ガラス工房

 朝食を食べると、ユーメリナに案内されてガラス工房を見学する。

 そこは確かにガラス工房だったが、俺のような異世界人が見る限り、陶芸工房と言いたくなるような場所だった。

 というのも、リナ族の職人は素手で珪石を熔かし、粘土のようにこねる。そしてロクロを使って形を整形していくのだ。それは正に、日本でいう陶芸。

 陶芸と大きく異なるのは、整形した後で焼く必要がないこと。なぜなら、冷えればそのままガラスのお皿やコップになるのだから。

 ガラス工房の様子を見て俺は納得する。リナリナや村長が俺の技術を伝えて欲しいと言った理由を。


 ――吹きガラス。

 それは熱したガラスを息で吹いて整形する手法。

 公園でガラスのウサギを作った時に用いた技法だ。

 最初、リナリナがその技術を伝えて欲しいと依頼した時、俺は自分の耳を疑った。なぜなら、吹きガラスの技術はごく一般的なものだったから。

 ――ガラスの丘リナと呼ばれる土地なのに、吹きガラスの技法を知らないのか?

 でも、それには理由があったのだ。

 リナ族の人たちは、本当に吹きガラスの技法を知らなかった。だってその必要がないから。

 日本人だって、粘土を口で吹いて陶芸を行う人は誰もいない。それと一緒だ。


「ねえ、タクミ。リナリナのガラスのウサギを作った技法を見てみたいんだけど」

 一通り工房の見学が終わると、ユーメリナが切り出した。

「じゃあ、パイプはあるかな? 口に咥えられるくらいの太さで、ステンレスのやつ」

「ステンレス……って?」

 眉をひそめるユーメリナ。どうやらこの世界にはステンレスは存在しないようだ。

「ガラスのパイプならあるけど?」

「ああ、それでいい」

 ここは何でもガラスなんだなと思いながら、俺は腕まくりをする。いよいよ腕の見せ所だ。

 工房の職人たちも、見学に集まってきた。

「はい、パイプ。この後、どうすればいい?」

「じゃあ、このパイプの先に赤く熔かした珪石をくっつけてくれるかな?」

「わかったわ」

 ユーメリナは手で珪石をこね始め、手に力を込めて温度を上げ、ガラスを真っ赤な状態にする。そして俺が手にするパイプの先にくっつけた。

「これは吹きガラスという技法です。ガラスを吹いて、加工するんです」

 皆にそう説明すると、俺はパイプを咥え強く息を吹き込む。自慢の肺活量で。

 すると、真っ赤なガラスはぷうっと膨らみ始めた。

「おおっ!」

「膨らんだぞ」

 工房の中で歓声が上がる。


 ここで俺は大事なことに気づく。

 ガラスの加工に必要なアイテムが一つ欠けていることを。


「えっと、バーナーってありますか?」


 パイプを口から放し、工房の人たちに訊く。

 すると、俺を囲む人たちは顔を見合わせ始めた。

「ねえ、タクミ。バーナーって何?」

 たまらずユーメリナが訊いてくる。

 ステンレスだけでなくバーナーも? と思いながら俺は説明を試みる。バーナーが無ければこの先には進めない。

「バーナーって、炎を噴射する装置のことなんです」

 と言われても、リナ族にはピンと来ない。

 そもそもリナ族は火を使わなかった。自分の手で二〇〇〇度まで加熱できるのだから、それは当然だ。

 これは後で知ったことだが、リナでは料理もすべて手の熱で作っているという。


 結局のその日は、自分の技術を披露することはできなかった。

 バーナーが無ければ、ガラスを吹いて自在に加工することは不可能だ。

 作れるのは、フラスコのような形の薄い球状のガラスだけ。

 ユーメリナに部分的に熱してもらうことも試してみたが、それは無理だった。なぜならバーナーとは異なり、ガラスに触れないと加熱できないから。ガラスが薄くなればなるほど、触った瞬間に形が崩れてしまう。

 ――道理で、薄いガラス細工に皆驚くわけだ。

 その晩、俺はふて寝するしかなかった。

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