第2話 友だちの残花

 彼女は私が赤ちゃんの頃、隣に引っ越してきた。


 同い年だったこともあって私たちはすぐに仲良しになった。


 遊ぶときはいつも一緒で、知らない人からは双子と間違えられるぐらいよく似ていた。


 だけどある日を境に私たちは手を繋がなくなった。それから私は友だちをただずっと見つめていた。


 彼女の周りはいつも誰かに囲まれて、笑い声が聞こえてくる。たまに彼女もこっちを見るが、私は目を逸らしてしまう。


 私と彼女はもう話すこともない日々を延々と過ごしていた。


 彼女の顔は見違えるほど変わっている。昔の面影もないほどに。


 いつしか私は自分の心を閉ざし、彼女を見ることもなくなった。


 それから数ヶ月経った日のこと…


 私は彼女に声をかけられた。


 昔と変わらない笑顔であの頃と同じように手を伸ばす。私は差し出された手を握り、二人一緒に歩き出す。


 何気ない話をしながら最寄りの駅まで歩いた。


 あの日から繋がなくなった手をギュッと握る彼女の手は温かく柔らかい。


 彼女がときおり見せる優しい笑みはあの頃とまるで変わらない。


 歩道橋の上に来たとき彼女は私の手を強く握った。


「やっぱり……怖いね」


 彼女は重たい口調で言った。


 何が?と私は思って彼女の顔を覗いた。


 彼女の笑顔はいつの間にか消え、涙を流していた。


 彼女は握っていた手をゆっくりと離す。


 どうしたの?


 そう思ったが、彼女があまりにも哀しい顔をしていて、声を出すことが出来なかった。


「ごめんね」


 彼女は私の顔を見ることなく呟くと、柵を乗り越え飛び下りた。


 私はとっさに右手を伸ばし、彼女の腕を掴む。


 なん……


「なんで!」


 彼女から強い言葉を当てられた。


 私を見上げる彼女の顔は涙で溢れていた。


「なんで、なんで……助けようとするの……」


 私は彼女を引き上げようと必死に踏ん張る。


「今までずっと見て見ぬふりしてたのに、なんでいま助けるの?!」


 彼女は変わらず言葉を続ける。


「ずっと、助けてほしかったのに……」


 大勢に囲まれて笑われているときも、みんなに無視され続けているときも、彼女は私に助けを求めていた。


 私は同じようにされるのが怖かった。


 そう……イジメられるのが怖かった。


 彼女を助けたいとずっと思っていた。だけど彼女を庇えば今度は私。


 今更何をしても許されない。許されるわけがない。


「ねぇ……もう……離して」


 彼女の弱く震えた声に私の握る手がゆるむ。


 その瞬間、彼女は私の手を振りほどき、車の通る道路に落ちていく。


 あ……


 私はもう一度彼女を掴もうと手を伸ばすが、もう彼女に触れることは出来なかった。


 落ちるときに見えた彼女の顔は優しく笑っていた。


 それが何を意味するのか、私にはもう知ることが出来ない。


 手に残った彼女の温もりが消えていった。

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