第12話 夏祭り

 7月 某所


 近頃は暑くて敵わない。とはいえ、ずっと家にこもって小説を書いたり、地域猫の梅さんに魚を盗られたり、伊藤に起こされたりで、あまり外には出ていないのだが。 それでも、扇風機で消し飛ばせないほどの蒸し暑さは感じるのだ。


 「久崎先生、原稿の進捗はいかがですか」

 16時頃、内村が家に訪ねてきた。今回は珍しく順調で、締切に間に合いそうだと告げると、内村は怪しげな顔をする。

「その顔!失礼ですよ」

「前回そのフリで私を騙して逃げたこと忘れたんですか?見せてください」

 僕は卓袱台の上に置いてあった原稿を渡した。内村はパラパラと紙をめくる。

「本当だ」

「でしょう?」

 僕が胸をはって自慢すると、「当たり前ですよ」と頭を軽く叩かれた。


「それで先生、この御津美束はなんでアイスを食べてるんですか?」

「それはもちろん、夏と言えばアイスだからですよ」

「御津美束って普通の女子高生なんですよね?あと数分で自分に巻かれた爆弾が爆発するかもってタイミングでアイス食べます?」

 暫く小説の展開などについて話し込んでいたところ、ふと、遠くから太鼓の声が聴こえはじめた。

 そういえば、今日は近くの稲荷神社で夏祭りがあるのだ。神社は大きくないものの、地元住民から親しまれている場所であるためか出店が多く力が入っている。


「そうだ、気晴らしに夏祭りにでも行きませんか?小説のネタにもなりそうですし」

 僕の提案に、内村はまたしても顔を顰める。

「え、おじさん2人でですか……?」

「丁度お腹も空いてきたし、久々にたこ焼き食べたいんです。それに僕はおじさんじゃない、まだ28ですよ!」

「行くのはいいですけど、少しだけですからね。たこ焼き食べたら、すぐ戻りますよ」

 あまり乗り気でない内村を引きずるように家を出て、神社へ向かう。かなり賑わっていた。子供から大人まで、幅広い世代の人々が浴衣を着て、夏の風物詩である祭りを楽しんでいる。

 出店も多く、りんご飴、たません、わたあめ、金魚すくい等々、神社の外まで広がっていた。

 僕の目当てであるたこ焼きもあり、早速注文する。醤油の香りが食欲をそそった。

「内村さんもたこ焼き食べ――」

 隣にいる内村を見ると、いつの間にか両手いっぱいに食べ物を持っていた。

 フランクフルト、わたあめ、りんご飴、串物同士がくっつかないよう、器用に指で挟みながら、その口には既にみたらし団子が咥えられている。


「どうしたんですかそれ!というよりいつの間に?」

「ふぁっふぃ……ゴクンッ、失礼しました。さっき買ったんです」

「その量を?まだここに着いて10分ぐらいしか経ってないですけど」

「ま、まぁ買えなくはないです」

 普段冷静で頭の切れる内村にしては珍しく歯切れが悪い。

 そういえば内村は、太り気味であることを奥さんに指摘されたらしい。作家の恒川が笑いながら話していたのを思い出した。

 もしかして祭りに乗り気でなかったのは、食べすぎてしまうからなのではないか?

「……久崎先生、良かったらりんご飴いります?」

「あっ、じゃあ……」

 ぎこちなくりんご飴を差し出す内村。それに手を差し出そうとしたところ、ドンッと背中に衝撃が走る。


「あっ、すいません」

「うわっ!!」


 後ろを振り向くと、甚平を着た10歳ぐらいの男の子が倒れている。反動で後ろに倒れないように支えた手は、神社の砂利で擦り傷を負っていた。

 その子の後ろから、母親と思われる人が「タツヒコ!」と声を上げながら走って来る。遠くから見ていたのか、僕に申し訳無さそうにして頭を下げてきた。

「本当にすいません。うちの子がご迷惑をかけてしまって……コラッアンタも謝りなさい!お母さん、走るなって言ったでしょ!」

「ごめんなさい……」

「あぁ、いえ……」

 怪我をした子供を心配そうに見ながらも、厳しく叱る。 母親は子供の手を掴み、その場を離れた。歩きながら叱る母親の言葉が段々と周囲の雑音に紛れていく中、一部だけクリアに聴こえた。


「全く……アンタね、神隠しにあっても知らないよ!」


 神隠し。

 そういえば、この神社にはそんな噂があった。

「神隠し?先生、知っていますか」

同じく聞こえていたらしい内村が、不思議そうに聞いてきた。

「えぇ。昔、この神社の祭りに来た少年がそのまま行方不明になったらしいです」

「そうなんですか?」

「とはいえ随分昔の話らしいので、本当かどうかはわからないですけどね。信じている地元の人は多いみたいですよ」

 僕は内村からもらったりんご飴を齧りながら、辺りを見回す。近所の祭りなんて小学校高学年にもなれば友人だけで来る子も多いが、この祭りは違う。友人同士で固まる子供の少し後ろに、数人の親が目を離さないように見張っている。小学生だけで来ている子達は居ないようだった。

 本当かどうかはわからない、と内村には説明したものの、その異様な光景を見ると真実味が増してくる。


「そうなんですね……あ、すみません、お手洗いにいきたいので、これ持っていてもらってもいいですか?」

 僕は内村からフランクフルトとわたあめを受け取り、しばらく賽銭箱横で待つことにした。

 この神社は敷地が広くないためか、盆踊りはない。故に夏祭りと言っても出店だけがある状態だ。賽銭箱あたりには出店がないため、腰を掛けて休んでいる人は多い。僕もそこに紛れながら、ぼーっと人混みを眺めていた。

 (……神隠し、か。そういえばあの青年はどうなったかな)

 先ほど内村に説明をしながら、僕の脳裏には例の消えた青年がよぎっていた。彼はおそらく自主的に消えているのだろうが、あの刀といい、雰囲気といい、どうも引っかかる部分が多い。


 ふと、視界の端にキョロキョロとあたりを見回す女性が映った。先程僕にぶつかってきた少年の母親だ。バチッと目が合うと、不安そうな顔で僕に駆け寄ってきた。

「あの、さきほどはすみませんでした。えと、うちの子を見ていませんか?」

「いえ、見ていませんが」

「そ、そうですか……」

 僕が見ていないことを告げると、母親は悲痛そうな顔をして俯いた。どうやら子供は何処かへ行ってしまったらしい。

「あぁどうしよう!やっぱりやめておけば良かった、一度も行ったことないのは可哀想だっなんて、神隠しにあうよりはずっといいのに……」

「神隠しと決まった訳ではないですよ」

 僕が宥めても効果はないようだ。母親は額に手を当て、その顔に後悔を滲ませている。どうも本気で焦っているようだ。いくら神隠しの噂があるといえ、そうと決めつけるのは早すぎるのではないか。ぶつかってからそこまで時間も経っていない。

 僕がどうしたものかと考えていると、母親は顔をあげ、苦しそうに告げた。


「違うんです、








私の叔父なんです。昔、ここで神隠しにあった子供は」






 

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