DOUMIN FUNK!

山猫芸妓

第一話 拾う神

「北海道で日本円は使えねえよ。ケツを拭く紙にもなりゃあしない」


 バーカウンターに座る俺を、マスターは冷たくあしらった。

 こちらを見る事もせず、白い布巾でグラスを拭いている彼は一言だけ口にする。


「ここで飲みたいなら、元かルーヴルを出しな」


「オイ、冗談だろ?コイツはユキチだぜユキチ。日本通貨の最上級紙幣だぜ、なんで使えねえんだ。そもそも北海道は日本の領土じゃねえか」


 万札を握り締めた右拳をテーブルに勢いよく置き、前屈みになる。


 マスターがようやく俺を見た。

 冷たく、"こいつ何を言ってるんだ?"と言いたげな目で一瞥した後…俺は叩きだされた。


「イカれた野郎はお断りだ。数十年前からタイムスリップでもしてきたのかよ?バカが」


 肌を刺す寒さの街に放り出された俺の背中に暴言が突き刺さる。

 だが、今はそんな事より大きな問題に直面している。とびきりデカイ問題プロブレムに、な…


 道端に落ちていたユキチを拾って浮かれていた先程の自分がバカに見えてきて嫌になる。

 ああ、もう。


 排煙立ち込める空を見上げる。

 ウンと高いビルが立ち並び、それらの隙間を縫う様に空を飛ぶスカイ・モービル。


 ビル壁面には下品に輝くホログラフィの看板が多数映し出されており、様々な言語の宣伝広告が一面にある。

 その内容もそれまた下品なものであり、(巨大陰茎インプラント今なら半額!) (ライトを当てたら光る!ケミカル豊胸!) (札幌の町中から宗谷の果てまで音速でお送り致します。デリバリーヘルス!)


 どれもふざけた内容だ。こんなもの街を歩くガキ共の教育に悪いじゃねえか。


 上を見すぎていたせいか、路上のゴミに躓き転んでしまう。

 思いっきり額を打ち、鼻の奥で鈍痛が響く。

 涙が出るぜ。


 路上で仰向けに大の字で、空を見る。


 ふざけてるのは空だけじゃない。

 街中もひどい有り様で、常に下水の臭いがそこら中に立ち込めており、路上のゴミは清掃されずそのままウジが湧くかアスファルトのシミになり、通行人共はどいつもこいつもしみったれた面で「自分他人に興味ありません」風を醸し出していやがる。


 華やかなのは上だけで、肝心な所は薄汚れている。


 俺に手を差し伸べてくれる親切な人間はいない。

 と、思っていたのだが、俺の前で一人の女性が立ち止まりこちらを見下ろしていた。


 美しいフワフワの白髪を腰まで伸ばした容姿端麗な女性は、笑顔でこちらに手を差し伸べる。

 こんな親切な人間の好意を無駄にする事は出来ない。こちらも笑顔で手を伸ばす。


 あったけえな。北海道…


 手が、交差する。

 え?


 女性はこちらを無視し、路上に落ちていた小銭を一つ拾って一言。


「ラッキー」


 こちらには目もくれずそのまま立ち去っていった。


 曇った空から降りだした雪が、俺の顔に当たる。


 冷たいな。北海道…


 顔の雪がすっかり皮膚に溶け出した頃、路地裏から女性の悲鳴が響く。

 当然通行人は知らん振りを決め込み、その方向を見ようともしない。


 …じゃあ、この冷たい街で俺が最初の"親切な"人間になるとしよう。

 泥と雪だらけの衣服を"ほろう"前に俺は駆け出した。


 問題の路地裏に辿り着く。

 目の前にはこちらに背を向け蹲る女性の姿があり、辺りには誰もいない。

 既に事が済んだ後か。


「オイ、アンタ大丈夫か!」

 俺は女性の肩を掴み安否を確認しようとする。


「!?」

 振り向いた彼女のツラに、俺は驚愕した。


 黒っぽい緑の鱗、感情を感じさせない瞳、切り裂かれた様に大きな口。

 彼女の顔は爬虫類そのものだった。


「"はんかくさい"のが一人釣れたね…」

 悪魔の様な笑みを浮かべた彼女は、俺の手を取って離さない。


「ちょっと…離せよ!」


 どこに隠れていたのか、気づけば周囲をイカツイ男達に囲まれている。

 ライオンだったり犬だったり、どいつもマトモな顔面をしていない。


「有り金全部よこせ!抵抗すんなら殺すぞ」


「えっと…」


「あん?」


「お金、持ってないんだけど…」

 さっきの美女クソアマに盗られてなきゃ、ユキチが一枚あったんだが。


「マジか…仕方ねえな…」


 なんだ。許してくれるのか?


