story:16

文化祭当日の校内は、朝から忙しなくも賑やかな雰囲気に包まれていた。3年6組の生徒たちも、それぞれ分担して校舎前の広いアスファルトの敷地の一画にタープテントを立てたり、クジ引きの景品や机を外へ運び出している。


景品の種類は、高級そうな壺や皿、その他の食器などに加えて、シャンデリアやソファといった明らかに高価そうなものばかりだ。これらは全て、雑貨屋の伝手がある生徒を通して仕入れたものである。


豪華なものばかりなだけに、運搬する生徒たちは手に持った瞬間にいちいち緊張してしまう。万が一落として壊したりなんかしたら、一体どれほどの損害賠償が生じるのだろうか。


3年6組のテリトリーを示すタープテントの下に敷かれたブルーシートに景品を置くまでは、決して気を抜いてはならない。自分たちの両手に数十万円、もしくは数百万円分のお宝が握られているとなると、各々の握力の入れ方も不器用になる。


そう考えると、運搬係の仕事内容はある意味精神的にかなり辛いポジションだといえよう。だが、その反面で相応の責任感が養われる機会ともいえる。


大体の家具類は1人で運べるのだが、段違いに大きいものはどうしても外に出すのが困難だ。純哉と糸井は、2人で声を掛け合いながらソファを運び出している。


「ちょっ、ちょっ、後ろ気を付けてよ?」


「はいよー。冬田さん、もうちょっとゆっくり進んでもらっていい?」


「あ、あぁ、悪いね」


後ろ向きで歩いている糸井は前方が見えづらいので、より注意しなくてはならない。一応チラチラと目線を配ったりして気をつけてはいるが、どうしてもカバー出来ない死角もあったりする。


「っお!」


アスファルトの上に転がっていた大きめの石につまづき、糸井は体勢を崩した。竦んでソファを持つ手を離しかける糸井に対し、純哉もそれと連動して手の力を抜いてしまい、前のめりになる。


「うわっ!」


腕と腰を中心に、冷や汗が伝った。焦りに伴って心臓が飛び跳ねたような感覚がして、姿勢を立て直した今でも胸が激しく鼓動している。


「あぶなぁ………」


「すまんねぇ、足元に石があるとは思わんかったわ」


これでもしこけて、自分の体重と同じぐらいの重さのソファがのしかかってきたらどうなっていただろうか。おそらく、打った場所が悪ければ文化祭どころではない大事になっていた。


「はーもう、死んだかぁ思うたよ」


「ほんまね、朝っぱらから心臓に悪いわ。てかこれもこれで、よく学校まで運んできたよね」


「今更だけど、ウチのクラスって無駄に景品に力入れとるって思うの俺だけ?」


「いや、それは俺も同じよ。多分、他の奴らも思っとると思うで?」


互いに口々に言い合いながら、純哉と糸井は3年6組のタープテントの下までソファを運び、ブルーシートの傍らの広めのスペースに置く。ソファを降ろすと、一気に身体が軽くなったような感じがした。純哉と糸井は、それぞれ伸びをする。


次いで、ハズレくじの景品であるポケットティッシュが大量に入った紙袋を持ってきた尼川が横を通り、糸井たちは順々に突っ込む。


「何で尼川さんだけそんな軽いもんなんや!」


「そーよ! 俺らは必死こいてソファ運んだのに!」


もちろん、不満をぶつけるようではなく破顔して砕けた口調で言っている。対する尼川は紙袋を両手に持ってちょこんと立ったまま、苦笑して言葉を返す。


「運んでって渡されたものがこれだったんよ!」


どうやら準備の時点でくじ要素が絡んでいたようだった。文化祭実行委員の指示のもと、運ぶよう渡されたものは大なり小なりで、こればかりは個人に掛かる負担も違っていた。


景品を全て運び出すと、そこから看板を設置したり、別で用意した棚に皿や壺などを陳列していく。ただし、ソファやシャンデリアのような大きなものは、それらに合った置き方で来客から見えるようにする。


例えばシャンデリアは、上から落ちてこないように頑丈に吊り上げておいた。ソファは見栄えを意識して正面を基準に角度をつける。


中の用意を済ませ、これで3年6組のクジ引き屋の屋台は完成した。店番は1時間ごとのシフト制で、1班6、7人のグループで回していく。


純哉、糸井、尼川たちの班は昼食時の12時に入る予定なので、始まってしばらくは自由行動だ。他の学年やクラスの出しものを見ていくことが出来る。


そして10時になったタイミングで一般客の入場が開始され、在校生の保護者や兄弟姉妹、卒業生などが続々と学校の敷地内に入ってきた。


一気に人口密度が増した校舎前にて、純哉たちは群衆を掻き分けながら1年生校舎を目指す。そこで、彼等は美愛たちと待ち合わせをしていた。


文化祭当日は一緒に見て回ろう。前もって純哉から誘いを掛け、美愛は嬉しそうに応じた。しかし今回は彼女の提案もあり、純哉の連れもともに行動する予定だ。美愛も陽菜を連れるつもりらしい。


つまり文化祭は1対1ではなく、5人のグループで動く。せっかくだから各々の友人の交流も兼ねてという意図があった。


開放されたドアの付近に、見覚えのあるシルエットが2つ並ぶ。自分たちと同じように、すでに出しものの用意を済ませた美愛と陽菜が待っていた。


「どうもぉ、お待たせしましたぁ?」


「いえいえー! 糸井先輩と尼川先輩も、今日はよろしくお願いしますー!」


始めに純哉と美愛が言葉を交わし合い、注目が糸井と尼川に集まる。代表して、糸井が自身の社交性をもってして返答した。


「はいよぉ、赤星さん! まさか自分等と関わる日が来るとは思わんかったね! 今日はご指名、ありがとうございますっ!」


「朝山さんもよねー、今までは顔は見たことあるけどって感じだったけど」


傍らで尼川が陽菜に話し掛けている。すると陽菜は、綻んだ表情を浮かべて会話を繋げた。


「そおですねぇー、今まで話す機会も無かったですしぃー?」


これまでは友達の友達みたいな遠いのか近いのか分からない距離間にあった者たちが、ついに繋がる。実際に関わり、新しい人脈が出来たようでほっこりと心が温かくなった。


今日の文化祭を通して、親睦を深められれば良い。純哉と美愛からしてみても、糸井、尼川、陽菜の組み合わせはとても珍しいと思った。


「じゃあ、赤星さん! 朝山さん! お2人には我がクラスの高級くじ引きを見ていって欲しいね!」


先陣を切って、糸井が後輩の女子2人に豪語する。彼の発言に対し、横から突っ込みを入れる純哉。


「主催は自分じゃないのにそんな偉げに言えるのは何か凄いな」


鼻で笑う純哉をスルーして、糸井は美愛と陽菜を3年6組の屋台へ誘導する。高級という単語に引っ掛かったのか、陽菜は不意に呟く。


「高級ー?」


「まぁまぁ、行ってみれば分かるよ!」


糸井を先頭に、純哉と尼川も後ろに続いた。


出店の前に着くや否や、美愛と陽菜は受付の机越しに見える景品の豪華さに圧倒される。だから高級なのか。家具や骨董品など、文化祭で扱う品としてはレベルが高すぎな気がする。


「え、なんかラインナップが渋くないですか……?」


「シャンデリアとかもあるんですねぇ……!」


美愛と陽菜が順々に感想を言う。自分たちはクジ引き屋ではなく、ホームセンターの出張所に案内されたのだろうか。並びを見るだけでも、小洒落た雰囲気を感じた。


「1階300円で安価だし、ぜひ引いていってみてよ?」


1回で300円のくじを引くだけで、運が良ければあんな豪華賞品が手に入るとは。これは元を取れるだけでは収まらない。汚い話にはなるが、ネットで売りに出せば数十倍の価格で売れそうだ。


更に嫌でも目を引く大きなソファは、仮に当たったとしてもどうやって持って帰れというのか。さすがにあれを持って下校しろとはいうまい。現実的な対応でいけば、業者が当選者の家まで届ける流れだろう。


「やってみよーよ、陽菜! 記念の品として当たったものは取っておこう?」


意外と美愛はノリノリだった。早速小銭入れから300円を取り出している。それを見て、陽菜も決心した。


「そうだねぇ、せっかくだしやってみよっかぁー」


「すいませーん、1回お願いしますー!」


今の時間帯の受付係に声を掛け、美愛は300円を渡す。受付の生徒はそれを預かり、くじが入った黒い箱を出して美愛に引くよう促した。


「はーい、ではこちらからどうぞー?」


(あれ? 箱は手作りなんだ、ちょっと意外)


これだけ精巧な物品が揃っている中で、くじ引きの箱はダンボールを組み合わせた上に黒の画用紙を貼り付けただけで作っているとは。細かい部分だが、妙にギャップを感じてそう思ってしまった。別にケチをつけているわけではない。


美愛は箱の上から手を入れてくじを引き、ホッチキス止めになっている用紙を開く。するとそこには、“3”と印刷された数字が書かれていた。


「3? これは、3等じゃね」


横目で見ていた純哉が言及する。3等といえば、可もなく不可もなくな感じか。景品もおそらく無難なものに違いないと、美愛はなんとなく予想してみる。


開いた用紙を受付に見せ、あとは景品を貰う。


「すいません、3等が出たんですけど」


「おめでとうございまーす! 3等はこちら、マグカップのセットになりますー! ご家族やお友達、彼氏さんとお揃いで使ってくださいましー!」


用紙を受け取った生徒は陽気な口調で言いながら、カンカンとハンドベルを鳴らす。引き渡し担当の生徒が美愛へ2つでセットのマグカップが入った箱をビニール袋に入れて手渡した。持ち運びがしやすいようにと、気遣いは欠かさない。


「マグカップのセットかぁ、やったね」


右隣に居る純哉をチラリと見て、美愛はすぐに視線をそらした。受付の生徒によるアナウンスの中に含まれていた“彼氏”という単語に、つい反応してしまう。


現に純哉も、美愛と目が合って急に恥ずかしくなったのか少しだけ頬を赤らめている。


そして、2人の間に茶々を入れるように割って入る糸井。


「ちょうどいいじゃん、2人で使いんさいや」


実際美愛もそうしたいと思っていたところだ。だからこそ、糸井に心を見透かされたようでこそばゆい気持ちになった。


「………あれぇ?」


一方で陽菜は、ホッチキス止めになったくじを開いて疑問符を浮かべている。印刷されていたのは、数字ではなく“特”という漢字1文字だった。

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