story:15

今に思えば、入社試験まで残り約1か月半を切っていた。9月中旬の某日の放課後、冬田純哉は進路指導室にて、担当の教職員を前に面接対策を進めている。


眩しいぐらいに力強く室内を照らす真っ白な蛍光灯の真下、純哉は凛々しくも柔和な笑みを貼り付けて、進路指導担当の柴野に臨む。


「ではまず、志望動機からお聞きしてもよろしいですか?」


「はい。私が御社を志望した理由は、地域に………」


背筋を正し、椅子に深く座り込んで流暢に志望動機を語る純哉。今の今まで指摘されてきた姿勢や表情、声のトーンなどに気を付けて試験当日のシミュレーションを行う。


「いいね! ちゃんとハキハキ喋れてるし、目線の位置もバッチリだよ! では次に、学生時代に頑張ったことがあれば教えてください」


(きたっ)


途中の評価も交えながら次の質問を投げ掛ける柴野に対し、純哉は前もってまとめておいた粗方の回答を思い起こす。


「はい。学生時代に頑張ったことは、行事ごとにおける体育祭です。特に高校生活最後の体育祭は………」


以前の面接練習では、何も答えられずに黙り込んでしまった質問だった。純哉は高校に入ってから部活動はおろか委員会にも所属していなかったため、話せる内容が全く思い浮かばなかったという。


そこから当時の純哉の課題が明確となり、進路指導担当のアドバイスのもと、学校生活の中で経験したイベントを上手く盛って相応しげな文言にアレンジしてみたそうだ。


よって今回は、敢えて始めの方で純哉の弱かった部分を突いた。


しかし、ただ言うだけでは単にエピソードを伝えただけとなる。だからこそ純哉の場合は、今年の体育祭で皆と一丸となり、自分たちの組の勝ちで収め、協力する大切さを知ったなどというような成果まで発表した。


ちなみに体育祭が行われるのは毎年5月である。


「いいよぉ、そこで何を学んだかを伝えられるよう意識できてるね! それでは次に………」


そうして面接対策はつつがなく進んでゆき、一連の流れを経て進路指導担当から意見を貰う。


「凄いじゃん、冬田くん! この前来た時と比べるとかなり良くなってるよ! あとは礼の時に後ろの襟が見えないように気を付けるとか、そういう細かいところとかも本番までにしっかり調整していこうね!」


面接官風に質問をしていた時とは打って変わり、陽気で気さくな調子で生徒を褒めちぎる進路指導担当の柴野。銀縁の眼鏡を掛けたスーツ姿の中年の男性職員にバシバシ背中を叩かれつつ、純哉はへりくだって言葉を返す。


「ありがとうございます! すいませんね、ただでさえ忙しいのにこんな親身に対応してもらって………」


程良い強さの打撃が、自分を鼓舞してくれているような。ここからまた焦らずじっくりと仕上げていきたいものである。


先日、面接対策のために進路指導室を訪れた際は言いたいことも上手く表現出来ず、喋っても噛んでばかりだったが、今ではある程度すらすらと質問にも答えられ、面接官のペースにもついていけるようになった。


進路指導担当から見ても、彼の適応力には驚いていた。


更に何度か練習を繰り返し、いくつかの指摘を貰っているうちに部活生が続々と下校し始める時刻に差し掛かる。同時に純哉も荷物をまとめ、柴野に礼を言って進路指導室を後にした。


「今日もありがとうございました! またよろしくお願いします!」


「はーい、お疲れ様ー! 気を付けて帰ってねー?」


「失礼しますー」


去り際に軽くぺこりと頭を下げ、純哉は3年生校舎の1階の廊下を歩く。靴箱まで来て外靴に履き替え、正面玄関まで来るとその付近で美愛が待っていた。


「おつかれ、純哉。今日は私の方が早かったね」


「おう、んだな」


優しい口調で声を掛ける美愛に、純哉は柔らかく笑い返す。彼の機嫌の良さを察してか、美愛は何気無く思ったことを訊いてみる。


「ねぇ、もしかして何かいいことあった?」


「えー? んー、まぁね! でも何でそう思ったん?」


「いやだってさー、もうそういう空気が出とったんじゃもん!」


「はぁあ、マジかよ」


互いに遠慮抜きで話すようになってからか、美愛はかなり打ち解けたように感じる上に、距離もより近くなったように思える。ここまでフランクに言い合うようになったのは最近だが、付き合い始めてからそれまでの期間は相応なものだったのもあり、意外と抵抗はなかった。


「まぁ、なんてんの? ざっくり言えば自分の成長がありありと分かったから嬉しいよねーって感じよ」


「せいちょー?」


「あぁ、成長。まー、たちまち出ようや、美愛」


それとなしの談笑を交わしつつ、純哉と美愛は並列し、足並みを揃えて校門より向こうの下り坂を進む。周囲では他の生徒たちも各々のまとまりを成して坂を下りていく。


「そっかぁ、凄い良い評価をもらったんじゃね」


「うん、自分でもあっこまで良く言ってもらえるとは思ってなかったよ。けど、それじゃけぇって気は抜いちゃあいけんし、調子に乗ってもいけんよね」


自身を顧みて、そう自分に言い聞かせる純哉。過程も肝心だが、就職活動においては受験と同じように本番が最も重要となる。


希望先の企業に、いかにして自分という人間を売り込むか。一緒に働けばどれほど楽しいか、仕事に対してどんなビジョンがあるかなど、純哉はそれらを惜しみなく伝えられれば良い。


最善を尽くしても内定をもらえなかった場合は、受けた企業と縁が無かっただけだ。考え方によっては、就職活動は恋愛のように運に左右されることもあるのだから。


「就職活動かぁ……。うーん、なんだろうな? どっちにしたって良いようになればいいよねぇ?」


「それな。内定をもらえれば、あとは卒業まで安泰じゃろ」


つい最近義務教育を終えた美愛には、頭では分かっていても感覚では分からない部分もあるだろう。ましてや、彼女がこの一生の中で就職活動というものを経験するかどうかも、可能性としては極めて低い。酷ではあるが、それが現実だ。


だからこそ、美愛を前にしてこれからのこと、もとい将来の話をするのはよろしくない気がしなくもない。


「ところで美愛、今日はそっちはどんなだったよ?」


「え? 私のほう? んーとね」


自然な流れを装って、さり気なく話題を変えてみる。とても複雑な心持ちにはなるが、美愛には過去と現在、あるいはほんの少しだけ先のことを主に話を広げてやったほうが良いかも知れない。


かなり先のことまで考えると、死への恐怖を煽ってしまいそうで。


坂を下りきってバスターミナルまで到着したところで、2人はいつも通り解散する。分かれ際のルールとして、純哉と美愛は今日で会うのは最後かも知れないという意識を抜きにして挨拶を交わす。


「じゃー、気を付けてな? また何かあったら連絡するんよ?」


「うん、分かった」




翌日のロングホームルームでは、全学年全クラスで文化祭の準備が進められていた。3年6組と1年4組も例外ではなく、純哉はクラスメートたちと協力し合い、出店の看板作りに勤しんでいる。


あらかじめ木の板を適度な大きさに切り抜いて、新聞紙を敷いた床に寝かせ、アクリル絵の具で色を付けていく。出店の名前であるクジ引き屋の文字や看板を装飾する模様などは鉛筆で下書きされており、純哉を始めとした色を塗るだけの班は線に沿って丁寧に仕上げていく。


さすが、下書きをした美術班はその手の技術に長けており、少し書いただけでも様になっていた。それもありきで、ただ着色するだけだというのについつい筆を握る手に力が入ってしまう。やっていることは塗り絵のようだが、感覚は別物だ。いや、そもそもが別物か。


看板作成以外の役割分担は、景品の仕入れと広告やクジの作成がある。とてもシンプルな出し物でありながらも、やるべきことは沢山ある上に、クラス全員が平等に仕事を与えられていた。


