story:12

違和感はやがて、疑問となった。今の今までは、自分たちにとっての適度な距離感を重んじて追及はしなかったが、さすがに周囲が怪訝に思うほどとなれば話が変わってくる。


疑問とはいえど、心配の意が大きいといった方が適切なのかも知れない。どのように転んでも、煮え切らない心持ちは先刻からずっと燻っている。


帰宅して、手洗いなどの毎度のルーティンを済ませると、純哉はリビングのソファに腰を降ろし、スマホの液晶に映る美愛とのトーク画面を見詰めていた。


(やっぱり、聞いておくべきことなのか?)


前に送ったメッセージには、既読はついていない。これに後追いで何かしらの文言を送ろうか。純哉からメッセージを送信する決心はついていたが、いざ送ろうと思ってもどんなものにすればよいか分からなかった。


最初の文字すら浮かばず、頭を悩ませる純哉。そこで、タイムリーなことに先日純哉から送ったメッセージに既読がついた。


(きたっ!)


純哉は期待を込めて画面に見入る。体感にして3秒もしないうちに、美愛からの約1週間振りの返信が来た。


『変身送れてすいません! おちつきました!』 『返信遅れて』


かなり急いで入力したのだろうか、思いっ切り誤字っている。身の回りは落ち着いたからこそラインは開けたのだろうが、意識は忙しないとみた。


とはいえ、きちんと返信があったので、純哉はひとまず安堵する。


『そっか、それはよかった』 『よく分からないけど、そっちの用事には一段落ついたんだね』


『はい! なんとか!』 『ご心配をおかけして、ほんとにすいませんでした!』


美愛のへりくだった謝罪から再び動き出した2人のトーク画面。向こうから返事があった以上、疑問を晴らすための質問をするには今がチャンスだ。


彼女の言う“用事”とは。しかし、その詳細を聞くタイミングは果たして今でいいのだろうか。純哉はメッセージを打ち込む直前に、躊躇した。


復帰して早々、相手に対して根掘り葉掘り切り込んだことを聞いても良いものか。連絡が途絶えた期間の長さも踏まえ、心身の疲労が伴う事情だったかも知れない。それを鑑みて、純哉は段階を踏んで核心に迫ろうと考えた。


『いえいえ、』 『でさ、明日なんだけど、よかったら帰り一緒に帰らん?』 『明日は面接対策で帰るのが遅くなりそうなんよ』


これまで会えなかった分、近況報告も兼ねて互いの時間を埋め合わせたい。そして、自然な会話の流れから本題を聞くことが出来れば良いと思う。


また、面接対策については本当は予定として入っていないし、進路担当や担任などへのアポイントも取っていない。完全に突発的に入れた予定だ。


要は、美愛の部活が終わるまでの待ち時間の有効活用のつもりである。純哉なりの、恋愛と就職活動の両立だった。


対策に付き合ってくれる教職員については、明日の学校で近しい相手を摑まえる気でいる。


『いいですよ!』


美愛からの返事は、当然のように肯定的なものだった。彼女も彼女で、純哉に会いたがっていたのだろう。顔は見えなくとも、画面の向こうの美愛の表情は明るいものだと予測が出来る。


『こっちの終わる時間は、赤星さんの部活が終わる時間と同じぐらいになると思うから、』 『早く終われば3年生校舎の前で待ってるよ』


というより、時間はこちらで調整する。早く終わればスマホをいじって待っているし、教職員と都合が合わなければ図書室で本を読むなりして時間を潰す。


求人票を眺めるのもいいが、希望の企業へ申し込む段取りは進路担当と話をつけているので、今のところはそこまで重要視していない。それでも不採用となった場合も考えて見ておくのも良いかも知れないが、まずは希望先一本で臨む。


『わかりました! 3年生校舎の前ですね!』


いずれにせよ、話は長くなるだろう。ならば長く時間が取れる放課後がちょうどいい。


美愛からのメッセージを最後に、スタンプで返信して締めようとする純哉。だが、美愛はすぐに別の文言を送ってきた。


『冬田先輩』 『会いたいです』 『いますぐにでも』


「………………?」


またしても妙な違和感を覚えた。それはとてもシンプルなメッセージのはずなのに、鬼気を孕んだ言葉に感じられる。


「………………」


いや、考えすぎか。彼女に対する疑念があるからこその感覚であろう。そう思い直し、純哉は同調して返信する。


『俺もだよ』


実際、会いたい気持ちがあるのも事実だ。何も嘘は言っていないし、これに関しては社交辞令でもない。


そこからは改めてラインでのやりとりを締め、2人の夜は更けていった。




翌日の放課後にて、進路相談室を後にした純哉は、3年生校舎の正面玄関付近で美愛を待つ。今日は運良く進路指導担当と時間が合い、アポイント無しでも親切に純哉の対応に当たってくれた。


