story:11
真夏の残暑が猛威を振るう9月上旬の某日。放課後の3年6組の教室にて、時間を持て余した冬田純哉は、冷房がガンガンに利いた室内で友人たちと駄弁っていた。
「いやー、文化祭の出しもの、意外と早く決まって良かったねぇ」
窓際にすがる糸井が間延びした口調で言う。先刻、6時間目のロングホームルームにて、今年度の文化祭の出しものについてクラスで話し合っていた。その結果、3年6組はクジ引きに決まった。
最初は文化委員と担任を中心に何をやるか、もしくはどんなことをやってみたいかなどという時点から話し合いが始まったが、中々意見が挙がらなかった。
しかしながら、雑貨屋の伝手があるクラスメートが居たため、そこから日用品や家具を取り扱うクジ引きが賛成を集め、それに決定した。あとはそのクラスメートと文化委員、担任がメインで進行してくれるので、他の生徒は指示通り動くだけである。
とはいえ何もしなくてもいいわけではなく、看板を作ったり荷物を運搬したりしなければならないので、一部の生徒だけに仕事があって他の生徒が手すきになるわけではない。
一見すると仕事の量に偏りがあり、進行担当のワンマンになるのではないかと思われがちだが、それで不満が挙がることはなかった。逆に行事ごとに積極的なクラスメートは、自分から進んで他に出来ることはないか担当に聞きに行っている。高校生活最後の文化祭なだけに、気合いが入っているのだろう。
そういった生徒とは対照的に、文化祭に対して関心が薄い純哉たちは成り行きに任せて普段通りに過ごす。
「3年目にして楽だな。1年の時は演劇で振り付けとか台詞覚えたりするのが大変だったけど」
糸井の呟きに尼川が続いた。3年目の今年に比べると、1年目はいきなりハードだったようだ。1年目の文化祭の出しものが演劇だったのは当時の純哉のクラスも同様だが、配役の質が違う。
「そん時の尼川のクラスは結構ガチだったもんなー、俺なんかモブだったけぇ何の台詞もなかったよ」
苦笑いをしながら、純哉は2年前を振り返った。要するに、その辺をただ歩いているだけの通行人だったらしい。それもそれで楽だったという。
「良かったな! 俺ぁ、メチャクチャ恥ずかしかったよ!」
主役級の配役ではなかったものの、物語の登場人物になりきって堂々と大勢の前で声を張り上げたのを鮮明に覚えている。羞恥心もあり、恥ずかしい以外なにものでもなかった。尼川本人曰く、胃が潰れそうだったとのことである。
文化祭の話題は一旦置き、糸井は純哉と美愛の近況について訊く。
「ところで冬田さん、夏休み中はあの子とどれくらい遊びよったん?」
対する純哉は、長期休暇中のことを思い返し、澄ました表情で嘘偽りなく伝える。
「どれくらい遊びよったっつーか、割と数えるくらいかな? たまに連絡が途絶えることもあったし」
「連絡が途絶えるって、早くも不仲ですか?」
冗談っぽい口調で尼川が突っ込んだ。だが、当然ながらそういうことではなく、彼女は後から用事や家庭の事情だったとそのたびに言っていた。家庭の事情と言われれば、いくら近しい間柄でも切り込んで聞くわけにはいかないし、追及する筋合いも無いが。
たちまちは、そこは割り切って自然と聞き流していた。よって純哉も、尼川の指摘を否定する。
「不仲ではないんじゃない? 多分……」
「え? じゃあ、ちなみに最後に会ったのっていつ?」
「んー、夏休みが終わる2日前ぐらいかな?」
つまりは糸井たちとダーツをしに行った翌日で、およそ1週間前だ。学校が始まったので会う頻度は増えたのではないかと思われるが、そういえばまだ一度も学校ですれ違ってすらいない。
「え、1週間ぐらい間が空いとるよ……? そんな会ってなくて大丈夫なん?」
もしや、すでに距離が開き始めているのではないか。尼川が心配して尋ねた。
「分からんけど、仕方無いよね」
「…………………………」
仕方無いで片付けて良いのか疑問に思ったが、純哉自身がそう言うのならそれ以上は何も言えない。彼女に対して無関心なわけではないことは確かだが、やや心理的な距離を取り過ぎな気がした。
「ちなみに余談だけど、最後に遊んだ時はカラオケに行ったよ」
自慢ではなく、あくまで近況報告として言ってみる。普段ならこちらから煽りを入れて言及してみたいところだが、一連の会話の流れから乗っ取って2人は乾いた笑いしか出せない。
「へぇ、楽しかった?」
「うん、中々楽しませてもらったよ?」
糸井からの質問に、純哉はニヤニヤしながら答えた。あのリズム感皆無な振り付けを思い出しているのだろう。
そこから純哉は荷物を持って教室の出入り口の方へ身体を向け、2人に促す。
「ぼちぼち帰ろうや? ええ時間じゃろ?」
3年6組の教室を後にし、純哉、糸井、尼川は足並みを揃えて帰路につく。教室の電気は、未だにクラスメートの出入りがある見込みなのでつけたままにしておいた。
