二つの村

 ルミナの後ろについて五分くらい歩くと、鍾乳洞の出口が見えてくる。

 眩しさでくらんだ目が慣れてくると、出口の前には深い森が広がっていた。

 鍾乳洞からは先ほどの池を水源とする小川が流れ出て、出口では小さな滝となってせせらぎを形成している。この流れが、目の前の森を潤しているのだろう。

「ここから西に少し歩くと魔王城が見えてくるから、そこまで案内するわ。リナリナなら、その先の道は分かるよね」

 ルミナの提案に、リナリナは鍾乳洞を振り返った。

「うん、それでいいよ。それにしても結晶の森にこんなところがあるなんて、ボク知らなかったよ」

「ここはね、ジオ族の中でも数人しか知らないの。だからリナの人には内緒だよ? 私のお気に入りなんだから」

「わかったよ、ルミナ」

 鍾乳洞の中では分からなかったが、ルミナはゆったりとしたサロペットデニムにトレッキングシューズという恰好だった。


 というか、ジオ族とか結晶の森って何だろう?

 しばらく歩くというのなら、その間に詳しく聞いてみたい。


「ねえ、二人に教えて欲しいんだけど、ジオ族とか結晶の森って何?」

 するとリナリナがぴょんと飛び跳ね、俺の肩の上に乗る。

「この地方にはね、二つの村があるんだ」

 二つの村?

「魔王城を挟んで西の海沿いの村が『ガラスの丘リナ』、東の森の村が『結晶の森ジオ』なんだよ」


 ――ガラスの丘リナと、結晶の森ジオ。

 二つの村が隣接する世界。

 それにしても『ガラス』と『結晶』だなんて、なんとも対照的な取り合わせだと俺は思う。


「二つの村の間に境界はなくて、ポツンと魔王城があるだけなんだ。そして、ここは『結晶の森』。ボクは『ガラスの丘』に行こうとしたんだけど、間違ってこっちに来ちゃったみたい」

「リナリナってそういうとこ、あんだよね~」

 ルミナが振り向きながらリナリナをからかう。

「だから、それは言わないで」

 リナリナがちょっとだけ赤くなった。

「それでジオ族というのは?」

「リナの住民がリナ族、ジオの住民がジオ族。ボクはリナのガラスの精霊だけど、ルミナはジオ族の女の子なんだ」


 ――リナ族とジオ族。

 住んでいる場所が違うだけなのだろうか?

 ルミナの人差し指の爪が真っ赤だったり、炎を出せることも気になっていた。


「リナ族はね、素手でガラスの細工ができるの。一方、私たちジオ族は、素手で結晶を育成できる」

「ええっ!?」

 ルミナの言葉に俺は自分の耳を疑った。

 ――ガラス細工と結晶育成。

 それが素手でできるとは!?


「ガラス細工も結晶育成も一〇〇〇度を越える熱が必要なんだよ。それが素手でできるって、どういうこと!?」

 俺が目を丸くしても、リナリナもルミナも当たり前という顔をしている。

「だからそういうことなんだよ、タクミ。ボクたちリナ族は、両手を二〇〇〇度まで加熱して、ガラスを熔かすことができるんだ」

「一方ジオ族は、両手を二〇〇〇度まで加熱してその中で爪と同じ結晶を育成することができるの。残念ながら私には無理なんだけどね」

 そう言いながらルミナは右手を上げて爪を見せる。

「ほら、私の爪は人差し指だけなの、結晶で出来ているのは。結晶を育成できるジオ族は、すべての爪が結晶でできてる人だけ」

 そしてルミナはうつむいた。

「私はね、ジオ族の出来損ないなの……」


 一行はどんよりとした雰囲気に包まれる。

 そんなルミナに掛ける言葉が見つからない。彼女がどんな風に育ってきたのかが想像できるから。

 学校にも行けず、ガラス細工だけで生きてきた異端児の俺には、それが痛いほど伝わってきた。


「でもね、ルミナはその指先から炎を出せるんだよ」

 暗い空気を破ったのはリナリナだった。

「炎を出せるって、他のジオ族には出せないの?」

 俺が訊くと、ルミナは顔を上げる。

「うん。他の人にはできない。きっと結晶を育成するための力が、右人差し指だけに集中しちゃったんだわ」

 そしてルミナは右人差し指を顔の前にかざす。

 ――美しい紅の結晶。

 俺はその素材が気になっていた。


「もしかして、それってルビー?」

「正解。やっぱりすごいね、タクミは。一発で当てちゃうなんて」

 驚きの表情を見せるルミナに、つい照れてしまう。

「ほら、ガラスも結晶もどちらももともと石だろ? 急に冷やすとガラスに、ゆっくり冷やすと結晶になるんだ。だから時間がかかる結晶ってすごいなって、前々から思ってたんだ」

