第2話

02話


 「はぁ……何でこんなことに……」


 家に帰って来てからも、溜め息しか出ねーわ。


 まさかの32歳からアフリカへの転勤。しかも10年間も。


 人生設計が大いに狂ったよ。


 10年後の俺は42歳。10年後に日本に帰って来て、アラフォーからの婚活だ。


 詰んだな。


 どー考えても結婚できそうもない。


 結婚出来ても、真面で教養のある女性とは結婚出来そうにない。


 いわゆる売れ残りの地雷。


 売れ残りの地雷は俺かも知れないけど。


 現地で彼女でも作るか?


 そしてアフリカの女性と結婚?


 いやいやいや。国際結婚なんて、棘の道でしょ。


 日本の様に貞操観念が弱い国なら未だしも、貞操観念が強い国で大人の関係になったら物理的にアウトになりそう……。


 まぁ、米山部長とアフリカに行くと約束したし、会社も俺がアフリカに向かうことを前提に準備を始めたし、終わった話を嘆いても仕方が無いか。


 前向きに頑張るぞ。


 とりあえずは……アフリカに持って行く荷物の選定だよな。


 持って行かない荷物は会社の倉庫に保管してくれるが、俺は持ち家があるし、そのまま10年間も家で塩漬け状態……なるべくアフリカに荷物を持って行こう。


 まずは、自分の趣味から選択しようか。


 昨年買った大型バイクのハーレ○ダビ○ドソンのUltra Limitedを持って行きたいんだが、常識的に考えて飛行機に乗せるのは無理じゃね?


 いけるのか?いや、普通に断られそう……。


 初手から詰んだか……。


 とりあえずハ○レーダビッド○ンは家で塩漬け……って、買って1年だぞ?マジで?


 ま、まぁ、次の選定に移るか……。


 次は……高性能デジカメとノートパソコンとデスクトップと外付けハードディスク、それにA0用紙対応のプリンターとラミネーター。


 ツーリングした時の景色をデジカメに収めて、後でデカデカとA0の大きさで写真にする。


 これがめちゃくちゃ気持ちが良い。


 これらは飛行機でもいけそうだが……いや、いけるのか?


 そもそも10年間もアフリカ駐在だぞ?


 引っ越し前提じゃね?


 ここにあるほとんどの荷物を飛行機の受託手荷物でお願い出来るのか?


 普通に考えれば、国際宅急便か何かでアフリカに送れよ、って話だよな。


 で、アフリカに到着せずに流通の何処かで荷物が盗まれているのが、世界の様式美だよな。


 日本の治安の良さを基準にしたら、色々と詰むよな……。


 うーむ……。どうすべきか……。


 『ピロピロリーン♪ピロピロリーン♪』


 お?


 ラ○ン電話が鳴ってるな。誰からだ……?


 ゲッ!!美咲先輩からじゃん!?


 彼女と別れた話を誰かから聞いて揶揄いに来たのか!?


 いや、でも逆に都合が良いのか?


 アフリカに持って行く荷物のアドバイスでも聞いてみるか……。


 「もしもーし、タロウ、聞こえてるー?」


 「あー、聞こえてますよ、美咲先輩」


 「おー、繋がってよかったよかった。久しぶりだねー。半年ぶりぐらい?」


 「そうっすねー、だいたい半年ぶりぐらいじゃないですか?で、どうですか?アフリカでの生活は?」


 「んー、日本と全然違うから、毎日が刺激的だねー。そうそう、なんかさー、さっき会社からのメール連絡で知ったんだけど、コウイチの代わりにタロウがこっちに来るんだって?」


 「……コウイチって、島田のことですか?島田の代わりに俺がアフリカに行くという話で、こっちは進んでますよ。というか、コウイチって呼び捨てにしてるってことは、もう食べたんですか?」


