ガラスの丘

「うわぁ、めっちゃ景色いいじゃん!」

 朝起きて窓のカーテンを開け、その風景に驚いた。

 ――なだらかに広がる丘の街と、その向こう側に広がる青い海。

 ガラスの丘リナは名前の通り丘の街で、その西側は海に面している。そして俺が泊まった離れからは、海に続く街並みと港が一望できるのだ。

「いいところでしょ? ボクの故郷は」

「ああ、あの曲にぴったりの風景だよ」

 リナリナもしばらくの間、俺と一緒に生活することになった。


 そんな美しい景色だったが、俺には気になることがあった。

 一面に広がる丘の大部分は緑の草に覆われていたが、所々にゴツゴツとした岩が露出していたからだ。それはそれはとても硬そうな岩が。

「もしかして、あの石は!?」

 離れのドアを開けると、目の前にもその岩が露出しているのが見えた。そして俺は予感が的中したことを確信する。

 それは赤っぽい石、灰色の石、そして真っ白な石が層状に重なる岩だった。

「やっぱりチャートだ!」


 ――チャート。

 二酸化ケイ素を主成分とする堆積岩。

 不純物の少ない白い部分は、珪石として使われることがある。つまりガラスの原料だ。


 つまり、ここは正にガラスの丘。ガラスの原料の上に作られた街なのだ。

 さらにリナ族は、両手を二〇〇〇度まで加熱できるという。

 それは珪石を熔かすことができる温度。

 食器やブロック、それらすべてがガラスで出来ているのは必然なんだ。俺は納得した。


「あら、もう起きてらっしゃったのね」

 掛けられた声に振り向くと、朝食のトレーを持ったユーメリナが母屋から歩いて来るところだった。

「いやいや、この家、起きるなって言われる方が難しいよ」

 それもそのはず、ガラスのブロックで造られた家の中はすぐに朝陽で満たされる。

 カーテンが引かれた窓より壁の方が明るい――という不思議な目覚めを、タクミは体験していた。

「それにしてもすごいよ、ユーメリナ。ここの石は全部珪石なんだね」

「さすがね、タクミは。一目で分かっちゃうなんて」

「珪石は全部現地調達してたからね。師匠の教え、というかポリシーだったんだ。この透明なところなんて、めちゃくちゃ純度が高くない?」

 タクミは目の前の岩の一部分を指差した。

「その部分はね、高級なガラスに使うの。どうやって細工するか見てみたい?」

「もちろんだよ!」

 ユーメリナの提案に、俺は思わず瞳を輝かせてしまう。

「じゃあ、ちょっと待ってて。朝食を離れに置いてくるから」


 トレーを持ったユーメリアが離れの中に入っていくと、俺はドキドキしながら待っていた。

 チャートはめちゃくちゃ硬い。さっきは全部現地調達してたと言ったが、その作業はかなり大変だったからだ。ハンマーで叩いても簡単には割れない。ましてや純度の高い部分だけを取り分けるなんて、素手では不可能に近い。

 するとユーメリアが袖をまくりながら庭に出てきた。


「じゃあ、やってみるから見ててね」

 ユーメリナは両手に力を込める。手を一〇〇〇度以上に加熱させているのだ。

 その証拠に、両手はわずかに赤みを帯びてきた。

「こうやって手に熱を入れてから、珪石をすくい採るのよ」

「すくい採る!?」

 珪石をすくい採るなんて聞いたこともないぞ、と耳を疑ったが、すぐに目も疑うことになる。

 ユーメリナは庭の珪石を、いとも簡単に手ですくい採ったのだ。それはまるで、柔らかな地層から粘土をすくい採るように。

「ええっ!? それって珪石だよね。粘土じゃないよね?」

「そうよ」

 タクミは庭の珪石を見つめる。

 ――この世界なら自分にもできるかも?

 そんな気がして、タクミは珪石をすくい――

「痛ってぇ!」

 採れなかった。やはり珪石は珪石だ。カチカチなのだ。

 それを手ですくい採ってしまうなんて、すごい能力だと思う。

 振り返ると、ユーメリナはすくい採った珪石を両手でこねていた。これもまた粘土をこねるように。


 珪石の融点はおよそ一七〇〇度。

 きっとリナ族は会得しているのだろう。珪石を粘土のように変形させるちょうどいい温度を。

 子供の頃から珪石をこねていれば、自然と身に付くに違いない。

 

「手でこねただけだから不細工だけど、できたわよ、お皿が」

 ユーメリナが手の中のものを岩の上に置く。

 それは綺麗に整形されていないとはいえ、正にガラスのお皿だった。

「まだ熱いから気をつけてね、タクミ」

 離れの窓からリナリナの声が飛んでくる。

「日本人の手は、この温度には耐えられないんだよ。覚えておいて、ユーメリナ」

 さらにユーメリナに忠告してくれた。

「えっ、そうなの? だからタクミの手はこんなに柔らかいのね」

 そして彼女は嬉しそうにタクミの手を取る。ユーメリナの手はすでに常温に戻っていた。

「うーん、柔らかい! ぷにぷにして気持ちいいい!」

 女性に「柔らかい」と手を握られる。

 普通は逆じゃないかと、悦に浸るユーメリナの表情を眺めながら俺は今日も複雑な気持ちに揺れていた。

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