第4話 誰もいない街
翌日。俺は、DVDレンタルショップで、本棚いっぱいに並べられた小説を眺めながら、ただ時間が流れるのを待っていた。うっとうしいとまではいかずとも、多少気になる程度の雨が、アスファルトでできただだっ広い駐車場へと降る音が外から聞こえている。その影響もあってか、今日もそれなりに蒸し暑い。空調は効いているものの、少しばかり首筋に汗が流れる。
「山折」
じっと本棚を眺めていると、案の定、藤乃の声が耳へと入ってくる。
「驚いた。女の子と話すことを異様に躊躇っていたあんたの方から連絡が来るなんて」
昨日、俺は卒業式の日でトークが停滞していた中学校のSNSのグループで彼女のアカウントを見つけ、連絡を試みた。彼女にお礼を言うために。小鳥遊という少女について聞くために。
「まぁでも、あの長すぎるキモイメッセージは、あんたのイメージ通りで安心したけどね。山折、こんなんじゃモテないでしょ?」
「どういう意味だよ」
それではまるで、俺が気持ちの悪い長文を送るような外見の人間みたいではないか。俺はそんなはずないと自己暗示を掛けつつ、失礼極まりない藤乃に、本題に入るよう促す。
「で、話し合いに応じてくれたということは、説明してくれるってことでいいんですかね?」
尋ねると、彼女は少し迷っているとでも言いたげな素振りをしながらも首肯する。
しかし、それだけで彼女の話は終わらない。
「その代わり、聞いたらあの子を、小鳥遊を救うの、手伝ってくれない?」
「うっす」
その返事を聞き、藤乃は笑い出す。
「何? 『うっす』って。あんた本当に変わってあないね。クラスにいた陰キャそのまんまって感じ。てか、むしろひどくなってない?」
「それは失礼しました」
俺は、ふてくされながら返答する。
すると、藤乃はそれを無視し、ショップの入り口へと向かってく。
「とりあえず移動しながら話そうか」
その言葉を聞き、彼女に続いて店を出る。
◆ ◆ ◆
いつの間にか雨は上がっており、店の前に広がるアスファルトでできた駐車場には、水たまりがいくらか残っているものの、太陽の光が照っている。夏の景色からかすかに香ってくる雨の匂いを嗅ぎながら、俺は入り口付近に止めた自転車の鍵を開ける。
「あれ、あんた自転車なの? てっきり車かバイクだと思っていたの。だっさいなぁ」
「いや、原付の免許は持っているんですけど、まだ慣れていなくて。というか、そういうあなたも徒歩じゃないですか」
「そういう細かいこと気にしているとモテないよ」
俺は、どこが細かいんだと、心中で愚痴りながら、DVDレンタルショップの正面にある道の横にある歩道を、淡々と進む藤乃についていく。すると、藤乃は説明を始めだす。
「小鳥遊花。私と同じ下野大学に通う大学一年生。彼女は四日前、あんたと同じように魔法少女効果を発現。聖剣エクスカリバーとかいうものを具現化させたの」
「エクスリバーって。そんなものも魔法少女効果で発現できてしまうんですね」
「よく知らないけど、中二病だっけ? そういう子が発現すれば、こういうこともあり得る」
彼女からの説明に対し、俺は「なるほど」と呟く。すると、藤乃は話を変え、俺に尋ねる。
「そう言えば、なんであんたはこのことを聞きたいなんて思ったわけ? あんな目に遭ったら、全部忘れようとするのが普通じゃない?」
「そうですね……」
彼女に訊かれ、改めて考える。
俺は何故、こんな訳の分からない話に首を突っ込んでいるのだろうか。
藤乃に連絡を取ったのは、あくまで彼女に助けてもらったお礼をするためだ。だから、小鳥遊の件に首を突っ込もうとしたことの理由にはならない。それに、俺は今でも藤乃がした魔法少女効果の説明に対し半信半疑でいる。勿論、早川の存在や俺の中で消えていた記憶、小鳥遊の持っていたエクスカリバーなど、信じるに値する状況証拠は揃っている。それに、藤乃の話がすべて本当なのであれば、それはそれで昨日のような目合う可能性が増し、あまり関わりたくないとも思ってしまう。それなのに、それでも関わろうとしている理由は一体何なのか。
一つだけ心当たりがある。
それは、暇だったから。
俺は暇だった。大学に入学して二か月程が経過したが、オンライン授業の台頭も関係し、俺には残念ながら友達と呼べるような友達が独りもできていない。無論授業内で話す機会自慰は少なからずあるが、それでも数分はなしたようでは、友達と呼べる関係性まで発展しない。
旧友に会おうと思っても、すでにこの街から知人は消えてしまっていた。変わらない街。変わらない景色。目に見える世界の中に、何一つ変化はなかった。しかし、そこには誰もいない。知っている街には、知るはずもない人間たちしかいなかった。ここにいるのは俺だけ。最近はずっとそんなことを思っていた。
だから、何か人と関わるきっかけが欲しかったから。そんな身勝手な理由が思いつく。
俺は自分でそれが気持ち悪いことだろ自覚しながらも、言語化してしまう。
すると、藤乃はどうでもいいといった口調で「へぇー」と返してくる。
「どうでもいいなら聞くなよ」