 「ん?あー、タロウとは穴兄弟だね♪」


 ぐっ……。


 やっぱり島田とは穴兄弟になってたか……。


 美咲先輩は食べた男を名前で呼び捨てにする癖があるからな……。


 というか、島田のノイローゼ、まさか美咲先輩のせいなんじゃ……。


 俺と美咲先輩とは中学からの腐れ縁で、俺の童貞を食ったのが美咲先輩だ。


 美咲先輩は処女じゃなかったけど。


 今もそうなんだけど美咲先輩は美人で清楚な雰囲気を漂わせているのに、俺と初めて体を重ねた時には既に誰かとヤりまくっていた後だった。


 誰が初めての相手なのかを聞いても、絶対に教えてくれないんだよな……。俺が二番目の相手だとは教えてくれたのに……。


 美咲先輩の処女喪失の話以外は何でもオープンにあっけらかんと話すのに、初めての相手の話を聞くとめちゃくちゃ不機嫌になるから、何かあったんだろうな。


 おそらくは……。


 そんな中学からの腐れ縁の俺たちは恋愛がマンネリ化すると、お互いというか美咲先輩がまず浮気をして、俺も仕返しに浮気をして自然消滅的に別れ、また何となく再度付き合ったり別れたりする爛れた腐れ縁だ。


 美咲先輩曰く、俺とは体の相性が良いらしい。


 「……ロウ!!ねぇ、タロウ。聞いてるー?」


 「もちろん聞いてますよ。島田の話でしたっけ?」


 「全然聞いてないじゃんっ!!コウイチの話なんかよりもさー、タロウはいつ頃こっちに来る予定なの?」


 「会社の話では3ヶ月~半年以内にアフリカに行ってくれ、って感じですねー。そうそう美咲先輩に聞きたいことがあるんすよ。美咲先輩、荷物とかどうやってアフリカまで運びました?やっぱり国際宅急便ですか?」


 「荷物?んー、私は国際宅急便は何か嫌な感じがしたし、荷物がいっぱいあるから飛行機も無理そうだし、会社にお願いしてウチと契約してる貨物船にお願いしたよー」


 「あー、なるほど。美咲先輩、やっぱ頭良いっすよね。ということは、その貨物船と一緒にアフリカに行った感じですか?」


 「うん、そうそう。シンゴ……あー、その時の船長と船旅を楽しんだ感じ?」


 「……美咲先輩、前々から言ってますけど、いつか致命的な性病を貰いますよ?」


 「あれ?あれれ?あれぇー?タロウ、まさかの独占欲ー?いやーん♪」


 くっ……ウゼー。


 『いやーん♪』じゃねーよ。


 今年33歳だろ?


 見た目は20代半ばでも、歳を考えろよ……。


 「いやいやいや。違いますから。本当に美咲先輩の体のことを心配してるだけですから」


 「そういうことにしておいてあげるねー♪でも、大丈夫だよー。何か嫌な感じがする男とは、絶対にやらないしねー」


 「あー、美咲先輩、本当に勘だけは凄いですよね。野生の勘というか……」


 「だけ、って何よ?もっと色々いっぱい良いところが私にはあるでしょ?」


 「例えば?」


 「ふーん。タロウ、そういうこと言うんだ。誰のおかげでお金持ちになったのかなー?」


 「すみませんでした。もちろん世界で一番美しく咲き誇っている美咲先輩のおかげです」


 「でしょでしょー♪」


 そう、美咲先輩の野生の勘は凄まじく、仮想通貨が全然流行ってなく今では考えられないほど安い時から『んー、タロウ。これ、なんかすごく良い感じがするから、買った方が良いと思うよー。私も買うしー』と薦めて来た。


 昔からギャンブルが異様に強い美咲先輩を信じてバイト代や入社してからの給料で買い漁っていたら、大当たりも大当たり。


 今ではお互いの資産は数十億もある。


 俺は美咲先輩と米山部長には、一生頭が上がらないだろう。


 これだけの資産があったら仕事を辞めるだろ?って俺も思っていた。


 でも美咲先輩が『んー、仕事は続けた方が良いと思うよ。こんなに早くにリタイアしたら、アイツみたいにボケるよ。認知症になって、ウーウー言いたい?それに仕事辞めたタロウは……たぶんつまんない男になると思う。なんか嫌な感じがするし……』との有り難いお言葉を頂き、衣食住と趣味の充実以外は真面目にサラリーマンをしている。


