ガラスの村

村長の娘、ユーメリナ

 リナの街の入口に着くと、辺りは暗くなり始めていた。

 夜の帳が降りるにつれて、街道の両側に点々と散らばる家が光り出す。

 ――家が光る!?

 いったいどういうことなのだろうと不思議に思いながら家に近寄ってみると、その理由が分かった。それぞれの家はレンガではなく、ガラスのブロックを積み上げられて造られていたのだ。すりガラスになっているので中は見えないが、家から漏れ出す光で街が照らされている。

 ――夕暮れのゆったりとした丘に散らばる、光を灯す家々。

 なんて幻想的な風景なんだろう。

「さすが、『ガラスの丘リナ』の名は伊達じゃない」

 こんな家や街は見たことがない。ガラスに長年関わってきた俺でさえも。

 この街でこれから起きる出来事に、俺の胸は踊り始めていた。


 リナリナの案内で、一行はまず村長の家を訪問する。

 村長というのだから大邸宅――と思いきや、周囲の家々とさほど変わらない。

 俺の肩から飛び跳ねたリナリナは、ドアノブの上に乗ってノックした。

 すると一人の若い女性がドアから顔を出す。


 黒い長髪に少したれ気味の大きな瞳。

 丸っこい鼻に薄い唇が愛らしい。

 年は二十歳くらいだろうか。自分より明らかに年上で、背も若干高い。

 水色のゆったりとしたワンピースに白いエプロンを付けているのは、夕飯の準備中だったのだろう。

 それよりも目を奪われたのは、彼女の豊かな胸。エプロン越しでもその存在を主張している。


 再び俺の肩に飛び乗ったリナリナが女性に声を掛ける。

「戻ってきたよ、ユーメリナ!」

 リナリナの声に導かれるように、ユーメリナと呼ばれた女性は俺の肩に目を向ける。そしてガラスのウサギに目を丸くした。

「まぁ、可愛い! ウサギにしてもらったのね、リナリナ」

 するとリナリナはぴょんとユーメリナに向かって飛んだ。彼女が慌てて出した左手の上に着地する。

「今回ボクが連れてきたのはこの人。名前はタクミ。このウサギもね、タクミが作ったんだよ!」

「へえ〜、今年はずいぶん若い人を連れてきたのね。というか、これ軽っ! ホントにガラスなの!?」

 ユーメリナは丸くした瞳をさらに大きくする。

 そしてリナリナに目を近づけて、まじまじと観察し始めた。

「すごい技術でしょ? これなら村長さんも喜んでくれるよね?」

「もちろん。これを作れる人なら、パパも大喜びだわ」

 するとユーメリナは姿勢を正して俺を向き、右手を差し出した。左手にリナリナを乗せながら。

「自己紹介が遅くなってごめんなさいね。私はユーメリナ。リナの村長の娘なの」

「俺の名前はタクミ。日本から来ました。よろしくお願いします」

「えっ、日本?」


 まただ。

 ルミナもそうだったが、彼女もまた「日本」という単語に顔を強張らせた。

 この世界と日本との間には、何か因縁みたいなものがあるのだろうか?

 するとルミナの時と同様に、リナリナがフォローしてくれる。


「タクミは大丈夫だよ。だってこんなに薄いガラス細工を作れるんだよ。実力は折り紙付きだよ」

「本当にこれを彼が作ったのであれば、ね」

 その言いぐさにカチンと来る。だから思わず宣言していた。

「そんなに疑うのなら、明日実演しますよ」

 表情にも不満が滲み出てしまったのだろう。ユーメリナと名乗る女性は表情を崩し、謝罪しながら再び俺に右手を差し出した。

「疑ってごめんなさいね、タクミ。二年くらい前のことなんだけど、リナリナが日本から連れて来た人がいたの。その人、見掛け倒しで大変な目にあったのよ。でもこれを作れる人なら問題ないわ」

 そういう事情があるなら仕方がない。いずれ実演して、ガラス細工の実力を認めてもらわなくちゃいけないなと思いながら、彼女と握手する。

「んっ!?」

 ユーメリナの手の感触に驚く。

(なんて硬い指なんだ!?)

 それはまるで、石で造られているよう。ルミナの手も硬かったが、ここまでではなかった。

「まぁ、柔らかい!」

 同時にユーメリナも驚いていた。

 そして握手を何度も繰り返す。

「タクミの手ってなんて柔らかいの!? ずっと触っていたい……」

 初めて会った女性に手を撫でられる。もちろん俺にとっては初めての体験だ。

 修行ばかりで女性に接する機会がほとんどなかったから、うっとりとするユーメリナの表情になにか複雑なものを感じていた。

「村長さんは在宅?」

 リナリナが訊くと、はっと我に返ったようにユーメリナは手を引っ込めた。よほど俺の指の感触が良かったのだろう。ほんのり頬も赤くなっている。

「どうぞ中へ。父にお会い下さい。その間に夕食の準備をしますね」

 こうして俺は、リナの村長と会うことになった。


 村長は、白い髭を蓄えた優しそうな人だった。

 彼もリナリナを見て目を丸くする。

「これを? 君が!?」

 その言葉は、俺の実力が一瞬で村長に認められた証拠。

「ぜひこの技術を、リナに広めてほしい」

 その依頼を俺も承諾する。もともとそのつもりでリナに来たのだから。


 村長との会談が終わると、夕食に呼ばれることになった。

 初めての異世界体験でお腹はペコペコだ。

 テーブルを囲むのは村長夫妻と娘のユーメリナ、そして俺の四人。もちろん食器は皿からスプーン、フォークまですべてガラス製だった。

「明日からのタクミさんの案内をユーメリナに任せる。タクミさんも、ユーメリナに何でも訊いて欲しい」

 村長の提案に、ユーメリナが静かに会釈する。

「よろしくね、タクミ。あと当分の間、うちの離れに住んでもらうわね」

 エプロンを外したユーメリナも可愛らしい。お母さんと一緒に作ったという夕食も、おかわりしたくなるほど美味しかった。

「よ、よろしくお願いします!」

 明日からのリナでの生活。俺の胸も希望で一杯になった。

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