「さて、そろそろ面接の練習とか詰めていかにゃいけんなー」
下駄箱の前で靴を履き替えて校舎から出たところで、純哉は漠然と呟いた。夏休みも終わって、就職活動もより本格的になってくる。しかも来月、もとい10月は純哉の誕生月でもあるので、自動車学校に通うことも視野に入れて動いていかなければならない。
3年6組の生徒の中では半々ぐらいの割合で就職組と進学組に分かれており、少数だがすでに企業から内定をもらったり、進学先から合格通知をもらった者も居る。
時期も合間って、相応の余裕が出てきている生徒もちらほら現れ始めていた。
純哉に関しては、就職試験の対策や自動車の免許を取りに行く兼ね合いで色々とハードになる。よって、必然的に美愛と会える機会も減ってくるだろう。
「忙しくなるねぇ」
「尼川さんはいつでも暇でしょ!」
「いやぁ、そんなことはないっ……!」
尼川と糸井がわちゃわちゃ言い合っている傍ら、純哉は校舎の周辺でランニングをしていた1年生の女子生徒と鉢合わせ、視線が重なった。
見覚えのある顔だ。健康的に日焼けした肌に綺麗な黒髪が映える、朝山陽菜だった。彼女は自身が所属している女子バスケ部のユニフォームを身にまとっており、部活動中の様子である。
陽菜は走る速度を緩めながら会釈し、純哉も足を止めて軽く頭を下げた。
「……どうもぉ」
「朝山さん? 今日は外練なんだね」
愛想良く笑って挨拶をする陽菜に対し、純哉は気さくに声を掛ける。2人はこれが初絡みだが、赤星美愛という共通の連れが居ることや、以前から顔見知りだったこともあり、特に抵抗無く合流出来た。
「そうです! ずっと走ってます!」
「そっか、頑張ってるんだね」
「えぇ? へへ……」
活発な印象を与える陽菜は純哉からの言葉に照れ顔を晒す。年上と話しているのもあって、謙虚さが垣間見られた。美愛の前では堂々とした感じだが、先輩の前ではしっかりとした立ち振る舞いを意識している。
互いの会話の間に少しだけ隙間が空き、純哉は逃さず質問を投げ掛けた。
「ところでさ、ここ1週間ぐらい赤星さんと連絡が取れないんだけど、学校には来てるよね?」
すると一瞬だけ、陽菜の表情が曇る。バツが悪そうな調子だったが、彼女は取り繕うように言葉を返す。
「来てますよ? けど、今日も急用があるって言って帰りましたよ?」
「………?」
何かを隠しているのか。その妙な雰囲気は純哉だけでなく、糸井や尼川も感じ取れた。しかし、こちらから更なる探りを入れようと思っても、そこには見えない壁があるように思えて触れようにも触れられなかった。
「………そっか。分かった、ありがとう」
とりあえず礼を言って、美愛の件はここで留めておく。話題は変わり、純哉は美愛から聞くつもりだったことを聞いてみる。
「あー、あと、それと多分だけど今日の6時間目ってロングホームルームだったよね? だとしたら文化祭の話になったと思うんだけど、朝山さんのクラスは何やるか決まった?」
「はい! 決まりましたよぉ?」
「おお、早いね。何やるの?」
「動画です、動画配信的なことをします!」
その内容は、各グループに分かれてバラエティ番組のような企画をしたり、本格的な実験をしてみたりした様子を動画で撮り、編集して上映するといったものらしい。
編集担当の生徒を除き、クラスの全員が同じぐらいの量の仕事がありそうである。
「いいね、面白そうじゃん」
しかしながら、高校に入って最初の文化祭だというのによくあっさり出しものが決まったなと思う。純哉が1年生の時のクラスでは、3週間ぐらい延々と決まらなかった。それもありきで準備不足だった面も出てきたものだ。
よほどクラスがまとまっているのか、それこそ文化祭に積極的な生徒が上手くまとめたのか。少なくとも純哉の中で、今年度の1年4組の生徒たちはみんな仲が良さげなイメージなので前者だと思った。
「じゃ、朝山さん、頑張ってね?」
「はいっ、ありがとうございます!」
温和な空気感を保ったまま、純哉たちは陽菜と分かれる。見知った先輩たちを見送る陽菜の表情は、最後まで穏やかだった。
それでも、複雑な心境は尾を引く。
(美愛、やっぱり言うなら自分からのほうがいいよねぇ)
一方の純哉たちも、それは同じだった。あの意味ありげな間は何だったのか。3人の中で疑問が浮かぶ。
「さっきの子、何か隠してるふうだったくない?」
「冬田さん、この件は次に連絡が返ってきたら本人に問いただすぐらいしてみてもいいと思うで?」
このまま心に引っ掛かるものを放置しても、今後の動向に支障が出そうだ。だからこそ、純哉も決心がついた。
「………だな」
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