 それに美咲先輩がアイツと呼ぶ……美咲先輩の父親のことだが、定年退職後の年金暮らしのせいか知らないが、認知症になり介護施設の世話になっている。


 俺と出会った当初から、美咲先輩は父親のことを毛嫌いしていた。


 おそらく彼女は俺と出会う前に父親から……。


 いや、全ては憶測だ。これ以上は止めておこう。


 「……ロウっ!ねぇ!聞いてるの!?タロウっ!!」


 「あっ、すんません。ちょっと考え事をしてました。えっと、何の話をしてましたっけ?」


 「だーかーらー!タロウも貨物船で来るんでしょ?」


 「あー、今のところ美咲先輩にあやかって、貨物船でアフリカに向かおうかと思ってますね」


 「んじゃさー、タロウ。私のお願いを聞いて貰っても良い?」


 「……物凄く嫌な予感がするんすけど……」


 「大丈夫♪大丈夫♪タロウの荷物にさー、私の荷物も入れて一緒にアフリカまで持って来て欲しいんだよねー。ねぇ、いいでしょ?」


 「あー、それぐらいならお安い御用っすよ。会社の倉庫に持って来て欲しい荷物でもあるんすかね?」


 「ふっふっふ。違いまーす。アフリカでは手に入らない日本の商品をお願いしたいんだよねー」


 「……さっきよりも物凄く嫌な予感がするんすけど……一応聞くっすけど、品数は数点っすよね?」


 「ブブー!残念っ!!ハズレでーす♪」


 「あの、まさか……」


 「タロウのご期待通り、化粧品から流行の衣類、日本の食べ物や飲み物などなど、さ・ら・に♪」


 「……安請け合いして既に後悔してますが、さらに何すか?」


 「えっとねー。こっちはさー、日本のインフラと違って、結構な頻度で停電が発生するんだよねー。だからさー、日本製の太陽パネルとかバッテリーとか小型の発電機とか持って来て欲しいんだよねー」


 「停電するとか、マジかよ……」


 「マジマジ。ビックリするぐらい日本と違って本当に不便だよー。私もさー、アフリカに行く前に何か忘れ物がありそうな嫌ーな感じがして色々確認したんだけどさー、さすがに発電機は分からなかったなー」


 「ですよね。発電機とか完全に意識の外側の盲点っすよ。あー、さすがに俺と美咲先輩の両方を持って行ったら重くなるだけですし、発電機とかは二人で共用しません?」


 「タロウがそれで良いのなら、私は別に良いよー。あ、ただ太陽パネルやバッテリーは別々が良いかな?発電機だけ共用って感じで、どう?」


 「あー、太陽パネルやバッテリーなら重量もそんなに無さそうですし、了解でーす。あ、美咲先輩が欲しい商品は、ご自分でネットで買って俺ん家届けにします?それとも俺が買った方が良いっすか?」


 「え?下着とかもお願いしたいんだけど、タロウが選んで買ってくれるのー?いやーん♪」


 「……社会的生命が危なさそうなので、下着類などはネットから購入してください」


 「はいはーい♪んじゃ、それ以外はタロウにお願いしても良い?」


 「大丈夫っすよ。欲しい商品はメールで送ってくださいね。あとお金は俺が出しときますので」


 「いいの?」


 「元々美咲先輩から恵んで貰った様なお金ですから、恩返しの一環ですよ」


 「わぁ!ありがとー♪タロウは本当に可愛いよね♪こっちに来たら、いっぱい慰めてあげるからねー♪」


 「いやいやいや。大丈夫っすよ」


 「ふっふーん♪ネタは既にあがってるんだよ?あんなに私に自慢していた彼女たちと、修羅場の喧嘩別れしたんだってー?」


 「……あー、ノーコメントで……」


 という俺の願いも虚しく、美咲先輩から根掘り葉掘りプライベートを聞かれ、ゲラゲラと笑われ揶揄われた。


 チクショー。今夜は不貞寝だ。

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