名刺みたいなもんさ」
「なるほど。大体わかった」
彼が裏社会の人間である事は薄々勘付いていたので、特に驚きも慄きもしなかったが、これから共に行うであろう仕事の内容については些か不安が募る。
俺は記憶の限りでは銃を撃った事はないし、人を殺めた経験もない。薬をキメた経験もだ。
まぁ、その記憶はほんの数時間遡るだけで白紙と化すのだが。不安である。
「銃をぶっ放したりすんのは俺様に任せな、アーサーには別の仕事があるぜ」
「…受け子とか囮?」
「バカヤロウ。俺様はそんな薄情じゃねぇやい」
軽く頭を小突かれてしまったが、多少は安心出来たので良しとしようか。
「それに俺達二人でやる訳じゃねえ、信用できる仲間も付くぜ」
そういえば、"俺様達"と言っていたか。
彼の仲間、一体どんな連中なんだろうか?
筋骨隆々の厳つい男達とか、そんな感じだろうか。
そんな思索を凝らしている時、小路の突き当りから何やらけたたましい悲鳴やクラクションが鳴り響き、一台のボロボロな車がこちらに向かって飛び出して来る。
「噂をすれば、来たな」
マックスが呆れた声色で呟く。この車の運転手が、例の仲間か。
乱雑に脚で開けられたフロント・ドアから現れたのは、予想外。美女だった。
まず目に飛び込んで来たのは溢れんばかりの巨乳にナイスバディ。
決してその一房を持て余す事のない扇情的なボディ・ラインに、艷やかな茶髪にチャコール・グレーの瞳。
ラテン系のくっきりとした目鼻立ち、滑らかで光沢のある唇は、自然な色合いをしている。
「Hola!待たせたわね。んでそっちの奴は何者?」
マックスと軽い挨拶を済ませてすぐに彼女はこちらに注視した。車のボンネットに腰を下ろし、脚を組む彼女の姿に完全に魅入られている事は誰にも悟られたくはない。
「新人だ。詳しい事は仕事終わりに話す」
「ふぅん。私はいいけど他の奴らにはキッチリ説明しなよ。最近は胡散臭いのが増えてるから」
頬杖をついて俺を睨みつける彼女の視線にマックスが割って入る。
「やめろ。コイツはそんなんじゃねえ。俺様が保証する」
「さァどうだか…アンタお人好しだから。いつかその悪癖に足下を掬われるよ」
「そんときゃそんときよ。ただコイツは"キメラ"じゃねぇ、さっきそこで襲われてたのを助けたんだ」
"キメラ"、先程路地裏で俺に絡んできた異形顔のチンピラ共の通称だろう。
野蛮な犯罪者集団から見ず知らずの人間を救い出し、更にその人間を自らの下で面倒を見ると言うのだから、"お人好し"と揶揄されても仕方がないだろうと俺は思った。
もっとも、彼もその"犯罪者集団"と類は変わらないのかもしれないが。俺にとっては恩人である。そこについては何も言うまい。
「"キメラ"の奴ら…やっぱり一度根っこから駆除しなきゃダメよね。アイツらほとんどネット使わないから、探知しにくいったらありゃしない」
彼女は溜息をつきながら、そう呟いた。
「まぁ、今は目の前の仕事に集中しようぜ。そういえばお前ら自己紹介がまだだったよな。しておけよ」
マックスは俺達の間に割って入るのを止め、両者を向き合わせた。
彼女はむすっとしていたが、一先ず自分の中で納得がいったのか、笑顔で俺の前に向き直り、快活に自己紹介を行った。
「私はリンダ。"リンダ・イクスバース"。担当は"サブクラッカー"。後は拳銃を少々、マックスほどじゃないけどね。よろしく!」
大きな胸元をはだけさせた扇情的なファッション・スタイルとは裏腹に、彼女の品性溢れるゴージャスな茶髪に見惚れてしまう。
数秒見つめてしまい、怪訝そうな顔で見られてしまった。俺も自己紹介をしなければ。
「俺はアーサー…"アーサー・K・ギブソン"だ。…以上」
「アーサーね。よろしく。で、何が出来るの?」
随分と直接的な質問をしてくれるじゃないか。リンダ…。
正直その質問には現状回答しようがない。俺は記憶が無いのだ。何ができるかなんてわかるわけがないさ。
だが、確かに自己紹介で名前だけ言うというのは、不誠実と言えるだろう。
「拳銃と…刃物が少々」
ひとまずホラを吹く。横で「?」の表情を浮かべているマックスには「黙っていろ」とこちらも表情で訴えかけた。
納得した様に三回程頷いてニヤけているマックスは、こちらに背を向けて一人煙草を吹かしている。
「へぇ。じゃあマックスに次ぐサブの
「いや…今は何も持ってないんだ」
「あら、キメラに盗られたの?だったらこれを使って。さっきそこの自販で買ってきた
「敵は俺に任せな…」
「あら、頼もしいわね。じゃあそろそろ出発しましょ。ああそれともう一つ」
「どうした?」
「見栄は張りすぎない様にね、ガンマンさん」
ああ、バレバレかよ。
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「GW中に後三話くらい出せたらいいですね…」
「作者」より。
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