(3)


 インターネットの無い常夜街の住人には縁遠い言葉を羅列され、眉間の皺が深くなった白蓮に、鈴木は詳しい説明を諦めたようだ。

 端的な説明に、白蓮はふむとすまし顔で頷いて茉衣子の方を見た。


「なるほど……それで、『幸運の紅包ホンパオ』という噂はどういったものですか?」

「常夜街の紅包は、拾うといいことがあるって噂なんです。実際に拾った人が、スピードくじが当たったとか、好きな人と付き合うことができたとか……SNSでもそんな報告が上がっていて」


 茉衣子はスマホを取り出すものの、常夜街では圏外で表示できない。代わりに、年代物の革鞄から鈴木が書類を取り出した。

 パソコンの画面をプリントアウトしたものだろう。紅包に添えられたピースサインの写真と共に、『♯常夜街』『♯紅包』『♯東京』『♯レアアイテム』『♯幸運』などの文字、そして、『紅包を拾った日に彼氏ができました』なんて文章が書かれていた。


「……うわぁ」


 大河の一声に含まれる『うさんくさい』の響きに苦笑したのは鈴木だ。


「まあ、紅包に纏わる風習は、本来はだいぶ意味合いが違いますもんねぇ」



 台湾の一部の地域に伝わる紅包の風習は、未婚女性が亡くなった際に行われていた。

 昔は女性の地位が低く、未婚のまま亡くなると実家の墓に入れずに位牌も無いため、祀ることができなかったからだ。

 そこで、親や親族は彼女の髪や爪と共に金銭を紅包に入れて道端に置き、男性に拾わせて結婚を迫る。冥婚によって相手の男性の籍に入れることで、祀ることができるようにしたのである。元々は、未婚女性の供養のための風習であったのだ。

 相手側の男性も、形だけの結婚だから死者に縛られるわけではない。冥婚をした後でも自由に生きた人間と結婚できる。また、金銭を得たり、あるいは結婚が開運にもなったりすることから、進んで冥婚を行う男性もいたそうだ。


 ある意味、紅包はラッキーアイテムとも言えるが――。



「こちらもすぐに地上で調査は行いました。確かにネット上に複数の投稿がありましてねぇ。皆、同じように『紅包』がレアなラッキーアイテムだと」


 鈴木が並べた書類を読んでいた白蓮は、形の良い眉を顰める。


「そんなに簡単に、常夜街の情報が地上に出回るのですか?」


 丁寧な言葉の裏には、地上の陰陽局は何しているんだと言う責めがある。鈴木はいつものへらりとした笑みを浮かべ頭を掻いた。


「あー、今はすぐにネットで拡散される時代ですからねぇ。便利だけれど困ったもんですよ。……ま、これらの情報はすでに陰陽局で手配して消去済みです」


 そう答えた後、「それでですね」と少し声の色を変えた。


「こちらに相談に来た時点でお分かりとは思いますが、まあ、少々問題が出てきまして。……ええと、実はこれらの投稿をした者が皆、連絡が取れず仕舞いでして」


 鈴木の言葉に、茉衣子の肩が再び強張る。


「確認できた内、二名はすでに亡くなっています。奇怪な死に方をしたこともあって、陰陽局で元々調査を進めていたものなので、すぐに分かりました。その他に行方不明、意識不明、精神を病み奇妙な言動を繰り返す等。性別は男性に限らず、女性も」


 つらつらと並び立てられる言葉に、茉衣子が机に置いていた手を強く握った。小さく震え始める彼女の手に、そっと乗せられたのは象牙のように滑らかな白蓮の手だ。


「浅川さん、どうぞ落ち着いて。話の続きを、お願いできますか?」

「っ……そ、その、紅包に願いを叶えてもらう代わりに、開けて中身を見たらいけないって……でも、私……」

「見てしまったのですね」

「……」


 白蓮の確認するような問いかけに、茉衣子は頷いた。


「最初は、本気にしてなかったんです。せっかく拾ったんだし、試してみようって……」


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