赤髪の少女、ルミナ
光の眩しさで目を閉じると、俺の体は浮遊感に包まれる。
その刹那、どしんとお尻から地面に落下。
ゆっくりと目を開けると、そこは暗闇の世界だった。
「真っ暗だよ、リナリナ。君の故郷は今、夜なの?」
それになんだか肌寒い。お尻も冷たく、周囲全体が湿っている感触に困惑する。確か日本は夏だった。
「いや、リナも今は昼間のはずなんだけど……」
リナリナがぴょんぴょんと辺りを飛び跳ねる。青白き光を放ちながら。
その薄っすらとした光で見える情報から判断すると、今居る場所の周囲は岩に囲まれているようだ。
「あっ、あーーーっ!」
試しに宙に向って声を発してみる。
すると、周囲から直ちに音の反射が返ってきた。
肩にかけたバッグを押さえながら立ち上がると、踏み出した右足でぴしゃりと水の音がした。
それらが示していることは――。
「もしかして洞窟の中なんじゃないの? リナリナ」
「そうかもね。ちょっと調べてみるよ」
リナリナはぴょんぴょんと岩を伝って跳んでいく。
すると突然、前方の暗闇のから怒りを帯びた声が飛んで来た。
「ちょっと、誰? あんたたち、うるさいよ!」
そしてボッと赤い色の炎が灯る。十メートルほど前方に。
ゆっくりと近づいてくる炎。
声の主をほのかに照らしながら。
それは赤い髪の少女だった。
太めの眉、切れ長の瞳。
通った鼻筋に、唇はキッと結んでいる。
ショートの赤髪の先端はゆるくカールして、ゆったりとした長袖のラウンドネックに身を包んでいる。
それよりも驚いたのは、彼女が体の前にかざす右手の人差し指だ。
真っ赤な爪の先から、同じく真っ赤な炎が揺らめいていた。
「久しぶり、ルミナ!」
リナリナが嬉しそうに飛び跳ねる。
「その声は……リナリナ?」
怒りをまとっていた少女の表情が緩んだ。
するとリナリナは岩伝いに飛び跳ねて、ルミナと呼ばれた少女の左の掌に乗った。
「何? 今はウサギやってんの?」
「これ、タクミが作ってくれたんだよ。ガラス職人で、リナのために日本って国から一緒に来てくれたんだ」
「日本!?」
その単語を聞いた少女の表情が、一瞬にして強張った。どうやら彼女にとって「日本」はNGワードらしい。
「大丈夫だよ、ルミナ。タクミはちゃんとした職人だから」
「本当?」
「本当だよ。もうあんなことにはならないよ、ボクが保証する」
「保証するって、リナリナだって会ったばかりなんでしょ?」
「まあ、そうだけど……。とにかくボクの体を見てよ。そうすればルミナにだってタクミの凄さを納得してもらえると思う」
すると少女は、眉をひそめながら左手のリナリナを舐め回すように観察し始めた。
「まあ、可愛くはできてるよね」
いやいや、「くは」って何だよ、「くは」って。
猛烈に抗議したい。が、俺はぐっと我慢する。得体の知れない初対面の少女を怒らせるのは得策ではない。
「可愛くはじゃなくてめちゃくちゃ可愛いよ。ボク、しばらくはずっとこの体でいるつもりだから」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか、リナリナよ。
「ていうか、薄っす。どうやったらこんなに薄くガラスを加工できるのよ」
「それを教えてもらうためにタクミを呼んだんだよ。すごい技術だよね」
「確かに。本当に彼がこれを作ったのなら、ね」
「まだ疑ってるの?」
「そりゃそうよ。前回、あんなことがあったんだもん……」
どうやら俺がこの世界に招待された背景には、いろいろと過去のしがらみが関係しているらしい。
それよりも「本当に?」なんて言われて黙っていられるわけがない。俺はゴホンと一つ咳払いした。
「そんなに疑うなら、今ここで作ってやってもいいぜ」
ガラス細工に必要な道具も材料も今ここに揃っている。
真っ暗な洞窟内であるのが気になるが、バーナーを灯せば明るくなるし、そもそもガラスのウサギくらいなら目をつむっても作ることができる、はず。
少女の視線が俺を捉える。
その瞳からは邪魔者を蔑む光は消え、尊敬にも似た潤いを帯びていた。
「さっきはゴメン。思わず怒鳴っちゃって。このガラス細工はすごいわ、感動しちゃう。後でゆっくり見たい、これを作るところを」
少女が俺に向かって一歩踏み出した。
「私はルミナ、ジオ族の娘。よろしくね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます