第5話 魔法の鞘
下野大学から自転車を走らせ南に二十分。川を渡り、街中を進むと、俺が大学への通学に通っている市の名前を背負った駅の隣の駅近辺に、藤乃から指定された高校が見えてくる。
下野大学附属高等学校。その名の通り、下野大学の附属学校だ。また、コンビニで確認した藤乃からの情報によると、小鳥遊や水無月の母校でもあるとのこと。
正門前。そこに藤乃の姿がある。
「どうも」
「お疲れ」
自転車を降り、互いに簡単なあいさつを交わし、本題に入る。
「綺麗な校舎ですね、下野大学付属高等学校。この中に小鳥遊が来ているんですよね?」
「多分。母親によると、大学生になってからも、たまに通っていた高校に行っているんだってさ。理由はよく分からないけど」
藤乃はそう言うが、俺には何となく予想が付いた。俺も大学が休みの日には、たまに通っていた高校の近くに行くことがある。卒業してまだ数か月しか経っていないが、行くとそれなりに懐かしい気持ちに浸ることができる。ただ、俺がその感情を得たい思うときは大抵、精神的に参っているときだ。
「あんたの方は、どんな感じだった?」
「どうもSNSで観た彼女の様子とは異なっていましたね。サークルにも学校にも来ていない」
「やっぱり小鳥遊も他の発現者と同様、何か悩みを抱えている問うことで間違いなさそうね」
話し合っていると、校舎の中心に設置されているガラス張りの棟にある玄関から、小鳥遊が出てくるのが見える。すると、藤乃はすかさず彼女に視線を集中させ、昨日と同じ変わった格好をした少女のもとに近づいていく。
「小鳥遊!」
「あなたは……昨日の」
小鳥遊さんの声は、思っていた以上に穏やかで小さい。
「昨日も説明したけど、あなたのその力は危険。だから、私はあんたを止めなきゃならない」
藤乃が話し終えると、小鳥遊は何かを察したかのように、口を開く。
「またも君たちは、この私から能力を奪いにきたというわけか! いいよ! 受けて立つわ!我が身に宿いし聖霊よ。世界の救済のため、そしてこの私、小鳥遊花の野望のため、再び力を与え給え!」
言いながら、彼女は右手を前方へ突き出す。
「いでよ! エクス……カリバー!!!!!!!!!!」
エクスカリバーなら力を与える側の存在は、精霊ではなく、アーサー王なのではないかと突っ込もうとも思ったが、小鳥遊が発現させた魔法少女効果を前にそんな余裕はない。彼女の右手の平の真下に位置する地面が水色に光りだし、地中から鞘に入った、黄金の輝きを纏う剣が出現する。その姿はまさしく、聖剣エクスカリバーである。
別名「魔法の鞘」。アーサー王伝説を扱った書物の中には、それを身につけている人間は、どんなに傷ついても血を失わないという記述をしているものもある。
「離れて」
藤乃が左手で、俺に後方へ移動するよう合図しながら、背負っていたリュックから何かを取り出す。それはガラスでできた、半透明の万年筆のような形状をしたアイテムである。
小鳥遊はエクスカリバーを手にし、藤乃の方へとそれを振り上げる。その直前で、藤乃は、右手の万年筆を、半透明のレイピアへと変形させ、エクスカリバーの攻撃を顔の直前で食い止める。ガラスが割れるような音とともに、両者が接触した場所から火花が散る。
一見出遅れた藤乃の方が不利に見えるが、そんなことはない。経験の差というべきだろうか。藤乃はレイピア状の万年筆でしなやかに攻撃を跳ね除け、身体を一回転させ、相手の小鳥遊の脇腹衝撃を加える。宙を舞う少女は、身体がホームに叩きつけられつけられ、同時に聖剣も消滅する。
この一連の行動も、俺や彼女たちのように魔法少女効果を発現したことのない人間からすると、ただじゃれ合っているようにしか見えていないのだろうと考えていると、万年筆をリュックにしまった藤乃が小鳥遊に語りかける。
「小鳥遊さん。いい? あんたは魔法少女効果というある種の精神病を発症しているような状況に陥っている」
小鳥遊は地面に這いつくばったまま、淡々と話を進める藤乃を睨みつける。
「その原因は大抵の場合は強いストレス。つまり、あなたは何かしらの精神的問題を抱えている可能性が高い。私たちができることなら協力する。だから、この問題を一緒に解決しない? このままだと、あなたの能力によって世界を破壊してしまう可能性だってある。立てる?」
言いながら、藤乃は小鳥遊に右手を差し出し、彼女が立ち上がれるように補助を与えようとする。しかし、小鳥遊はそれを拒む。
「何ですか? その上から目線」
藤乃の右手を跳ね除け、勢いよく立ち上がり、言葉をぶつける。話す彼女の瞳には涙が浮かんでいるようにも見える。そう思いながら見ていると、彼女は笑顔を取り繕い、再び口を開く。
「ふふっ……。いい? 私は、聖剣エクスカリバーに選ばれし戦士なの! 魔法少女? 私にはピッタリだよ!」
彼女は、今度は地面に向かって右腕を突き出す。すると、先程と同様、彼女の足元が水色に光り出し、魔法陣のようなものが出現する。
「私は……この世界には屈しない!」
少女は、捨て台詞とともに、姿を消した。
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