第12話 本心

 外に出ようとしたそのとき、俺は夏の香りに包まれた。植物のものではない、言葉で表現することの難しい雨のような匂いが、辺鄙な街に漂っている。頭上には青い空が広がり、太陽の光がさんさんと降り注がれる。


 そんな上毛高等学校の生徒用玄関を出てすぐのところで、宇多野は俺たちの方を向く。


 彼女の表情はどこか強張っているというか、緊張しているように見える。ただ、その中には確かに、穏やかな感情と肩の荷が下りたとでも言いたげな安心感のようなものがある。他人の気持ちのなど、そう簡単にわかるものではない。しかし、俺と宇多野だから、同じ悩みに苦しめられてきた俺と彼女だからこそ、それがしっかりと伝わってくる。そう確信できる。


 宇多野は、俺と藤乃の顔を交互に見たあと、長い間閉じられてきた口を開き、今ある心の中の感情をゆっくりと言葉へと変換していく。


「……藤乃さん、山折くん」


 彼女の表情に、だんだんと笑みが浮かんでいく。


「私、二人に会えてよかった。二人に会うことができていなかったら、ずっと止まっていたままになっていたと思うし。それに、変わることの大切さに気付くことも、できなかったと思う」


 そういう声色はとても穏やかである。つい数分前まで、その中で異彩を放っていた苦しみや怒りは、もう感じられない。


 勿論、完全になくなったわけではないはずだ。魔法少女効果について、すべてを知っているというつもりはない。ただ、それでもそれが一人の少女を死に追い込んでしまうような、真っ黒な感情がなければ発現しないものだということは分かる。だからこそ、その感情がそう簡単に消えるものではないというのも理解できる。それに、青春への執着がどれほど大きいもので、どれほど重いものなのかは、俺も知っている。

けれど、それでも今の彼女の中のそれは、少なくとも表には発現しないものにまで小さくなったのだ。だからこそ、彼女の声はとても柔らかい。

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魔法少女効果 -Magical girl Effect- 橙コート @daidai_coat

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