故に3年6組の教室内では、程々に忙しない空気感が流れている。


「アクリル絵の具の匂いって、なんか良いよな」


アクリル絵の具特有の重みのある匂いが鼻腔をくすぐり、糸井は作業に取り組みながら呟いた。それに対し、彼の左隣にしゃがみ込んで筆を動かしていた純哉が言及する。


「分かる、なんかクセになるよね」


こういった調子で和気藹々と準備を進めていっているのは美愛たちも同じで、1年4組の生徒たちは各グループに分かれて動画撮影の真っ最中だった。


グループによっては動画配信者のパロディや、個人の特技を披露したりと内容は様々だ。もちろん各々が考えたオリジナルのものまである。


中には廊下やグラウンドに出て撮影するグループもあったので、美愛のクラスメートたちの行動範囲はとても広かった。


そして、当の美愛たちは1年生校舎4階の空き教室を貸し切って収録を行う。動画のテーマは、“日常の中におけるあるある”だ。直近の自分たちの身の回りで起きたちょっとした事件を、演技を交えて再現してみる。


ごく普通に席に座り、問題用紙を見ながら解答用紙に答えを記入しているというテスト中の生徒の演技をする美愛。方や教壇に立って試験監督の役をしているのは陽菜だ。2人の様子は、彼女たちと同じ班の男子生徒がスマホを持って撮影している。


一見すると、定期テストを受けている女子生徒を取っているだけだ。しかし、開始して数秒後に美愛の制服のポケットにしのばせてあったスマホが軽快なメロディを鳴らす。


すると周囲の空気は一変し、美愛は演技として気まずげな苦笑を浮かべて目線を泳がせ、教員役の陽菜は怒気を含んだ声で周囲に促した。


「………………………………」


「ほらなぁ? ちゃんと電源切っとかんとこうしてみんなの集中が切れるだろぉ?」


陽菜が台詞を言い終えたタイミングで、同じ班の男子生徒は動画を止める。今し方の一コマは、テスト中に突然スマホの着信音が鳴って教室内の雰囲気が凍り付き、クラスメートの視線を一気に浴びるという事故の再現だった。


もとはといえば、つい先日に1年4組で起きたアクシデントでもある。再現の許可は、陽菜から当事者の男子生徒に取った。その生徒曰く、『あれをやるん!?』と勢い良く突っ込まれたらしい。


続いて撮影係は交代し、陽菜がスマホを持って2人の男子生徒、小庭こにわ太一たいち富名とみな昂介こうすけに対して開始前のサインを送る。


「じゃあ、いくよー? 3、2、1、スタート!」


事前に聞いたが、小庭と富名は剽軽な内容のものを考えたそうだ。コントをするお笑い芸人のような立ち位置で並んだ2人の男子は、それぞれ台詞を言い合う。


「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…………………」


「えぇー? お前もーちょっと頑張りなさいよー?」


「いやもう無……、あっ! あっ! あぁあああああっ……!」


下半身を押さえながら嬌声を上げるボケ役の小庭と、その突っ込み役であろう富名。一連のやり取りを眼前に、美愛と陽菜は真顔になった。あまりのくだらなさに、正直引き気味である。


(しょーもな……)


(なにが面白いんだろうなぁ……)


動画を止め、女子2人は呆れ返って心中で突っ込みを入れた。剽軽ではなく、どれかといえば下品なだけではないか。おそらく今撮ったものは、高確率でお蔵入りになる。


「どんなー? 赤星ー、朝山ー? 今のってテロップとBGM入れたら良い感じになりそうじゃね?」


「なるわけないでしょーが、フツーに論外よ」


得意気に同意を求めてくる小庭に、美愛は口元を歪めて一蹴りした。隣の陽菜も、その裏側に呆れを隠した満面の笑顔を貼り付けて意見する。


「そうだねぇ、僕ももう一度考え直すことをオススメするよぉ」




そうして、文化祭の準備や就職活動などを進めつつ、平凡を意識した日々を過ごしているうちに純哉の18歳の誕生日も経て、文化祭当日を迎えた。

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