「ごめん、ごめん。つい」
藤乃のいい加減な対応にあきれていると、急に彼女が足を止めた。
「着いたよ」
先ほどのDVDレンタルショップから徒歩五分。ショップの正面の道を北西に進み、ヘアサロンのあるT字路を軟性へと進む。すると、そこには、小鳥遊が通っていると言っていた下野大学の校舎があった。
北西から南東に流れる道と、近くにある河川の間に設置されたそこは、学部が二つしかない割には、それなりに広い。敷地内にはテニスコートや野球場、グラウンド。周辺にも並木道や広場などがあり、多くの自然に囲まれている。
その様子を見ながら、彼女はここに来た理由を話し始める。
「魔法少女効果の発現条件の中に、強いストレスが挙げられる。つまり、あの子の、小鳥遊の発現を止めるには、その原因となっているストレスが何なのかを調べる必要がある」
「そのストレスを解消すれば、魔法少女効果を止められる、と?」
俺の問いかけに対し、彼女は静かに首肯する。
「ここには、小鳥遊の親友の
「ちょっと待ってください。あんたにはってことは、藤乃さんは一緒に行かないんですか?」
「そうそう。私は小鳥遊の母親に話を聞くことになっているから。それで、あんたを頼ったってわけ。SNSに水無月さんの写真と簡単なプロフィール送っておくから。よろしく」
彼女はそう説明したあと、先ほど歩いてきた道を戻り、T字路をショップのない方向へ進む。
さて、どうしたものか。俺は一旦、暑さから逃げるように、近くのコンビニへと入った。
◆ ◆ ◆
「すみません」
「はい?」
下野大学の中心に設置された聖徳太子像の前。俺は、その近くにあるベンチで一人読書に励んでいる、ショートカットのよく似合う少女は、水無月汀。小鳥遊の親友とされる人物である。
藤乃の情報によると、彼女はここ下野大学工学部の二年生。つまり、俺や藤乃、小鳥遊よりも一つ上ということだ。俺は、年上に話すことと、異性と話すことから来る緊張を隠しつつ、水無月に声をかける。すると、彼女はても音の本を閉じ、怪訝な表情を浮かべる。
「ごめんなさい。……あなたは? 今まで会ったがあるかな?」
無理もない。校内といっても、いきなり知らない人間から話しかけられれば、こうなるのは普通。むしろ無視せずに対応してもらえているだけましな方と捉えるべきかもしれない。
俺は自身のコミュニケーション能力を恨みつつ、藤乃からの情報を駆使し、話を進める。
「俺、一年の山折っていいます。水無月先輩が入っているサークルの小鳥遊って奴に誘われて、俺も入ろうか検討しているんですけど、よかったらお話聞かせてもらえませんかね?」
「……ああ、なるほど。いいよ!」
水無月は数秒ほど俺の言葉を咀嚼したのち、今度は健気な笑顔を向け、対応してくれる。
「でも、その代わりに、花ちゃんと、小鳥遊さんと出会って経緯を教えてもらえないかな?」
急に変更された話題に対応できず、俺は「え?」と間抜けな声で訊き返してしまう。
「花ちゃん。一か月前くらいからサークルに参加していなくて」
「小鳥遊さん、サークルには参加していないんですか?」
訊くと、水無月は「それを知らないのか」とでも言いたげな表情をこちらに向けてくる。
「うん。というか、大学自体も全然来ていないでしょ? 今日も午前中、同じ講義を取っているはずなのに、参加していなかったし」
「なるほど」
おかしい。藤乃からの情報には、小鳥遊のSNSのアカウントも記載されており、俺はそれにも目を通している。そこに掲載されていた彼女による投稿を見る限りでは、彼女はそれなりにキャンパスライフを楽しんでおり、大学に入ってからのここ数か月は特に充実した生活を送っているように感じた。
一度藤乃と情報を交換した方がいい。
そう考え、俺はわざとらしくスマートフォンで時刻を確認する。
「やべ。このあと講義があるんでした。すみません! 入会に関してはまた後日連絡します!」
雑に会話を切り上げることになるが、これ以上話を聞いていてもらちが明かない。俺はそれだけ言い残すと、再度怪訝な表情を浮かべる水無月を無視して、コンビニの駐車場へと戻り、彼女に電話をかける。
「もしもし、山折」
「すみません。今大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。丁度こっちから電話しようと思っていたところ。どうした?」
「小鳥遊に関して、事前情報と色々と差異があったので、情報を整理した方がいいかなと」
「私も同意見。恐らく、周囲の人間が見ている彼女の人物像と実態との間にずれが生じている。こうなると、あの子の周りの人間からの情報だけで解決っていうのは期待できない」
「なるほど」
「今からあなたが今いる大学からのルートを送るから、目的地に設定してある下大学付まで来てもらえる?」
「そこに何か手がかりが?」
「母親の話だと、私が尋ねた三〇分ほど前、彼女はそこに出かけたみたい。探してみよう」
「了解です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます