第8話 錆びた刀
青年――久崎に不審者と呼ばれている男であり、河上を殴った男でもある彼は、勢いよくトラックの運転席側へ向かった。
竹刀袋から獲物を出す。それは黒い日本刀だった。朱い下緒が黒い鍔を巻き込んで結ばれており、抜刀できないようになっている。
青年は運転席に半分身を入れ、鞘に収まったままの刀を久崎の後ろへ思い切り投げつけた。
『ギャッ!』
それが呻いている隙に青年は久崎のシートベルトを外し、彼の肩を大きく揺らす。
意識が戻り始めているが、まだ動けそうにはない。
青年は久崎を担ぎ、トラックの外へ飛び出した。
「おい、急にどうしたんだよ!?」
何も見えていない河上は、何が何だかわからないようだ。
しかし彼に説明はせず、久崎を地面におろした。
「うう、ん」
彼は呻いたかと思うと、カッと目を開け、強張った形相で周りを見渡す。
「女、女が!」
「女?何言ってるんだアンタ。少し落ち着け」
「いるだろう、今あそこに!ほら!」
久崎はトラックの助手席を指差す。
「白いワンピースの女だ!アンタ、あの女を追いかけて行ったじゃないか!」
久崎の必死な説明に、河上は怒りを通り越して、引いたような様子で答える。
「アンタ何の話してんだ?白いワンピースの女なんて知らねぇよ」
「なっ……覚えてないのか……!?」
これもお決まりのやつか!と久崎は歯を食いしばる。
二人で話していると、突然、青年が二人の服を引っ張った。
トンネルを指差し、大きく振りかぶるような手招きをする。
「トンネルの方に逃げるってことか!?せめて逆方向に」
久崎が言い終わる前に、青年はトンネルへ向かって走り始めた。
「あぁ、くそ!どいつもこいつも……!」
「おい、トラックは!置いてけってのか!?」
走りはじめる久崎に、河上は待ったをかける。
「後で取りに行けばいいでしょう!」
振り返り、河上に言い聞かせる。
しかし納得がいかないようで、その場から動こうとしない。女を見えておらず、記憶もおぼろげな河上からすれば、このままトラックを置いておく方が問題だった。
「っやばい!後ろ!」
先ほど青年から刀をぶつけられた女が、トラックの影からヒタ…ヒタ…と歩きながら近づいてくる。
焦った久崎は河上を強引に引っ張り、走り出した。
「ハァ、ハアッ!」
青年を先頭に河上、久崎の順で走る。
久崎は日頃の運動不足と元々の足の遅さで最後尾となっていた。
走りながら後ろを振り返る度に、女は段々と近づいている。
しかし、久崎がトンネル中腹に来たあたりで女の姿は見えなくなった。
得体のしれないものが、姿を消すほど怖いものはない。
「おいっ……!あの女が、ハァッ、いなくなったぞ!」
息を切らしながら先頭の青年にまで届くように声をかける。
「居なくなった!?クソッタレ、最悪じゃねぇか!」
「……っだよな、僕もそう思う!」
見えていない河上も、流石に居なくなった不安が通じたらしい。より一層緊張を増して、必死に手足を動かす。
しかし久崎は運動不足が祟り、勢いよく転んでしまった。
「……ッ!!」
薄い手の皮と膝が擦れ、手足に痛みが走る。
それに構わず立とうとすると、河上の手がスッと差し伸べられた。
「大丈夫か!?」
「あぁ、ありがとう」
同じく手を差し伸ばす久崎。
「おい待て兄ちゃん!誰に手を伸ばしてる!?」
「えっ?」
その声は、たしかに河上のものだ。でも遠くから聴こえる。
では目の前のこれは?
久崎は恐る恐る顔を上げる。
髪の長い女が、光のない目でニヤニヤと久崎を見下げていた。
「う、うわぁっ!!!」
河上達の方へ逃げようとするも、女にガシッと足を掴まれ、立ち上がれない。
振りほどこうにも、動かすたびに手の力は増していった。
「クソ、離せこのっ……!!」
手を離させようと足を懸命に動かしているその時。
女の頭が落ちた。
『ギャア゛ッ……!!』
第三者――青年によるものだった。
立ち上がれない久崎の後ろから、青年は女に切りかかったようだ。
久崎の足を握りしめていた手も緩み、その身体と頭は徐々に消え、やがてボロボロの布切れだけが残った。
自由になった久崎が立ち上がりながら振り向く。
青年は刀も収めず、立ち尽くしていた。どこを見ているのかわからないのは、トンネルの暗がりだけのせいだろうか。
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