(5)
「それじゃあ、後はよろしくお願いしますよー」
いつもの如く案件を丸投げして、鈴木はそそくさと帰ってしまった。
陰陽局の人員は少なく、度々問題が起こる常夜街の担当である鈴木は忙しい身だ。だが、何となくサボっている感の拭えない、胡散臭いくさい男でもある。
鈴木を見送った後、白蓮は「さて」と片手で扇を器用に広げた。隣に立つ大河を手招きし、口元を隠して小声で囁く。
ふんふんと頷いていた大河の顔が途中で嫌そうに歪んだが、反論を封じるようにぱちりと扇が閉じられた。
白蓮は茉衣子に向き直って告げる。
「浅川さん。しばらくこちらで待っていてもらえますか? 私は準備がありますので」
「え……あ、あの……」
戸惑う茉衣子をよそに、白蓮は優雅な足取りでさっさと出て行ってしまった。
鈴木と白蓮がいなくなり、茉衣子の顔が不安で一気に曇る。
それもそうだろう。頼りになりそうな大人の白蓮でなく、まだ子供の大河と置き去りにされたのだから。
しかし大河はからりと笑いながら、途方に暮れる茉衣子を店の奥の部屋へと案内する。
「大丈夫。こっちの部屋にどうぞ」
茉衣子が通されたのは、六畳くらいの部屋だ。棚と小さな座卓があるだけで、透かし彫りの窓の白紙が外の灯りを滲ませている。
「そこに座ってて……あ、タメ口でもいいかな? 俺、敬語あんまり得意じゃなくて」
「は、はい」
「あはは、俺の方が年下なんだし、お姉さんが敬語使うことないよ」
「あ……うん」
大河の気さくな口調と余裕のある態度につられてか、茉衣子は少しずつ落ち着きを取り戻してきたようだ。
大河が壁に何やら黄色い
「あの……それは?」
「これは
赤い文字が書かれた呪符は、接着剤を使っているわけでもないのに、大河が人差し指と中指で壁に押し付けるとぴたりと貼りつく。天井へ投げた呪符もまた、そのままぺたりと貼り付いた。
手際よく呪符を貼る大河に、茉衣子は尋ねる。
「
「うーん、陰陽師ではないよ。『
「どうし?」
「道教の修行者のこと。ええと、道教は中国に昔からある信仰で、その教えを守って修行を積んで、占いをしたり祭りや儀式を取り仕切ったりする人達のことを『道士』って普通は言うんだけどね。
でも俺は、キョンシー映画とかに出てくるような道士に近いかな。古代中国で、仙人になるための修行をしたり、呪術を使って妖怪や悪者退治したりする方のやつ。『
「キョンシー……」
茉衣子は、キョンシーと呼ばれるゾンビが出てくるホラーコメディ映画を思い出す。
主人公はたしかに『道士』や『道長』と呼ばれ、袖の大きな黄色い服を着て、剣や呪符、いろいろな術を使ってゾンビと戦っていた。
「もともと陰陽道も道教が日本に伝わってできたもの……だったっけ? うーん、白蓮からいろいろ教えてもらっているけど、俺、まだ修行中でさ」
「白蓮さんも道士なの?」
「うん。めちゃくちゃ強いよ」
大河は自慢げに、満面の笑みで答えた。
そうして、大河は最後の一枚を扉の中央に貼り付ける前に、一度部屋を出る。戻ってきた時には、両手に駄菓子の籠とお茶の入ったポットを持っていた。
ついでというように小脇に挟むのは、鞘に収まった剣である。
「お茶にしようよ。月餅や
どこか呑気な大河に呆気にとられつつ、茉衣子は頷いた。
しばらくの間、駄菓子や月餅を摘まみつつ、温かな玄米茶を飲む。もっとも、茉衣子は食欲が無いようで、白い茶器を手持ち無沙汰に弄っていた。
茉衣子は、大河の傍らに置かれた剣をちらちらと見る。
白い鞘と剣の
大河は軽々と持っていたが、机に置かれた時に「ごとり」と重い音がしたので、レプリカなどではなさそうだ。
「……それって、本物なの?」
「え、偽物持ち歩いてどうするの?」
茉衣子の問いに、きょとんと大河は返す。だが、すぐに思い直して「ああ、地上じゃ銃刀法違反になるんだっけ」とぼやいた。
「常夜街じゃ、自分で身を守らないといけないからね。ま、普段そこまで使うことはないけど」
大河は白い鞘をさらりと指で撫でる。
「『
大河の頬が緩む。嬉しそうで少し誇らしげなその表情に、茉衣子は思わず尋ねる。
「あなたと白蓮さんって、どういう関係なの?」
「一応は師匠と弟子かな。あ、育ての親でもあるよ」
「育ての……親?」
「うん。俺、小っちゃい頃に白蓮に拾ってもらったんだ」
大河の告白はあっさりしたものだが、茉衣子は明るく溌溂とした少年の過去に目を瞠る。
本当の親は、なんて踏み込んだ質問はできるはずもなくて、茉衣子は気まずげに口を閉ざす。しかし大河は気にした様子も無く、蓮の白餡入りの月餅を大きく頬張った。
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