第6話 六坊通の鬼火祓い、あるいは初めての実践
朝陽たち四人の見習いも含めて、集められたのは10名の退魔師だった。
「幽鬼溜まりが確認されたのは外京の長屋通りだ。近隣の住民から、夜更けに外を駆けまわる子供らの声がすると報告があった」
広間に並ぶ退魔師たちに向けて、当主代理の周防が野太い声で告げる。
「
その日の夜も更けた頃。皆が寝静まり、薄雲に覆われた月明かりだけが薄っすらと通りを照らす中に、朝陽たち四人組はいた。
「珍しいよね。僕たち見習いも呼ばれるなんて」
口火を切ったのは新吉だ。彼の周りだけ少しだけ明るいのは、精霊たちがほんのりと光を灯して新吉の足元を照らしてやっているから。おっちょこちょいで、何もないところですらコケる彼のため、精霊たちが気を使ってやっているのである。
「いいじゃねえか。ようやく、幽鬼共をブチのめせるってわけだ」
拳を付き合わせて笑うのは虎之介だ。その名に負けず荒々しく勇ましい性格で、作戦に加わるよう命を受けてからずっとこの調子ではしゃいでいる。
そんな虎之介に、一生が冷めた目を向ける。
「今宵の相手は幽鬼ではなく霊魂、しかも子供です。一戦を交える機会などあるわけないでしょう」
「そんなの、会ってみなきゃわかんねえだろう」
「私たち見習いが参加している時点で、推して測れることです。この世を彷徨う霊を迅速にあの世に送り出す。私たちが求められているのはそこです。幽鬼との戦闘じゃない」
「つまんねえこというなよ。朝陽目当ての悪鬼も、一匹くらい釣れるかもしんねえじゃん」
にやりと笑って、虎之介が朝陽を見る。それに、朝陽はいらっとして眉根を寄せた。
「俺は釣り餌じゃねえよ。ていうか、お前のせいで周防さんに拳骨くらったの、まだ根に持っているんだけど?」
「俺の目が届くところで、弄りやすく寝てるほうが悪いんだよ、
にやっと笑みを深めた虎之介に、朝陽の中でぶちっと何かが切れた。
「お・れ・を! 嬢ちゃんと呼ぶな!」
「いいだろ。嬢ちゃんみたいな顔をしてんだから」
「それが嫌だったっつってんだろ!」
「だ、だめだよ、虎くんも朝陽くんも……。そんな大声を出してたら、霊が逃げちゃうよ……」
喧々諤々とする二人に、新吉がオロオロと止めに入る。一方の一生は心底嫌そうな顔をして、くるりと背中を向けた。
「……付き合っていられませんね」
「おい、ひとりで行くなよ! 見習い組は四人で行動しろって、周防さん言ってろ」
「結構です。あなた方と一緒にいては、せっかくの実践の機会を無駄にしてしまう」
「そんなこと言って、抜け駆けして手柄を独り占めする気だな。よーし、新吉! 俺たちも行くぞ! 一生にいいとこどりさせんじゃねえ!」
「え、ええええ!? 僕たちは、先輩たちが祓いこぼした霊を逃さないように六坊通りで待機って……、えええ!」
さっさと先頭を行く一生と、その後を追いかける虎之介と新吉ペア。――新吉が言う通り、朝陽たちは先輩たちから合図が来るまでは待機のはずだが、こうなっては仕方ない。朝陽も置いて行かれないよう、ほかの三人を追いかけた。
さて。霊溜まりというのは、霊道が近くに開いてしまったりなどして、霊が大量に集まってしまった区画を言う。今回はそれが、町人街の長屋密集地帯の一角に広がってしまったので、そこそこの大規模だ。
先行して調査した退魔師によれば、この辺り、特に裏長屋周辺は一昔前まで非常に貧しく苦しい生活をしている者が多かった。そのため病気や死産により子供が命を落とすことが多かったという。
そのため、この辺りには以前から「真夜中に子供の霊が外を歩いている」とか「いないはずの赤ん坊の声がする」といった噂が絶えなかった。それがいよいよ近くにいたほかの子供の霊まで呼び寄せて、本格的な霊溜まりになってしまったのだろう。
実際細道を歩いてみると、霊と呼ぶにもあまりにか細い、幼い子供たちの霊魂からなる鬼火があちこちをふわふわと彷徨っていた。
きゃっきゃ、きゃっきゃっと、子供が戯れる声が微かに響く。中には、本当に幼い――おそらくは赤子と思われる声まで混ざっていた。
「こんなにたくさんの子供が、成仏できずに彷徨っているなんてな」
胸が痛んで、朝陽は目を伏せた。
成仏できていないということは、この世に未練があるか、死後に供養してもらえなかったということ。鬼火から伝わる気配は無邪気だから、おそらくここにいる霊魂は後者だ。これだけ多くの子供が、弔われることもなく死んでいったのだろう。
けれども悲しげな表情をする朝陽を、一生はちらりと見ただけだった。
「感傷は無意味ですよ。大人だろうが、子どもだろうが、死は平等に訪れるもの。いちいち涙を流していたら身が持ちません」
「だけどさ。ここには小さな子供の霊や、生まれる前に死んでしまった霊もいる。そういう弱い奴らが、誰にも弔わってもらえずに彷徨っているなんて寂しすぎるだろ」
「私たちが第一に考えるべきは現世であり、生きている人間です。多くの霊がひとつところに集まれば、どんな悪いモノを引き寄せるかわかったものじゃない。あなただって、霊が転じて幽鬼となった者たちには、散々嫌な目にあってきたでしょう」
「それは……」
返答に詰まる朝陽をよそに、一生は一歩前に進み出る。そして二本指を立てて空中に印を描いた。
「光より
一生の体が青白く光る。同時に、辺り一帯の地面に扉のような模様をした巨大な
がちゃりと金具が外れる音が響いて、呪印の門が開く。そこから溢れる淡く温かな光に、ふわふわと遊ぶ鬼火たちが包まれる。
『なんだろう、まぶしいね』
『なんだろう、あたたかいね』
『いっしょ、いっしょ。みんないっしょ』
『あっちにいっても、またいっしょにあそぼうね――』
そんな声を最後に、その場にいた鬼火たちは掠れて消えていった。一生の放った霊祓いの術により、あの世に魂が送られたのだ。
ぴゅーと虎之介が口笛を吹いた。
「さっすが。吉備家の長男様は、手際も鮮やかだ」
「これしきのこと、褒められるほどのことでもありません」
「けっ、すかしやがって。新吉! 俺らも一生に負けねえよう、祓って祓って、祓いまくろうぜ!」
「うわ、虎くん! これは
長屋の影にふわりひふわりと浮かぶ鬼火を見つけて、虎太郎が新吉の腕を引いて駆けていく。そのあとを、一生もスタスタとついていく。
朝陽だけが一生が祓った鬼火たちがいた場所に向けて、手を合わせて目を瞑った。
(遅くなっちまったけど……みんな、あの世で安らかに眠れよ)
それから、改めて先を行く同期らの後ろを追いかけようとした――が。
『ふふふ。げにか弱き霊を追いかけまわすとは、実に精の出るお役目にございますな』
ひやりとした冷笑を含んだ声に、朝陽はつんのめるようにして足を止める。慌てて振り返れば、やはりそこにソイツはいた。
「お前!!」
思わず声を上げた朝陽に、いつの間にか控えていた(自称)式神・八雲は、内の読めない笑顔を見せたのだった。
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