銀馬車の紙商人とマーティン帝国の功罪 【最新話はな○うへ】

旋律和音

0章 プロローグ ~愛しき人への別れの讃歌~

第1話

01話


 「小林君、ミーティング室まで、ちょっと来てくれるかな?」


 「はい、大丈夫です。米山部長、どうされました?」


 いつも自信満々で出来る男の雰囲気を漂わせている米山部長が、何やら困った様な悲しい様な顔で話しかけてきた。


 そう言えば……先月ぐらいから何かを悩んでいる感じだったな。


 米山部長に呼ばれミーティング室に行くと、俺と米山部長以外には誰もおらずお互い着席して向かい合う。


 優秀な米山部長が困っている顔で話しかけてくるなんて今まで無かったから、非常に嫌な予感がするんだが……。


 「あのさ、社内の噂で聞いたんだけど……付き合っている彼女と別れたって本当かい?」


 は?俺のプライベートの話?


 付き合いの深い米山部長にも同僚にも気軽にプライベートな話をお互いしてるから、まぁ別に聞かれても問題が無いから良いんだけど……何だろ?


 「あー、はい。先週に彼女とは別れましたけど……それがどうかしましたか?」


 「いやなに、社内で転勤の話が出ていてね。転勤できる人を探している一環で少し社員の身辺調査をしているんだ。で、小林君、亡くなられたご両親の話は君から伺っていたし、彼女と別れたってことは……今は独り身だよね?」


 「え?えぇ、まぁ、今は独り身ですが……その、えっと……まさか自分、会社から転勤の有力候補として狙われてます?」


 スッと目をそらす米山部長。


 長年の付き合いで分かるが、まさかの最有力候補なのか!?


 「ちょっと米山部長!!こっちを見てくださいよ!!」


 「まぁまぁまぁ、落ち着いて。ちなみにこれも社内の噂で聞いたんだけどね、彼女と別れた原因が小林君の浮気って本当かい?」


 「浮気というか……元々同時期に2人の女性と付き合っていて、最初から二股状態でして……まぁ、片方とのデート中にもう片方と偶然にもバッタリと出会いまして……」


 「浮気も問題だと思うけど、元々二股しているとか中々のクズっぷりだよね」


 「そんな真面目な顔で真正面からクズとか言わないでくださいよ!!」


 「うらやまけしからんけど、クズはクズだよね?」


 くっ……否定出来ない。


 というか、なぜ俺は米山部長から女性のことで貶されなきゃならんのよ?


 そもそも転勤の話では?


 しかもウチの会社は貿易会社で支社は海外にしか無いから転勤=海外転勤だ。


 「……と言いますか、米山部長。転勤ってことは海外転勤ですよね?さすがに海外転勤は荷が重いので、断りたいのですが……」


 「断るのかい!?」


 んん?


 普段は冷静な米山部長がいつもと違って変だな?


 何か非常に焦っていて冷や汗をかいてるような……?


 というか、半年前に進めていた新プロジェクトですら安定化していないのに、海外転勤する様なプロジェクトなんて社内の噂ですら聞いたことが無いぞ?


 ん?


 んんん?


 え?おいおいおい、まさか……。


 「米山部長。海外転勤ってウチの主流の東南アジアじゃなく、まさか半年前から駐在が始まったアフリカの○○国じゃないですよね?」


 スッ目をそらす米山部長。


 いやいやいや。こんな重要なことで目をそらしたら駄目でしょ!!


 「……米山部長。あの国のプロジェクトは確か米山部長が発案し率先して進めてましたよね?何か現地で問題でも発生したのですか?そして米山部長の非常に珍しい焦り様を見るに自分が海外転勤を断ったら他に候補がおらず、発案者兼責任者の米山部長がアフリカに……いや、違いますね。そもそもの話、プロジェクトを進めていた米山部長が責任者として、アフリカに海外転勤をしなければならない話だったのでは?」


 ダラダラと冷や汗をかく米山部長。


 ビンゴだな。


 部下を大切にしている米山部長としては非常に珍しい行動だが、やっぱり元々は米山部長がアフリカに海外転勤する話を誰かに、いや俺に押し付けようとしてたな……。


 ジト目で米山部長をジーっと見ていると、観念したのか頭を下げて来た。


 「そうだよ!!その通りさ!!僕と君との仲だろ!!お願いだよ、小林君!!頼むから、僕の代わりにアフリカに行ってくれないかい!!」


 「いやいやいや。米山部長には本当に大変良くしてもらっておりますが、東南アジアならともかくアフリカはさすがに遠すぎますって。と言いますか、佐藤先輩と島田君が既に駐在してますよね?島田君はともかく、佐藤先輩がいるのなら現地で問題を解決出来るのでは?もしかして、佐藤先輩ですら解決出来ない問題が発生しているんですか?そんな大きな問題が発生しているのなら自分がアフリカに行っても問題を解決出来ないと思いますし、それこそプロジェクトの責任者である米山部長が現地に直接行った方が良いと思うのですが……」


 「いや、大丈夫!!小林君がアフリカに行ってくれたら問題は全て解決するから!!」


 「いやいやいや。佐藤先輩で無理なら自分には無理ですって。と言いますか、そもそもどんな問題が現地で発生したんですか?」


 米山部長が俺の質問に対して押し黙る。


 おいおいおい。黙るほどの重い問題が現地で発生してるのかよ……。


 さすがにそんな重い問題を解決できるか分からないのに、アフリカなんかには絶対に行かないぞ……。


 お互い押し黙っていると……米山部長は観念したのか溜め息を吐きながら話し始めた。


 「……これはここだけの話にして欲しいんだけど、島田君がノイローゼになってね。日本に帰りたいと社長に泣いて頼んでる様なんだ……」


 はぁ?島田が日本に帰りたい?


 おいおい、自分からアフリカ行きを名乗り挙げたのにまだ半年ぐらいしか経ってないぞ?


 いくら何でもギブアップするのが早くないか?


 まぁ、それは良い。どうせ島田だ。


 根性の無い島田では海外転勤は無理だろうと思っていたが、案の定、すぐさま根を上げたか。


 話の筋としては島田と米山部長の交代という話か……。


 以前の社内調査でアフリカ行きを佐藤先輩と島田以外の社員は、日本から遠すぎるという理由で強く拒否していた。


 自らアフリカ行きに立候補した島田がノイローゼになったから、誰も行きたがらないアフリカにプロジェクトの責任者の米山部長が行け、という判断をウチの社長がしたのか。

 

 んで、他にアフリカ行きが出来る社員がいれば米山部長はアフリカに行かなくてもよい的な交渉を社長としたのか……。


 いや、優しい社長のことだから、自ら立候補する社員がいないなら仕方が無いから米山部長が行ってくれ、って感じの消去法だったんだろうな……。


 そして米山部長が考える海外転勤の最有力候補が、入社直後から米山部長が色々と面倒を見て来たこの俺か……。


 「あー、島田君ですか……島田君なら早期交代が有り得そうですよね。確かコネ入社でしたよね?」


 「……島田君は社長推薦のコネ入社だね。社長の妹さんの息子なんだ……」


 「……なるほど。それじゃあ、社長が甘くなるのも仕方ないですよね。大切な身内ですし。米山部長、ここは男らしくプロジェクトの責任者としてアフリカの大地で頑張ってください!!」


 ニッコリ微笑みながら米山部長に現実を突き付ける。


 絶対にアフリカなんかに行きたくないし。


 「小林君!?そんなことを言わないでおくれ!!お願いだから!!」


 「いやいやいや。さすがにアフリカは遠すぎて無理ですって。そもそも米山部長は何でそんなにアフリカに行きたくないんですか?」


 「そりゃそうだろ!!?アフリカだぞ!?あんな遠い所、誰だって行きたくないさ!!しかも5歳の可愛い娘を置いてアフリカには行けないだろ!!帰って来たらきっと知らないおじちゃん扱いになってるじゃん!!」


 おいおい、プライベートならともかく大の大人が仕事場で「じゃん!」とか言うなよ……。


 というか、まさか……。


 「あの……つかぬ事を伺いますが、アフリカには何年ぐらい駐在しなければならない感じですか?」


 「10年だよ!!10年!!最低でも10年もの駐在だよ!!10年もアフリカにいたら娘は俺の顔すら覚えてないだろ!!しかも嫁さんが寂しくて浮気するかも知れないじゃん!!」


 「大丈夫ですよ、米山部長。ビザの更新の関係で何度か日本に戻ってこられるでしょうし、それに今はネットの時代ですから遠く離れたアフリカの大地にいてもご家族と濃厚なコミュニケーションは出来ますって。ですから心置きなくアフリカの大地で10年間、頑張ってくださいね!!」


 満面の笑顔で海外転勤を米山部長に薦める。


 薦めないと俺がアフリカに10年も行くしな!!


