(6)
口の中の物を飲み込み、大河は言葉を続ける。
「て言っても、俺はほとんど覚えてないんだけどね。百花楼の
あの白蓮が子育て、しかも人間の子供を――と当時の常夜街で騒然となったそうだ。白蓮と古い付き合いのある『
「ちょっとおっかない所もあるけど、みんないい人達だよ。あ、一人ヤな奴がいるけどさ」
茉衣子の気まずそうな様子をからりと笑い飛ばして、大河が二個目の月餅に手を伸ばした時である。
「……」
手を止めた大河が、閉ざされた扉を見やる。
――コンッ。
扉を、誰かが叩いた。
それほど大きくはないがやけに響く音に、茉衣子がはっと身を強張らせる。
「だ、誰……?」
「ああ、浅川さん。今戻りました」
ややくぐもった白蓮の声が、扉の向こうから聞こえてきた。
茉衣子は肩に入れていた力を抜くが、傍らの大河は伸ばしていた手を月餅から
剣の鞘を握った大河はおもむろに立ち上がり、扉の方へと向かった。
「白蓮?」
「ああ、大河か」
「合言葉は?」
「……何?」
「ほら、出かける前に決めたでしょ」
「何を言っている。適当なことを言うんじゃない」
「あ、バレた?」
あはは、と大河は笑いつつも、扉を開ける気配は無い。「じゃあ念のため質問ね」と白い鞘を撫でながら問いを続ける。
「白蓮イチオシのドラマ『わたキョン』のファーストシーズン、第十二話の花嫁人形編に出てくる四番目の被害者の名前はなんでしょーか」
「大河、何を……」
「答えられないなら、あんたは白蓮じゃない」
大河がきっぱりと言うと、扉の向こうがしんと静まり返った。満ちる静寂は、嵐の前の静けさのように緊張感を高めていく。
やり取りを見ていた茉衣子が固唾を飲んだ時である。
バンッ、と大きく扉が鳴った。
両開きの木の扉が大きくしなって、貼られていた呪符に小さな破れ目ができる。
「茉衣子さん、結婚おめでとう!」
「おめでとうー‼」
扉の向こうで、場違いなほど賑やかな歓声と拍手が沸き起こった。そこに混じるのはドンドン、バンバンと扉を叩く音だ。
たくさんの手が扉の四方八方を殴りつけ、音は重なり大きくなっていく。
「茉衣子さん、もう準備は整っているのよ」
「息子が待っているぞ。早くしろ!」
「うちの息子が楽しみにしているのよ。早く出てきなさい!」
「結婚しないの?」
「結婚しなさい」
「おめでとう! 結婚しなさい!」
「おめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとう……!!」
繰り返される言葉に、茉衣子はガタガタと身を震わせる。
「あ……あ……」
青ざめた彼女の横で、大河は「あーもうっ、うるさい!」と扉に向かって一喝した。
「あんたらしつこいぞ! 白蓮の真似までして、本人が知ったらどんな目に遭うか分かってんのかよ」
大河の一声に、声と拍手と音がぴたっと止んだ。
しかし、すぐにざわざわと声が広がっていく。
「いない」
「彼奴はいない」
「邪魔が入る前に」
「早く」
「連れて行こう」
「もう我らのモノだ」
「もう少しだ」
「早く、全部喰ってしまえ」
扉を叩き、引っかく音が強くなる。扉や壁に貼られた呪符が、次々に青い炎を上げて燃えていった。
ドン、ドンドンッ、バンッと扉はさらに大きくしなって、ついに呪符は破れて隙間ができる。その向こうに見えるのは黒いたくさんの影だ。
恐怖で固まる茉衣子の手を、大河が掴んだ。もう片手には、鞘から抜いた白い両刃の暘谷剣を握っている。
そのまま、大河は扉の反対側にある窓を足で蹴って開けた。常夜街の湿った空気が、びゅうっと室内に吹き込んでくる。
「よし、行くよ」
「どっ、どこに……」
戸惑う茉衣子に、大河は窓の外――地下にできた巨大な吹き抜けをした。
「外に」
「え?」
ぽかんとする茉衣子の腕を掴んだまま、大河は窓枠に足を掛けた。
窓枠を思いきり蹴った大河と共に、茉衣子は外へ――常夜街の巨大な空洞へと投げ出された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます