第3話 非学術的な病
特急リバティりょうもう33号。固めの座席と、木の色のような壁に囲まれながら、俺はそれに揺られている。さすがは乗車券だけでもそれなりにとられる特急。普段乗っている伊勢崎線とは、比べ物にならないほど快適だ。
あれからどれほどの時間が経過しただろうか。ふとそんなことを思い、俺は持っていたスマートフォンで現在時刻を確認する。一九時一九分。それなりにいい時間だ。俺の左側に設置された、車窓から外尾の景色を眺めると、そこには真っ暗な世界が広がっている。いくら日が伸びてきたと言っても、まだ六月上旬。一九時を越えると流石に日も暮れてしまう。
雲と雲との間からうっすらと顔を見せる月を見ながら、池袋での出来事を振り返る。
藤乃が退店したあと、俺は「何も注文せずに帰るのか」とでも言いたげな店員の視線が気になり、ホットコーヒーを注文。それを一気に飲み干し、その周辺で藤乃を探した。しかし、当然彼女の姿は見つからない。俺は駅へと戻り一七時四六分発の電車に乗った。
それから今までの約一時間半。途中駅での特急券の購入に戸惑いながらも、何とか特急に乗車。スマートフォンで、藤乃が言っていた魔法少女効果なるものについて検索していた。
魔法少女効果。それは、藤乃の言っていた通り、一種の記憶障害のような現象らしい。具体的には、実際に起こっていない事象を起こったと認識してしまうものだという。その点に関しては、どのサイトでも藤乃の説明と合致していた。
けれど彼女は、藤乃が言っていた幻覚に関しての話や、それを他の発現者と共有してしまうという話は、いくら探しても確認できなかった。
というか、本来この魔法少女効果という言葉は、ネットスラングの類らしいのだ。池袋で見せられたものと同様のオンライン百科事典では、そのように説明されている。つまり、魔法少女効果は学術的な病気や障害などではなく、どちらかというとミームに近い。
初出はネット上のとある掲示板。魔法のような不思議な力を持つ人間を、政府が「魔法少女」と呼称するよう決定したというニュースの記憶を持つ人が大勢現れた怪現象に対し用いられたのだという。この話が流行した二〇一〇年頃、新聞やテレビはこのことについて一切取り上げなかったものの、ネット上では爆発的に拡散。その意味も次第に拡大解釈されるようになり、今では、大勢の人間が、事実と異なる記憶を不特定多数の人が共有している現象を示す言葉として使われるようになっているらしい。
長々とネットスラングについての情報をまとめていると、無機質なアナウンスが、奇妙なメロディとともに目的地への到着を知らせる。
俺は、この魔法少女効果という現象を調べて、一体何がしたかったのかと自問自答しながら、荷物をまとめ、ホームへと降りた。
ホームに出ると、まだ六月だというのに蒸し暑さを感じる。幸い雨はやんだらしく、屋根に水滴があたるとは聞こえてこないが、その代わりとして湿度が上昇しているのだろう。俺は一度、あずき色のシャツの中に来ている白いTシャツの首のあたりをバサバサと動かしてから、身体を冷やしつつ、一回にある改札口へと向かう。
この駅は、市の名前を背負っているものの、正直そこまできれいとは言えない。構造は一階に改札、二階にホームがある一般的な高架駅をしているものの、トイレ周りの設備や色合いに古臭さを感じざるを得ない。
コンクリートで出来た横に広い階段を降りると、そこには四列の改札が設置されている。やたら明るい蛍光灯に照らされながら、そこを出る。その瞬間だった。俺の視界にこの世のものとは思えない光景が広がった。
改札を出て左側の北口。そ知らの方向にはタクシー乗り場や、時間制限付きの駐車場、簡単な植物なんかが設置されている。その日常的なものに囲まれ、一人の少女が立っている。ここまでは何ら変わったことはない。しかし、その少女の手には淡河運に輝く巨大な剣が握られている。
「君!」
少女の方をまじまじと見ていると、それに気付かれたのか、彼女の方から声を掛けられる。
「そこのワインレッドのシャツを着ている君だよ! 君、見えているんだよね? 私の右手に宿りし、黄金の輝きで世界のすべての闇をも照らすとされる聖剣・エクスカリバーの姿が」
彼女の台詞を脳で理解しようとすることで、その異常さに気付く。
黄金の輝き? 聖剣? エクスカリバー?
口に出しただけで笑いがこみ上げてきそうな数々の単語。まるで、中二病患者の戯言のようである。しかし、そんないかにも常識的な考えを俺の視界は否定する。彼女の右手にはしっかりとそれが握られてしまっているのだ。
「図星みたいだね、ワインレッドくん」
少女はどこかこの状況を楽しんでいるようにも見える。
「まさか、私以外のも能力者がいたとは! これこれ! こうじゃないと物語が始まらないもんね! よしっ! じゃあ、早速行くよ!」
言いながら、彼女はその大きな剣を天高くつき上げ、それをこちらに向けて勢いよく振り下ろす。同時に、その剣先から黄金の光と、大きな衝撃波がこちらへと向かってくる。
まずい。
「山折」
そのときだった。聞き覚えのある声とともに、左半身に何かが当たる。それに押され、俺は右側から床に倒れ込み、全身に衝撃が走る。ただ、そのおかげで少女による攻撃をかわしことに成功。少女の放った衝撃波は、駅の南口へと抜けていった。
「なんでまたあんたがここにいんの」
床に倒れ込んでいると、先ほど俺の名前を読んだものと同様の声が耳に入ってくる。なんとか体勢を整えながら、その声のした方向に視線を向ける。すると、そこには藤乃の姿があった。
「それはこっちの台詞なんですけども」
言いながら、俺は立ち上がる。同時に辺りの光景を見渡す。改札口にある窓口は数名ほどの駅員が勤務しており、北口を出てすぐにある広場には、数台のタクシーが停まっており、その中には運転手が乗車している。しかし、彼らはこちらを向いていない。先ほどの女から放たれた閃光が見ていないのだろう。
ということは。
「……魔法少女効果?」
「あの子は
そう告げる藤乃は、鋭い視線で小鳥遊という人間のことを見つめている。
「いい? あの子は私が何とかする。だからあんたはその間に帰ってね」
「いや、そうはいかねぇだろ。あの小鳥遊って奴が何なのか、しっかりと説明してくれ」
藤乃に要求していると、それをかき消すように小鳥遊が声を上げる。
「作戦会議は終わったかな」
すると、彼女はエクスカリバーなる剣を再度突き上げ、周囲の闇を照らしていく。ピンク色のワンピースの上に、黒色のマントのような服というザ・中二病のような格好の小鳥遊。そんな一人の少女の右手に、握られた黄金の巨大な剣は、暗闇でとてつもない光を放ち始める。
それを見て、俺は認識する。先ほどと同じ攻撃が、再び襲おうとしているということを。
「魔法の鞘よ、我に力を。……エクス……カリバー!!!!!!!!!!」
その光景を業押ししながら、藤乃は言う。
「いいから、帰って」
「そうはいかないだろ」
「お願い」
言いながら、藤乃は俺のシャツの裾を掴み、顔を近づける。視界に入る少女の顔は、池袋で再会したときと同様、憎たらしく、機嫌を損ねているようなものだったのだ。けれど、その瞳の奥に、俺を心配しているような感情が読み取れる。
「藤乃……」
「私があの子を引きつける。あんたはその間に、南淵から逃げて」
「分かった」
そう言うしかなかった。それにこれ以上関わったところで、俺が藤乃の約に手結とは思えない。これ以上ここにいたところで、状況が一変するわけではないのだ。
俺は、小鳥遊の方へ近づく藤乃を尻目に、南口へと駆けた。
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