第5話 トンネルのいわく

 トンネルの中は、春先とはいえあまりにも寒い。

 腕を組み、背を丸めながら歩く。

 二人分の足音や、布がこすれる音が、トンネル内に反響する。この音に紛れて、おかしな声だとか聞こえないといいが。妙に意識をしてしまう。

 僕はそれを誤魔化……いや、安全のために、車内から拝借してきた懐中電灯を点ける。昼間とはいえ、このトンネルは先まで10分ほど歩く距離だ。中央あたりは暗いため、念のため持ってきておいた。


 トンネルの中は流石心霊スポットだけあって、壁は実にカラフルだ。左右に満遍なく、絵心の欠片もないらくがきが散らばっている。


 ちら、と隣を歩く男を見る。気まずそうに、足元やトンネルの先に視線を彷徨わせたり、竹刀袋をしきりに背負い直したりしていた。

 いや、僕だって、好きでこんなトンネルに入ったわけではないのだ。その態度だと、何だか僕が悪いみたいではないか。どちらかといえば巻き込まれた側なんだぞ。

 気に食わないことこの上ないが、この雰囲気はよろしくない。何せ今から幽霊に魅入られている男を連れ戻すという訳の分からないことをするのだ。多少なりとも連携は取れるようにしておきたい。そのためには情報共有は必須だろう。

「君、このトンネルのいわくを知っているか?」

 僕の問いに、僅かに首を横に振る。何なら心霊スポットとして有名であることも知らなさそうだ。

「白いワンピースの女が立っているとか、こうして歩いていると足音が増えるとからしい。僕はこの手の話を好まないからな、よく知らないが」

 説明して、ふと違和感を覚えた。そうだ、今回みたいに女に呼ばれるという噂は聞いたことがない。


 彼は僕の説明を理解したのかしていないのかわからないが、時々頷きながら聞いていた。

 しかし、暗いのでよく見えないが、この話をしてからずっと、どことなく不安そうにしている。


「苦手なのか、こういうの」


 聞くと、僅かに頷いた。……まぁ、苦手な人もいるだろう。僕は平気だが。そうすると少し、申し訳なくなってきた。


「やっぱり僕だけで行って、君は車で待っておくか?」


 彼はしばらく考えた後、首を横に振る。ただその態度は、なんとなくだが、覚悟を決めた訳ではないように感じた。


「そうか。じゃあさっさと見つけるか。あの運転手……一体どこまで行ったんだ――」


 ふと、トンネル中央、丁度暗闇の部分。その地面に何気なくライトを照らす。

 うずくまっている人がいた。服装や背格好からして、先程の運転手だ。

 長丁場を覚悟していたので、意外と遠くへ行っていないことに安堵した。とはいえ、うずくまっているのは何だか嫌な予感がする。


「大丈夫ですか?」


 声を掛けると、男はうぅ……と唸り声をあげながらも、立ち上がった。


「あぁ、すみません、大丈夫です……」

 先程の女はどうしたとか、ここで何をしているのかとか、聞きたいところだが。また何処かへ行かれても困るので、話を振らず、手を差し伸べた。

「それならよかった。帰りましょう……とはいえ、あなたのトラックですけどね」


 二人で、来た道を引き返す。しかし、あの不審者は立ちどまったままだ。何か落ち着かない様子で、竹刀袋を握りしめていた。


「?何をしている。目的は果たしたんだ。早く戻るぞ」


 話しながら思い出したが、そういえば警察に追われているんだ。こんな訳の分からないイベントで随分時間を食ってしまった。


 急かす僕に、不審者の彼はぎこちない様子で歩き始めた。







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