「んじゃ、バラしてブローカーに売り捌くしかねえか」


 許してくれなかった。畜生、どうすれば…


 逃げようと必死に女の手を振り払おうとするも、人間離れした握力でしっかり掴まれ身動きが取れない。


「クローム、入れてるからね…そんな細腕じゃあ振りほどけないよ」


「バケモノじみてるのは顔だけじゃねぇってコトかい…」


 刃物を持った男達がすぐそこまで来ている。

 仮に手を振り払えたとしても、この距離ならもう逃げられない。


 この街の人間が皆素っ気ないのは、単に他人に興味が無いってだけじゃなく、こういう善意を食い物にする奴らと関わらない様にする為だったのだろうか。

 畜生、大人しく素通りするべきだったか。


 自分の行動に後悔していると、女がニヤケ顔(おそらく爬虫類が笑うとするなら、ああいう顔だろう)俺に話しかけてくる。


「問題、私達みたいな底辺のクズがどうしてこの街で生きていけるでしょうか?」

「正解はアンタみたいなやつを食い物にしてるから」


「アンタみたいのがいるから私達はこの街で生きていけるのさ…」


 男達の刃物が一斉に振り下ろされる直前、一発の銃声が狭い路地裏に響き渡った。

 鳥瞰していた烏共の群れが飛び立ち、僅か静寂の"間"が過ぎ去ると、銃声の主が声高に叫ぶ。


「"オルタネイト"マックスのシマで随分アコギなコトやってんなァ!?」


 その声に男達はたじろいだ。

 覗く横顔からは明らかな恐怖の形相が見て取れた。

 また、俺を掴んで離さない女の震えが身体を通じて感じられる。


「ショバ代は命で払って貰うぜ!うちは電子決済取り扱ってねぇからなァッ!」


 "マックス"と名乗った金髪の二丁拳銃使い《アキンボ》は銃口をこちらに向ける。

 引き金を引く直前、俺に向かって彼は叫んだ。


「おいオマエ!生きたきゃ臥せなァッ!」


 ──その直後、爆発的なマズル・フラッシュと共に刹那の閃光。


 計32発分の薬莢と死体が地面に転がり、赤熱した銃口は未だ冷める事はない。

 跳ね上がるスライドが嵐の終わりを告げた。


 奇跡的な超反応で伏せられた俺はその惨劇の当事者になる事はなかった。

 また、俺を掴んでいた爬虫類顔の女も絶命を免れた。


 マックスは即座に片方の拳銃に装弾リロードし、彼女の額に熱された銃口を押し付け、仰向けに押し倒す。

 女は調律の狂った楽器に似た様な金切り声を上げ、助命を懇願した。


「助けて!子供が家で待ってるのよ!」


 女はマックスの足下に縋り、涙を流してわざとらしく泣き叫ぶ。

 マックスは困った様に頭を掻いた後、口を開いた。


「仕方ねーなー、わかったよ。んじゃあ今からなぞなぞ出すから、それ正解したら生かしてやる」


「え…」


「じゃあいくぞ〜、これから地面に脳天ぶち撒けて、無様に這いつくばってくたばるヤツはだーれだ?」


「ちょ、ちょっと待っ──」


「──お前だよ」


 16度に渡る閃光が彼女の脳天をシャッフルする。

 当然の事ながら絶命し、頭部の吹き飛んだ死体が地面に突っ伏した。


 マックスは死体の前でへたり込んでいた俺の前に立ち、手を差し伸べる。


「生きてたな、アンタ…立ちな」


 その手を力強く掴み、立ち上がる。


「どうもありがとう…」


「この街で人助けをしようとするたぁ、俺様以上の変わりモンだな。気に入った。名前はなんてんだ?」


 名前、俺の名前は…


「アーサー。"アーサー・K・ディクソン"」


「俺は"シェーファー・オルタネイト・マックス"。よろしくな、アーサー」


 マックスは俺の手を掴んで、真っ直ぐにこちらを見据えてそう言った。


「この辺りは危険だし家かホテルまで送ってくぜ?何処に住んでるんだ?」


「いや、それが…な」

 俺は頭頂部辺りを手で触って、言葉を濁した。


「それが…なんだって?ハッキリ言えって」


「名前以外、何も覚えてないんだ」


 …俺が直面してるデカイ問題プロブレムってのは、こういう事さ…。


 ─────────────────────


 女の涙とWEEDキメてるラッパーの言葉だけは信用すんなよ?


「オルタネイト・マックス」より。














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