第10話 青年の行方

あの後、僕らは警察署に連れて行かれた。

あのトンネルでもたもたしていたところ、奴等に追いつかれたのだ。

あぁもうお縄だ、僕は終わりだと天を仰いだが、警察の邪魔をしないようにと厳重注意に留まり、あっさり帰された。


拍子抜けではあるが、ありがたいことだ。

さっさと帰って原稿……の前に眼鏡を買いに行くか。

警察署の玄関から出たところで、目の前に、無駄に背の高い男が立ちはだかる。

シワのないスーツ、手入れの行き届いた革靴、オールバックに整えられた髪。

全身から如何にも生真面目な性格が醸し出されている。

彼――鹿紫雲聡(かしもさとし)は、切れ長の目でこちらを睨んできた。


「や、やぁ鹿紫雲。元気そうで何より。じゃ、執筆あるんで……」

「今戻っても締め切りには間に合いませんよ」

「なんで知ってるんだよ!?」

「刑事の勘……といいたいですが、貴方は毎度のことでしょう」


罠にまんまとかけられた僕は呻く。

何を隠そう、僕はこの男に会いたくなくて、警察から逃げていたのだ。こんな感じで毎度会うたびに突っかかってくる。 


「で、わざわざ呼び止めて何の用ですかね、お坊ちゃん」

「いえ……随分あっさり帰されたな、と」

いつもなら意味のない応酬が続くところだが、今回は妙に含みのある言い方だ。

「まぁ、それは僕も思ったが……」

彼は口に手を当て、何か考えながら話し始める。

「あなたと一緒にいた青年、何故追われていたか御存知ですか?」

「?いや」

「貴方も知らないんですね……」

「どうしたんだ、一体。何が引っかかってる?」

僕が問いかけると、鹿紫雲は迷いながら重い口を開いた。

「いえ……彼が追われていた理由なんですが、私は銃刀法違反だと聞かされているんです」

確かに青年は真剣を所持していた。それで追われるのはおかしいことではない。

「それがどうかしたのか」

「あの青年、刀を没収されただけで、帰されるそうなんです。罰金などもなく」

「それはあれじゃないのか、実は運んでいただけとか、他に正当な理由があったとか」

「私も最初はそう思ったのですが。当初は通常通り、刑罰があったらしいんですよ、途中から上の圧力がかかったようでして」

なにやらきな臭い話になってきた。

不審な青年とあの刀。

最後にあの女を斬った時の雰囲気といい、思い返せば返すほどおかしな点が多い。

「何者なんだ、あいつ……」


二人で話し込んでいると、ポタポタと雨が降ってきた。

「うわ、まじか」

僕は慌てて、手で雨を避けようとする。しかし段々と酷くなるので、二人で警察署の玄関に向かう。

走りながら、鹿紫雲に傘を借りれないかと声を掛けた。しかし返答はない。

彼は僕ではなく、その後ろ――警察署の玄関を驚いた顔で見ていた。

僕もつられて振り向く。そこには渦中の人物、青年が立っていた。

今しがた釈放されたようだ。ぼんやりと雨を見ている。

「あ、すみません、傘を借りてきますね。すぐ戻ります」

「あぁ、よろしく……」

我に返った鹿紫雲は署内に戻る。僕は青年と玄関に取り残された。

知り合いとの無言の時間はとても気まずい。いや訳の分からない相手と共に対峙していただけの人物を知り合いと定義していいのかは分からないが。

「……」

「……」

二人でぼーっと雨を見る。

しかしこの青年、なんとなくだが、あの刀を持っているときと印象が違う。素朴でどこか幼い感じがした。

この沈黙に耐え兼ね、僕は話かけてしまう。

「やぁ、さっきぶりだな……あー、大丈夫か?」

質問の意図がわからないようで、首をややかしげて僕を見る。

「刀抜いたとき、その、元気がないというか。呆然としていたような気がして」

彼は驚いたように、一瞬固まったかと思えば、顔を伏せた。あまり触れられたくない話題だったようだ。

慌てて話を変える。

「悪い、変なこと聞いたな。えーと、僕の家は近いんだが、この雨だからな。歩いて帰るのも大変だ。君、家はどの辺なんだ?電車を使うのか、だとしたら駅までは近いからいいな」

彼の顔がどんどん暗くなっていく。

家の話題もまずいのか。いやまずいよな。世間話程度だが、知られたい話でもないし。だめだ、どうも先ほどの雰囲気と違うせいか、罪悪感が凄い。子供をいじめている気分だ。

「いや、悪い、何でもない……っておい!?」

僕が言い終わる前に、彼は突然しゃがみこんだ。

「おい、どうした?大丈夫か」

彼に駆け寄り、その顔を伺う。額には脂汗が滲んでおり、顔も赤かった。

「どうしたんですか!?」

そこに、傘を2本持った鹿紫雲が現れた。僕は状況を手短に説明する。

「何処か痛みますか?」

鹿紫雲の問いかけに、彼は首を横にふる。

鹿紫雲が青年の額を触り、「ひどい熱だ」とつぶやく。

「どうしましょう、救急車を呼びましょうか?そこまで酷くないならタクシーでも」

この問いかけにも、彼は首を横にふってしまう。

鹿紫雲は困った様子だ。


「じゃあ僕の家に来るか?」

その言葉に、驚いた鹿紫雲の視線が刺さった。


「何だよその目……体調不良の人間をほかって帰るほど薄情じゃないつもりだぞ、僕は」













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