ルミナの過去
「ごめんね、タクミ……」
並んで座るルミナが、うつむいたままぽつりと呟いた。
「いやいや、謝るのは俺の方だよ」
俺は慌てて謝罪する。
「ルミナに無理にお願いして本当に申し訳ないと思ってる。初めてのことだし、出来なくても当然だよ」
彼女には顔を上げて欲しい。
この世界にもバーナーが存在する可能性を感じられた。それだけで俺は嬉しいのだから。
「実はね、私……」
ルミナがゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「今まで、誰にも必要とされていなかったの」
それって一体どういうことなのだろう?
「ほら、私ってこんなでしょ? 結晶の爪は右手の人差し指だけで、ジオ族としては出来損ないだし」
「そんなことないよルミナ。そのお陰で炎が出せるんじゃないか」
肩の上のリナリナも、ルミナを元気づけようとしてくれている。
「ありがとう。リナリナは知ってると思うけど、小さい頃に両親が亡くなってね、私は叔父さん夫婦に育てられたの。ずっとほったらかしのままでね」
やはりと俺は思う。
だって俺も早くに両親を亡くし、小さい頃から一人で生きてきたから。
実はこの洞窟でルミナに会った時から、彼女に自分と同じ匂いを感じていた。いつも一人で昼下がりを洞窟で過ごしているなんて、普通の女の子ではあまり考えられない。
「だから期待もされてないし、いつも好き勝手できる。怒られることも全然ない」
それはそれで辛いことを俺は知っている。
幼少期に師匠と出会い、ガラス細工の技術を叩き込まれた。かなり厳しく指導されたが、それは期待の表れだったことを理解している。なぜなら細工が上手くできた時は、ちゃんと褒めてもらえたから。
俺は改めて、師匠の厳しい指導に対して感謝の念を抱いていた。
「でもここでタクミと会って。そして私の炎が必要だって言われて。とっても嬉しかった。だからタクミの役に立たなくちゃって。そう思ったとたん、上手く炎が出なくなっちゃって……」
そうか、そういうことだったのか。
俺も師匠に褒めてもらいたいと気負った時はガラス細工が上手く出来なくて、むしゃくしゃすることが多かった。
一方、適当でいいやと気楽に臨んだ時ほど、思い通りの細工ができたりする。
要は、ルミナにはもっと経験が必要なのだ。人に必要とされ、何かを成し遂げるという経験が。その積み重ねによって、人に対して自分ができること、そしてその方法と適度な気の抜き方を会得することができる。
だから俺はアドバイスする。
「やらなくちゃと思えば思うほど、できなくなる」
「そう、そうなの。こんなこと初めて」
「でも指の炎で洞窟を照らすことはできるよね?」
「それは、毎日やってるから」
「じゃあ、毎日やってるような感じでやればいいんだと思うよ」
「それができないから困ってんじゃない、もう……」
ルミナは再び下を向いてしまった。
ルミナには自信を持って欲しい。
両親のいない俺にだって前に進むことができた。ガラス細工という道を真っ直ぐに。それならば彼女にもできるはず。
俺は一つ、提案する。
「下向いたままでいいから、目をつむって炎をつけてみて?」
するとルミナは下を向いたまま、申し訳なさそうに右手を少し前に出し、その人差し指に炎を灯らせる。
「ほら、ちゃんと炎を灯せるじゃないか」
「目をつむってるからね」
「じゃあ、今度は左手を右手に添えて、さっきと同じ形にしてみて」
ルミナは炎を灯す右手を包むように、左手を筒状にする。
「そして息を吹き込む」
目を閉じたまま顔を上げ、トーチを形作る両手を顔の前に近づけたルミナ。ふうっと息を吹き込むと、右手の炎はバーナーに変化した。ゴーっという音が洞窟に響き渡る。
「そのままそのまま。俺が奏でる曲を聞いてて」
目を閉じてリラックスしていれば、バーナーの炎は長続きするんじゃないだろうか。
そう思った俺は、バッグの中からオカリナを取り出した。
その様子を見たリナリナがリクエストする。
「あの曲がいいな、タクミ」
「わかった。じゃあ、いくよ!」
日本にいる時、公園で吹いた曲。
リナリナが故郷を思い出すと言ってくれた異世界の曲。
あの曲なら、ルミナの心に届くかもしれない。
俺は深く息を吸って、曲を奏で始める。
バーナーの炎の音に負けないように。
それでいて癒しを感じられる優しい音色で。
「この曲……」
目を閉じたまま、ルミナが呟いた。
「なんか、懐かしい感じがする」
すると驚く変化が起きた。
ルミナが作り出す青白きバーナーの炎に、赤色が混ざるようになったのだ。
青白い炎の隙間の数カ所から発生する赤の炎は筋状に伸びていく。両者は決して混ざることはなく、二色のストライプ状の炎を形成し始めた。なんとも不思議なバーナーの炎の誕生だ。
オカリナを吹きながら、俺の中に強い衝動が生まれていた。
この炎でガラス細工をしてみたい――と。
俺はオカリナから口を離した。
「さっきの曲を思い出して、しばらくの間、心の中で演奏してみて」
「わかった……」
二色のバーナーの炎は彼女の顔を照らし続けている。
その勢いが弱まる気配はない。
(これならいける)
そう直観した俺はそっと立ち上がり、ルミナに悟られないようにガラスパイプを取り出した。そして先ほどと同じように先端のガラスの塊をバーナーの炎に当てる。
ガラスの塊は、すぐに赤く変色し始めた。
(いいぞ、ルミナ)
彼女だってできたんだ。俺もそれに答えなくてはならない。
ガラスパイプに息を吹き込みながら膨らませ、ガラスの方を動かしながら変形させる。
そしていつものように、ガラスのウサギを完成させた。
いや、いつものようではない。ルミナの頑張りに応える会心のガラス細工だ。気が乗っていたからだろうか、細工もとてもやりやすかったような気がする。
「できた! 火を消してもいいよ、ルミナ」
手の形を解除し、目を開けたルミナ。再び右手の人差し指に炎を灯し、俺が差し出すガラスパイプの先端に視線を向ける。
「えっ、これって……」
「今、作ったんだよ。ルミナの炎で」
「ホントに?」
まじまじとガラス細工のウサギを眺めるルミナ。
まだ信じられないという感じで瞳を丸くしている。
「ホントにホント? これを作るのに、私の炎が役に立ったの?」
「役に立ったどころじゃないよ。ルミナの炎がなければ出来なかったことなんだよ」
「私の炎が、役に立ったんだ……」
ガラスのウサギを眺める彼女の表情が、笑顔に変わるその美しさに、俺の鼓動はドクンと脈打った。
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