 それにウチの会社は基本的に同意が無いなら海外転勤をさせない方針だ。


 強制的に海外転勤させてもノイローゼやホームシックになり、直ぐに使い物にならなくなるから。


 だから俺は絶対にアフリカへの海外転勤に同意はせんぞ!!


 フハハハハ!!初めて米山部長に勝ったな!!!


 「……しますって言ったよね?」


 んん?


 よく聞こえなかったが、米山部長がボソリと何か不吉のことを言った気が……。


 「えっと、米山部長?」


 「10年前、小林君が入社して間もなく君は大きな発注ミスを犯したよね?」


 先ほどまでの砕けた雰囲気とは違い真面目な、いや、いつもの冷静で自信に満ち溢れた顔付きで俺に尋ねる。


 「あ、あの……米山部長?」


 「あの時、課長だった僕が寝る間を惜しんで小林君をフォローしたからこそあの時の発注ミスをカバー出来た。覚えているよね?」


 「は、はい……もちろん覚えております……あの時、米山部長が自分をフォローしてくださったからこそ、そしてそれ以後も度々フォローしてくださったからこそ今の自分があると思っております……」


 「そう言ってくれて嬉しいよ。あの時の君も僕に感謝してくれたよね。そして僕に対してこう言った。『米山課長、ありがとうこざいました!米山課長のおかげで助かりました!米山課長に何か困ったことがありましたら自分に言ってください!自分に出来ることなら何でもします!男の約束です!』ってね。小林君、男の約束を覚えているかい?」


 「え、えぇ……も、もちろんです。男の約束ですから……」


 「僕は今まで何か困ることは無く、また小林君に頼ったことは無いよね?」


 「は、はい……米山部長は大変優秀ですから……自分を頼られたことは一度もありません……むしろいつも米山部長に頼っていたのは自分の方です……」


 「小林君。あの時の男の約束を使わせて貰う。僕は娘の傍で生きていたいんだ。娘の成長を間近で見ていたいんだ。そう願う僕を助けてくれるかい?」


 「もちろんです、米山部長。男の約束です。あの時の恩もそれ以後の恩も忘れたことはありません」


 「君なら必ずそう言ってくれると信じていたよ。そしてごめんね、小林君。本当は男の約束を使う気は無かったんだけど、君が彼女と別れたと昨日噂で聞いてね。君に彼女がいたなら……娘のことがあっても僕がアフリカに行こうと思っていたんだ」


 「いえ、こちらこそ男の約束を使わせてしまって申し訳ありません。本来なら恩人たる米山部長の頼み事は率先してアフリカ行きを自分から願うべきでした」


 「いや、そこは仕方がないよ。だってアフリカだしね。余りにも日本から遠すぎるよ。それにお互いの本音を出さないと男の約束を使っても軽くなるだろうし」


 「そう言って頂けると助かります。米山部長、いつ頃から自分はアフリカに行けば良いですか?」


 「島田君は直ぐにでも日本に帰りたいらしいけど、さすがに社長が仕事の引き継ぎの問題やアフリカに行く社員を探したり行く準備も色々あるだろうからとストップさせている。社長の希望としては早くて3ヶ月後、遅くても半年以内には島田君と交代させたいと思っているよ」


 「かしこまりました。3ヶ月~半年以内にアフリカに駐在できる様に準備しておきます」


 「小林君、本当にありがとう」


 俺に話しかけた時と同じ困った様な悲しい様な顔をしながら米山部長は俺に感謝を述べた。


 あぁ、米山部長には本当に敵わないな。


 最初の最初からこうなると予測していたのか……。

 

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