あれが足りない!?

 翌朝、自分の荷物を確認した俺は小躍りする。

「バーナー、あるじゃん!」

 荷物の中に小型バーナーがあることを思い出したのだ。それは公園でのパフォーマンスに使ったバーナーだった。


 早速、俺は離れの外に出る。

 右手にバーナー、左手に昨日のガラス球体を持って。

 ガラスの球体は、昨日工房からもらって来ていた。


 朝陽に照らされる丘。その上にすくっと立つ。

 先端にガラスの球体が付いたパイプを口に咥え、左手で支える。そして右手に持ったバーナーの引き金を操作し、青白い炎を形成させた。ゴーという空気音が朝の空気を震わせる。

(よし、やってみるか)

 俺はガラスにバーナーの炎を当てる。しばらくすれば赤く変色して、吹き込む息に呼応して変形が始めるはず――だった。

(えっ!? なんで……???)

 いつまで経ってもガラスは変色しない。ちっとも赤くならず、透明のままなのだ。

 このままではガスが無くなってしまうと、俺は慌ててバーナーの火を落とす。日本ではどこでも手に入るガスボンベだが、この世界で手に入るとは思えなかった。

 そして、がっかりしながらガラスの球体を地面に置く。


「どうして赤くならない?」

 日本とは珪石の種類が違うのか?

 でも、庭の岩石を見る限りでは全く同じだ。

 なんで!? と自棄になりそうになってようやく気づく。

「そっか、あれが必要なのか……」

 俺は思い出した。

 ガラスの原料についての師匠の教えを。



『タクミ、ガラスの原料はな、主に次の三つだ。よく覚えておけ』

『三つ? それは何?』

『まずは珪砂。珪石を砕いたものだ。これは主原料で、混ぜる割合は七割から八割だ』

『珪石って、チャートのきれいな部分だよね?』

『そうだ。そして次にソーダ灰。これは作るのがちと難しい。混ぜるのは二割弱だな』

『ソーダ灰? なんでそれを混ぜるの?』

『珪石だけだと熔けにくいんだ。なんせ融点が一七〇〇度もあるからな。これにソーダ灰を混ぜると、融点を一〇〇〇度まで下げることができる』

『へぇ〜。それで三つ目は?』

『最後は石灰。これは石灰岩を砕けばいい。一割ほど混ぜる。ソーダ灰を混ぜるとガラスが水に溶けやすくなるから、それを防ぐ役割をする』



「そうだよ、珪石だけのガラスって、融点が一七〇〇度もあるんだった……」

 俺は頭を抱える。道理でガラスが赤くならないわけだ。

 ユーメリナがいとも簡単に珪石を熔かしてしまうから、融点の違いなんて考えもしなかった。

「このバーナー、どんなに頑張っても一五〇〇度止まりなんだよなぁ……」

 リナの人たちが細工する珪石百パーセントのガラスは、このバーナーで熔かすことはできない。

 つまり今のままでは、俺がガラス細工を行うことは不可能なのだ。

「ということは、ソーダ灰を手に入れる必要があるってことか……」

 俺が公園で用いていたガラスパイプは、ソーダガラスと呼ばれるもの。ソーダ灰を混ぜて、融点を一〇〇〇度に下げていた。


「よっしゃ、やるか!」

 俺は諦めない。

 ソーダ灰の作り方だって、師匠に叩き込まれていたから。

 幸いここは海沿いの街。もしかしたら原料は取り放題かもしれないのだ。

 意を決した俺は、朝食を運んできたユーメリナにあることを提案した。

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