リナの代表

 その後、俺は村長宅の母屋で詳しく話を聞くことになった。

 まずは村長が深く頭を下げる。

「工房では申し訳ない。タクミさんの意向を確認しないまま、あんなことを言ってしまって」

「いえいえ、頭を上げて下さい。なんとなくそんな予感がしてましたから」

 恐縮する村長に、俺はリナに到着するまでの話をする。

「ここに来る前、魔王城を見ました。その時にチラリと聞いたんです、リナリナたちが魔王カップについて話しているのを」

 いっけねぇという顔をするリナリナ。ユーメリナは「コラ!」と小さく叱っていた。

「魔王カップって、リナとジオが年に一回、優勝を賭けて競うんですよね?」

 俺が訊くと、村長は魔王カップの経緯について説明を始めた。


「魔王カップは毎年、夏の時期に行われている。リナとジオから代表を出して、魔王様の前で作品を作り、その完成度の高さを競う。素材はそれぞれの部族が得意なものを用いる。つまりリナはガラス、ジオは結晶で作品を完成させる」


 ――リナはガラス、ジオは結晶。

 俺は結晶の森で、ルミナから聞いていた。ジオ族は手の中で結晶を育成することができると。

 一方、リナ族は素手でガラスをこねることができる。

 両部族が競うなら、ガラス対結晶の闘いになるのは必然なのだろう。


「優勝すると、魔王様より村全体に一年間の豊作の魔法をかけてもらうことができる。海に面するリナ族は豊漁を、森に住むジオ族は果実の豊作を。しかし残念なことに、ここ数年、リナは負け続けているのだ」


 話を聞いているうちに、緊張で体が固くなっていくのを感じていた。

 こんな部族を代表する競技に、日本からぽっと現れた自分が出ても良いのだろうか――と。しかも部族全体の生活に影響が出るかもしれないのだ。

 手のひらも汗でじとっと濡れてきた。


「それでね、毎年テーマが設定されるの。今年のテーマは『癒し』なのよ」

 強い緊張を感じ取ってくれたのか、ユーメリナが俺を励ますように補足する。

「タクミが出てくれると絶対勝てると思うなぁ。だって貴方が作ったガラスの薄さと曲線美は、絶対結晶には真似できないもん」

 彼女にそう言ってもらえると心強い。

「去年のテーマは『太陽』、一昨年は『金』だったが、いずれもジオ族の代表、サファイアが作る作品に負けてしまった。今年の開催は一週間後、ぜひ三年ぶりにジオに勝ちたいのだ」


 部族の代表というだけでも荷が重いのに、さらに三年ぶりという期待を背負える自信は正直言ってまだない。しかも開催は一週間後。

 が、熱く見つめるユーメリナの瞳に負けて、俺は了承を決意する。

 ガラス細工では負けないという自負もあるし、せっかくこの世界に来て何もしないのはありえない。それに、負けたら命が取られるということも無さそうだ。


「わかりました。自分でよければお引き受けいたします」

 そう返答すると、村長はほっと胸を撫で下ろした。

「それで一つ、お聞きしたいのですが……」

 最後に俺は質問する。最も重要なことについて。

「作品って何を作ればいいのでしょうか? ガラスで『癒し』の何かを作るんですよね? その何かを教えていただけると嬉しいのですが……」

 するとユーメリナが呆れた口調で答える。

「だから最初から言ってるじゃない。カップよ」

「カップ?」

「魔法様がお酒を飲むために使う入れ物。カップなのかグラスなのかは、当日お題として発表されるんだけどね」

「えっ……?」

 俺は思わず言葉を失った。

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