第三話 パンドラ・ボックス
リンダから貰った拳銃を懐に仕込み、車に乗り込んだ。
運転は彼女が担当し、後部座席に俺とマックスが座る形だ。
車内はウッディーな香水のフローラルで満ち満ちており、割と長い時間リンダが車を運転していた事が伺えた。
「それで、一体どんな仕事をやるんだ?」
俺は彼らに尋ねた。
「マックス、アンタそんな事も知らせないでアーサーをここまで連れてきたの?」
マックスを詰める彼女の声色は、苛立ちを隠しきれていない。
「悪い悪い、そんな大層な仕事じゃあないし、簡単な事をやらせるつもりだったから。説明するのをすっかり忘れてたぜ」
呆れ返った彼女の溜め息が車内に響き、数秒の沈黙の後、マックスがそれを破って俺に説明する。
「あー!わかったよわかった!説明すっからよ……今回はトラックの積荷を狙うんだ」
「積荷?中身はなんなんだ?」
「”桜華電機”、わかるか?」
「いや、わからない」
全く聞き覚えがない。やはり言語やある程度の一般常識以外は完全に記憶から吹き飛んでいるようだ……。
「そうだな、じゃあまずは”自治区”の説明からした方がいいだろう。この北海道は大まかに4つの大企業が仕切っていて、この街札幌も四分割されてる。」
「俺様達が今いるのは”南区”。”ダイヤモンド・ベイ”っていう米国の大企業が牛耳ってる区だ。今回狙うトラックは、北区を仕切ってる”桜華電機”の所有物になる。ここ南区の人気の少ない道を通った時に狙う」
なるほど。とりあえず仕事の内容と中身、あとは大まかな段取りは理解した。だが一つ疑問がある。何故他地区の企業の持ち物を狙うんだ?それを聞いてみる事にした。
「私達無法者にもある程度の”ルール”、暗黙の了解があるの」
今回はマックスではなく、リンダが質問に答える。彼女はこちらを横目に片手運転で話を続けるが、危なっかしくて怖いので止めて欲しいものだ。
「所属している地区の企業は襲わない。これもそのルールの一つよ。理由は簡単で、目を付けられたら企業に”間引き”されるから。要するに企業お抱えのスイーパーが飛んできて組織ごと力づくで解体されるってわけ。企業四社はそれぞれ敵対し合っているから、私達みたいなのが他社の利益を侵害する分にはプラスなのよ。まるで飼われてるみたいでムカつくでしょ?」
自由に生きている様に見えた彼らも、実際はかなりの制限を受けた世界で生きているんだな。
リンダの言い方から察するに、本来はどの企業も無法者を完全に撲滅出来るほどの能力を有しているんだろう。その上で意図をもって彼らを生かす。賢いのか愚かなのか、それはわからないが、これから俺もその世界に足を踏み入れる事になるのだ。
記憶が戻るまでの辛抱。そう思っていたが、仮に記憶が戻ったとして、自らの身分が明けたとする。その時自分が指名手配犯だったらどうする?社会復帰はできるだろうか?