 するとルミナは、自分のルビーの爪を見つめる。

「ホントはね、全部の爪がルビーで生まれてきたら良かったんだけどね。そしたらこの手の中でルビーが育成できるのよ。イメージ次第でどんな形にもできちゃうんだから」

 それはすごい、とタクミは思う。

「もしかして、ルビーのウサギも作れちゃう?」

「訓練次第ではね」

「へぇ……」

 

 ――ルビーのウサギ。

 そんなものが作れるのなら見てみたい。

 紅く輝くウサギを想像して上の空になった俺を見て、ルミナは再び下を向いた。


「やっぱり、そういう女の子の方がいいよね……」

 助け舟を出したのはリナリナ。

「全くタクミは!」

 そして肩の上から俺の首筋をつつき始める。

「痛たたた。やめろよ、リナリナ」

「反省するのはタクミの方だよ。乙女心がわかってないんだから……」

 俺は「ゴメン」と謝りながら、ルミナの人差し指に手を伸ばす。

「ちょっと触ってもいいかな?」

「えっ? い、いいけど……」

 興味の方が勝ってしまった俺は、許可をもらえたことが嬉しくなり、女の子で指であることを忘れて彼女の人差し指の観察を始めてしまう。

「やっぱすごいよ、爪がルビーなんて。この指にすべてのパワーが集まるんだろ?」

「うん……」

 ――炎を出せるルビーの爪を持つ人差し指。

 二〇〇〇度に耐えられるというその指は、石のように硬かった。そうでなければ溶けたり燃えてしまうのだろう。


「見えてきたよ、魔王城!」


「これが魔王城……?」

 俺はルミナの手を放し、魔王城に目を向ける。

 そして思う。想像していたものと全く違う――と。

 魔王城と呼ばれたその城は、決してまがまがしいものではなく、物語の主人公が住んでいるような美しいお城だった。

「魔王様、元気かな……」

 城を眺めながらうっとりするルミナの呟きに、俺は自分の耳を疑う。

「元気かなって、魔王だろ? 恐くないの?」

 すると突然、リナリナが笑い出す。

「そんなに顔を引きつらせなくてもいいのに、タクミ」

「笑うなよ。リナリナだって恐くないのかよ? だって魔王だよ。城には魔獣もいるんだろ?」

「ちょ、ちょ、ちょっと、タクミは何か勘違いしてない?」

 今度はルミナが俺の顔を覗き込む。

「ここの魔王様は、魔法が得意なイケメンの王子様で、あの城に一人で住んでるんだから」

「えっ!?」

 俺は絶句する。

「ちょっと確認したいんだけど、タクミはどんなイメージを持ってるの? 日本って国にも魔王様がいるのよね?」

 ルミナに訊かれてて俺は考え込む。

 魔王という言葉を聞いたことはあるが、そんなに詳しくはないから。

「日本に魔王はいない。アニメやマンガだけの話なんだ……」

 師匠と一緒に日本全国を渡り歩いていたから、アニメや小説に触れる機会はほとんどなかった。あるのは各地の宿に置いてあるマンガだけ。

「マンガの中の魔王って悪いやつなんだ。悪魔の王様で、魔獣を操って世界を滅ぼそうとしてる」

 するとリナリナが納得したような口調で答えた。

「そっか、日本じゃ魔王様ってそんな存在なんだ。だからボクが去年連れて来た青年も魔王城って聞いて青ざめてたんだ。まあ、そんなことはどうでもいいんだけど、ここの魔王様はとってもいい人なんだよ。悪魔の王様じゃなくて、魔法の王子様だもんね」

「魔王様って女の子の憧れなんだから……。魔王様に認められて、魔王城にお嫁に行きたいって」

 うっとりと城を見つめるルミナ。

 魔法の王子様だから魔王という説明を聞いて、ちょっと理解できたような気がする。

「それにね、毎年魔王カップが開かれてて、勝った部族には豊作の魔法をかけてもらえるのよ」

「だめ、ルミナ。それってまだ内緒なんだから」

「ゴメン、リナリナ……」

 リナリナのツッコミに、ルミナはペロッと舌を出す。

 その仕草はとっても可愛らしかったが、俺はなんとなく察した。その魔王カップに出場するために、俺は招待されたのではないか――と。

 でも、突然やってきた青年がいきなり出場できるわけがない。

 ガラス細工で勝負なら、出場できる自信はあるけど……。


「ありがとう、ルミナ!」

 道の分岐に着くと、リナリナがルミナにお礼を言う。

 もう陽は傾き始めていた。魔王城が境界というのであれば、リナまでの道のりはまだまだ長いのだろう。

「じゃあね、リナリナ。タクミも頑張ってね!」

 別の道を進むルミナが、俺たちに向かって手を振る。

 ここから西側が、これから向かうガラスの丘リナ。そして東側がルミナの住む結晶の森ジオという。

「今日はありがとう。今度ゆっくりルビーを見せてね!」

 ルミナに手を振る。

 こうしてやっとのことで、俺とリナリナは『ガラスの丘リナ』に入ったのだった。

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