第二章 Blue Gatling

第7話 母校

 六月二〇日。午後一時過ぎ。俺は藤乃からの呼び出しの電話をもらい、オンライン上で実施していた英語の小テストを中断させられる。


 そして現在。彼女から指定されたとある集合場所へと向かうため、最寄り駅への電車に揺られていた。進行方向左側には片田舎の街並み。平凡なコンクリート製の道路の脇には、何のために建てられたのか、そして何故もなお残り続けているのか分からない建造物が立ち並び、その奥には隙間を埋めるようなかたちで似たり寄ったりの住宅街が建ち並んでいる。右側には隣の街、もとい俺が大学に登校する際の駅の名を持つ街と、今いるこの街とを隔てるかたちで、一本の河川が流れており、これまた辺鄙な光景である。


 空の様子もどことなく不安定だ。どんよりとした重たそうな灰色の雲が浮かんでおり、いつ雨が降り出してもおかしくない。その光景が、この街をより一層陰鬱なものへと変えている。


 また、車内もそこまで人が多いわけでもない。今乗っている車両に限っては、俺を含めて五人。どの車両もその程度であると考えると、多く見積もってもこの電車の乗員は三〇名ほどだろうか。ただでさえこの時間は、一時間に一本ほどしか通っていないというにもかかわらず、この空き様。この事実だけで、今いるこの街の都市レベルが何となく察せてしまう。


 椅子に座れないなどという湘南新宿ラインのような心配事があるはずもなく、容易に腰かけ、ゆっくりと車窓の外を眺めることができる。とりわけ昼間の西武池袋線と言ったところだろうか。

 懐かしい。柄にもなくそんなことを思ってしまう。集合場所となっている市立図書館のすぐ近くに、上毛高等学校という県立高校が存在するのだが、そこは俺の母校なのだ。つまるところ、集合場所である図書館の最寄り駅へと向かっているこの電車は、俺が高校への通学に使用していた電車と同様のもの。


 だからだろう。高校時代の負の感情が、少しずつ湧き出てくるのが分かる。持論だが、高校生の登下校は憂鬱だ。特に登校。夜は塾で勉強させられ、朝はその日の小テストの勉強や、部活動での立ち振る舞いなんかを気にかけながら、ガタンゴトンとけたたましい轟音を発する長方形の監獄に揺られなければならない。


 それに高校の頃は、意外と人付き合いが面倒であるとも感じていた。大学では、面倒であると感じることからは、比較的逃げるのが簡単である。しかし、高校での集団行動からの逃避は、そう容易なものではない。四〇人ほどで形成されたクラスという組織の中での生活は、楽しいことばかりではない。少なくとも俺はそうだった。それらに対する不安を持っている人間も、少数だろうがいることにはいるだろう。


 ただ、今考えると、何を考えずとも、周囲に人があるという環境は貴重だったのかもしれない。高校ではそれなりに友人の言った俺も、大学では完全なるぼっちである。


 それにしても、この街は本当に陰鬱な場所である。


 灰色の街を小ばかにし、陥っていたネガティブ思考から何とか抜け出そうと死闘していると、それを遮るかのようにアナウンスが流れ始める。それは、目的地への到着を知らせるものだった。


  ◆  ◆  ◆


「遅い!」


 最寄り駅で下車し、足早に集合場所の図書館の駐車場へと向かう。すると、レンガでできた玄関前のスペース。そこの玄関前に設置された謎のオブジェの前にいた藤乃が俺に声をかけてくる。


 それに対し、「すみませんね」と謝罪の意が全くと言っていいほどこもっていない言葉を並べながら、彼女に早速本題に入るよう促す。すると、意外にも彼女はすぐにテンション感を変え、俺を呼び出した最大の理由である魔法少女効果について話し始める。


「今日あんたに来てもらったのは、そこにある上毛高校に通う宇多野詩さんの魔法少女効果をなおす仕事のため。よろしくね」

「なるほど」


 言いながら、彼女は右手人差し指を、今いる図書館から道を挟んだ反対に位置する校舎へと向ける。彼女の動きに合わせ、俺もそちらに視線を移す。


 相変わらず、パットしない高校である。正門だけは中世ヨーロッパ風のとげとげとした立派な形状をしているが、その奥に鎮座している校舎本体はたいしたことない。昨年の始め。俺が高校三年生上がってすぐのタイミングでワンポイントとしてオレンジ色の塗装が施されたなどしたものの、それでも壁面から醸し出される古臭さは拭いきれてなどいない。俺が見てきた建物の中で、最も「竜頭蛇尾」という四字熟語が似合う。


「ちなみに、効果の内容というのは、毎回先に分かっているものなんですか。確か小鳥遊のときは、それがエクスカリバーだと分かっていたように感じましたけど」

「うん。分かる」


 彼女のその言葉を受け、俺は「宇多野のそれは何なのか」と尋ねるような表情を、藤乃に向ける。


「宇多野さんは、魔法少女効果で『高校生である自分』を具現化しているの」

「高校生である自分……?」


 彼女から発せられた言葉の意味を理解できず、思わずそれを復唱する。すると、彼女は余計な説明をさせるなとでも言いたげな怪訝な表情を向けつつも、言葉を加えていく。


「宇多野さんは、私やあんたと同じ、今年で一九歳になる代の人間なの」

「つまり、宇多野って人は留年した、ないしは一年遅れての入学したってことですか?」

「どちらも不正解」

「ならどういうこと何ですか?」


 藤乃にもてあそばれることに疲れ、少し語気を強めながらそのように返す。


「それが今回の魔法少女効果。宇多野さんは、四ヶ月前の三月一日の時点で、すでに上毛高校を卒業している。けれど、魔法少女効果の影響により、それがなかったことになってしまっているの」

「つまり、卒業したあとも効果の影響で未だ高校生活を送っていると。そういうことですね」

「そういうこと。あんたと同じ高校の同級生なんだよ。少しは宇多野さんについての情報を持っていると期待したのに、やっぱりヘタレのあんたじゃ駄目だったか」


「なんだそれは」と言いたくもなったが、実際宇多野という人間の名を聞くのは今日が初めてであり、あまり自信を持って発言できない。けれど、俺が同級生の異性のことを知らないのは、ある程度仕方のないことなのだ。


 上毛高等学校には、一般的な高校生が身につける所謂普通科と、普通科よりも少しばかり国際性に長けており、普通科よりも少しばかり偏差値の高い英語科というものが存在のだが、共学つまり女子生徒がいるのは英語科のみ。普通科は男子しか所属していない。グローバル化などに興味のない俺は無論普通科。ゆえに高校三年間での異性との交流は両手で数えられるほどしか存在しないのだ。


 長々と心中で、自身に異性の知り合いが少ないことの言い訳を並べていると、不意に藤乃がある提案をする。


「それじゃあ、早速行こうか」

「行くってどこにですか?」

「どこって。決まっているじゃない。上毛高校に潜入するの」


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