マックスに拾われてから常にその手の不安に苛まれて来たが、今この話を聞いて余計に”それ”が強まった。
まぁ、それでもやるだけやるしかないのだが。
「なるほど、わかった……、それで俺はどんな役をこなせばいいんだ?チャカを持たされたんだ。近場のカフェで気持ちよくコーヒーブレイクしながら犯罪の顛末を眺めていろ。なんて言わないだろ」
「ああ、言わねぇ。だがそれに近い役割さ。単純な仕事、見張りだぜ」
ふと窓の外を眺めると、先程の街並みとは打って変わり何やら治安がよろしくなさそうな。物騒なストリートになっていた。
建ち並ぶ建築物の窓は大抵割られているかベニヤ板で封をされており、大体のコンクリート壁には下品なスプレー・アート。
少し遠くに大きな工場地帯が見える。
赤と白の円筒からは見るからに健康に悪そうな黒煙が吹き出していて、それが何本も何本も立ち並ぶその様は圧巻なものだ。
通行人の数は見るからに減り、関わりを持ちたくない程度には皆ガラが悪い。
「到着したわ。このポイントで輸送車を盗み、近くの信頼出来る駐車場でバラす。逃走用の車もそこに」
「随分と物騒な所だな……こんな場所を企業の大切なモノを運ぶ車が通るのか?」
「普通なら通らないだろうな。うちのメインクラッカーに交通網をちょいと弄らせて、ここを通らざるを得ない状況を作った。性格は悪いが、腕は確かなヤツさ。信頼できる」
メインクラッカー。リンダの他にもいるのか。
「クラックの天才よ。あのレベルのソフトウェアハックが出来る人材はそうはいないでしょうね」
そう言いながらリンダはルームミラーの角度を念入りに調整し、背後を伺う。空気感から察するに、作戦決行は秒読みか。
先ほど彼女から貰った拳銃を手に取り、吟味する。
手に触れた瞬間わかるチープな質感。重量も軽い。おそらく金属を使用していない。
回転式弾倉、装填数は三発で、カラーはビビドなピンク色に塗装されている。
極力発砲したくはないな。
「よし、来る」
マックスは一足先に車の扉を開け、外に出た。
ダッシュボードの裏面に内蔵されていた映像端末に監視カメラの映像が映されており、それらしき車両がそこに映っている。いよいよか。
彼に次いで俺も車を降りた。リンダは何やら端末をいじくりまわしていて、まだ降りる気配はない。
今は午前3時辺りだろうか。
まだ日が昇るには早いな。
降雪は収まっているが、すっかり冷えきった外気が肌を刺す。
すっかり静まり返った漆黒の空に真白の吐息が舞い上がる。
響くエンジンの駆動音、輸送車が来た。
車両が目の前に迫っているのにも関わらず、マックスは落ち着いてそれを眺めているだけだ。車内のリンダも降りてくる気配はない。
「なぁ、もう目の前に…」
「焦んな、もうすぐだ」
その刹那周囲の電灯が総じてダウンし、輸送車はけたたましい怪音を響かせながらスリップ。路肩にて沈黙した。
「いったい何が起こったんだ?」
あまりに急な出来事に俺は全く状況を飲み込めず、ぽかんとそれを眺めているばかり。
マックスが「仕事だ」と肩を叩く。そうだな、何が起こったか聞くのはこの仕事が終わってからにしよう。
彼は拳銃片手に運転席へ近付く、中には二人の従業員がおり、双方かなりの動揺を隠しきれないでいた。
間髪入れずに銃床でドアガラスをブチ抜く。勢い良く砕片が降り掛かった二人は余計に怯み、助手席側に至っては頭を抱えうずくまり命乞いの言葉まで吐く始末。
「大人しくしな。抵抗しないなら殺さねえ」
ロックを内側から解除した後、マックスは運転手の額に銃口を強く押し付け外へ促し後部荷積の扉を開けさせる。
そこには大量に積まれた部品の類、ではなく手術台とたった一つのテックのみがあっただけだった。
「どういうことだ!?」
彼はかなり動揺しており、遅れて車内から出てきたリンダに向かって戸惑いのジェスチャーを見せる。
「S-05p…通称"ハイド・アウト"、とても高価な軍用モデルのインプラント・ステルステックじゃない!それにAI制御の手術台まで…」
すぐに走ってやってきたリンダが荷を調べ、そう言った。
俺が手足を拘束して見張っていた従業員二人も自分達が運んでいるものの把握ができていなかったらしく、驚きを隠せないでいる。
「アルバートの奴、何かの手違いか?こんなもの情報にねぇぞ…」
「いや、アルバートはハメられたかもしれないわね。この車、独自回線が引かれて四六時中監視されてるみたい」
「は?つーことは…」
「─もうじきここにサツが来る!」
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"アルバート・セイヴァー"、南区最大の犯罪組織"慈愛労働会"のリーダーであり、マックス達に仕事を紹介している。
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