明日死ぬ君は今日を生きる

神木駿

第1話 煌きの刹那

 死ぬって何だろう……


 生きるって何だろう……


 俺はそんなことを考えながら、学校の帰り道を歩いていた。


 普段ならこんな哲学的なことを考えることはしない。


 だけど先週、ばあちゃんが死んだ。


 ついこの間会いに行ったときは、いつもみたいに笑いながら元気な姿を見せてくれたのに。


 ばあちゃんは初孫の俺に甘くって、俺もばあちゃんのことが好きだった。


 だから母さんから聞いたとき、胸にポッカリと穴が空いたような感じがした。


 元気だったはずのばあちゃんと、もう二度と会うことが出来ない。


 頭では理解しているが、どうも現実として受け入れることが出来ない。


 だから俺はそんな気持ちが少しでも紛れるように、答えのない問いを考える。


 死ぬこと、その事自体は漠然と理解はできている。だけど死というものは、どう定義されるのだろうか。


 肉体が活動を停止したなら、それが死なのか。それとも誰の記憶からもいなくなることが死なのか。


 アニメや漫画では後者で描かれることもある。


 死んだ人間の思いを胸にして、生きていくことが大事だと。


 誰かの記憶に残っていれば、その人は生きている。


 そう描かれている。


 だけどそんなことはあるのだろうか?


 もう二度と更新されることのない記憶だけが、生きているものに残される。


 ただそれだけのことだと思ってしまう。


 それにこれは一種の呪いのようにも感じてしまう。


 そういった意味では、ばあちゃんの死は俺にとって背負うべき呪いのひとつなんだろう。


 これから俺はいくつ呪いを背負うのだろうか?


 まだ分からない。


 母さんの死を、父さんの死を、今いる友達の死を……


 これを背負った先に俺が行き着く場所はどこなのだろう?


 俺だけが背負った呪いは俺が死んだらどうなるのだろう。


 その呪いは消えてなくなるのか。それとも俺の死という呪いの重さが増えるのだろうか。


 どちらにせよそれは背負うものにしかわからない。


 俺は誰かに背負ってもらえるほどの呪いを持っているのだろうか。


 誰かの記憶に残るほどの自分をもっているだろうか。


 俺はまた、答えのない問いを考える。


 いや、答えは多分ある。だけどそれは俺には分からないというだけだ。


 俺が死んだ後にようやく答えが導き出される。


 自分のことなのに自分だけが知ることのできないこの問題は、なかなかに残酷だ。


 俺はふと空を仰いだ。


 紅く染まった空に雲がポツリポツリと浮かんでいる。


 ばあちゃんとよく見た景色。


 俺はあと何回見ることになるのだろうか。


 多分何百回、何千回と見ることが出来るだろう。


 その頃には俺もばあちゃんと同じぐらいの歳になっているんだろうな。


 俺はふっと鼻を鳴らし、また前を向いて歩き出す。


 目の前にはいつの間にか、小さな女の子と父親が手を繋いで歩いていた。


 嬉しそうにはしゃぐ女の子の顔を見て、自然と笑みが溢れた。


 ばあちゃんが俺に向けたあの笑みは、今俺が抱く感情と同じものだったのだろう。


 あの優しい笑みの意味が分かった俺は涙を流していた。


 あまりにも自然に溢れていた涙は俺の視界を滲ませる。


 透明な色で滲む視界は意外と綺麗だった。


 だけど、学校帰りに涙をボロボロ零していたなんて友達に知られたら恥ずかしい。


 俺は制服の袖でその透明な色を消す。


 その瞬間、目の前の光景に違和感を覚え、動くものがスローに見えた。


 女の子は父親の手を離れ、白線の外側に足を出している。


 さらに向こうからは大きな音を立てて、夕日に照らされた車が近づいてくる。


 俺はとっさに女の子を抱きかかえ、頭を包み込んだ。


 その後、大きな衝撃音とともに俺の視界がぐるりとまわる。


 頭に二度の衝撃を受け、俺はそのまま意識を失った。


 耳をつんざくようなサイレンの音で俺は目を開けた。


 視界はグラグラと揺れていて、何が目の前にあるのかが全くわからない。


 耳元で何か言われているが、サイレンと耳鳴りの音が大きくて何を言っているか分からない。


 体を動かそうとしても言うことを聞かない。


 少しずつ右目の視界が戻ってきたが、左目は視界が真っ赤で相変わらず何も見えない。


 近くにひしゃげた車があるのが見えた。


 あぁ、ぶつかったのか。


 俺はようやく状況を理解した。


 理解したからと言って何ができるわけでもないのだが。


 俺はそのままの体勢から動けず、ただ流れていく血の感覚だけが俺の体を駆け巡る。


 もう多分助からないだろう。自分の体の感覚で死を直感した。


 死について考えたその日に死ぬなんて、何か意図的な力が働いてるとしか思えない。


 そう思ったがそんな偶然は起こり得ないとすぐに掻き消された。


 あぁ……もう、すぐだ。


 体の感覚が徐々に無くなっていく。


 ばあちゃんに初めて怒られるかも知れない。 


 早く来すぎだって。でも多分その後褒めてくれるだろう。


 微かに聞こえる女の子の声に俺は安心した。

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