おかげで待ち時間の有効活用が出来たが、本来なら予定を合わせるのが望ましい。仮に向こうのスケジュールが詰まっていた場合や、別件が入っていた際には、相手に余計な気を遣わせることになり兼ねないのだから。


1、2年生の生徒たちの大半が続々と下校していくこの時間は、純哉にとってはあまり慣れないものだった。今までは下校前のホームルームが終わればすぐに帰っていただけに、下級生の帰宅ラッシュを見るのは割かし新鮮に映る。


オレンジ掛かった空はまだ明るく、この時期特有の日の長さを視覚から感じ取った。それでも日中の暑さは夜にかけて緩やかになっていく見込みなので、昼頃に比べれば多少は過ごしやすい気候である。


何気無く、半ば無意識にスマホの画面を見詰め、SNSの投稿を閲覧する純哉。こちらに近付いてくる気配に気付いた直後、彼はさっと顔を上げた。


すると、約1週間振りに会った相方との視線が重なる。


「やぁ、冬田先輩! なんか久し振りな感じですね!」


はつらつとした立ち振る舞いで笑顔を咲かせ、美愛は純哉と会えた喜びを露わにしていた。彼女の笑みが移ったように、純哉の表情も綻ぶ。


「ほんとだよね、ラインも繋がらなかったから尚更よ」


「そのことは失礼しましたっ!」


「まぁまぁ。じゃ、帰りましょうかね」


心なしか、今日の美愛は妙にハイテンションな気がする。本人としてみれば、純哉と会えたことがこの上無いぐらい嬉しいのだという。


一方で純哉は、美愛の様子に対して細かな変化に目が行っていた。


しばらく見ないうちに、少し瘦せているような。具体的に、顔の輪郭が前よりシュッとしたように見える。かといって元々が太かったのかといえばそうではなく、華奢だったのが更に細くなった印象だ。


もちろん、女性に対してそのように思ったことは、デリケートだという観点から口に出して言わない。


よって純哉は、本当に無難か、もしくは自分たちらしい話題で談笑に華を咲かし、校門から伸びる坂道を下っていく。


「何気に2人で帰ったのって初めてじゃないですか?」


「ほんとよーね、今までは今までで時間が合わんかったけぇね」


「でも良かったぁ、こうして先輩と帰れる機会が出来て」


美愛の中で、恋人と2人で下校するのは一つの憧れだったのだろう。それが叶ったことで、今の彼女の気持ちは有頂天といえる。第三者から見ても、美愛と純哉の並びは非常に絵になっており、青春と呼ぶには何ら差し支えなかった。あとは先日のように手でも繋げば完璧か。


ちなみに各々の連れ、糸井や尼川は2人で先に帰り、陽菜は同じ部活のチームメートと下校中である。


しかしながら、これもまた半年ぐらい前の純哉には想像もつかない現状だ。こうして制服デートみたいなことをするのも貴重な体験で、自分なんかがこんな贅沢をしてもいいのかと。正直なところ、未だに肩身が狭く感じる気がしなくもない。


そして坂を下り切った先で、近所の広い公園まで向かい、2人はベンチに座って会話を続ける。灯り始めた街灯に照らされて、互いの顔は逆光で見えづらくなっているが、表情は認識することは出来た。


「朝山さんから聞いたけど、君らのクラスは動画やるらしいじゃん?」


「ええ、そうです! 陽菜と同じグループだから心強いです!」


「良いね、やっぱり面子によってやりやすさは大分変わるじゃろ?」


「ですねぇ。てか冬田先輩、陽菜と話したんですね」


美愛の中では純哉と陽菜が話している場面がいまいち思い浮かばず、ついそんなふうに呟いてしまう。関わりが無さそうだと思っていた知り合い同士が、自分の知らないところで繋がっていたような意外性を含んだ感覚である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る