第12話 アルサイダー商会へようこそ!

 

 ◇◇◇


「やあ、目が覚めたかい?」


 人の気配を感じうっすらと目を開けると枕元に男性が座っていた。精悍な顔立ちに鍛え抜かれた逞しい体つきの男性だ。


(いけない、すっかり寝入ってた……)


 何とか起きあがろうとするが、目眩がして体をうまく動かすことができない。なぜか頭がガンガンする。


「大丈夫。そのまま寝てていいよ。君は熱を出してね。医師は疲れからくるものだからしっかり休めば心配いらないと言っていた。初めましてジーク。娘が世話になったね。私はソフィアの父親のガイル・アルサイダーだ」


「アルサイダー商会の……」


「知っているなら話が早いね。ここは王都にある私の屋敷だ。安心して休むといい」


「どう、して……」


(見ず知らずの子どもを助けようとするんだろう……何か、目的が……)


「今は何も考えずに休むんだ」


 力強い声で優しく諭すように言われると体の力が抜けた。また意識が遠のいていく。どうやらかなり熱があるようだ。額に乗せられたヒヤリしたタオルの感触が心地よかった。



 ◇◇◇



 それから数日後、ようやく熱の下がった私はなぜかアルサイダー商会で働かせて貰えることになった。屋敷に部屋を与えられ、メイドのタバサの元で下働きの仕事を学ぶ。


 もちろん今まで家事はおろか、自分の身の回りの支度すらしたことのない私には何もかもが初めての経験だ。


「ここに集まってくる連中は仕事を無くした人や国を追われた人、孤児なんかも多くてね。皆何かしら事情があるもんさ」


 そうやって手際良く私に台所仕事を教えてくれるタバサは、他国で奴隷商人に捕まりこの国の貴族に売り飛ばされたらしい。命からがら逃げてきたところをガイルに助けられたと聞いた。


「旦那様が拾ってくれなきゃ今頃わたしゃ死んでたね。国に残してきた子供がいるのさ。金を貯めて絶対に帰るんだ」


 そう言って前を向く彼女の顔にすでに悲壮感はない。


「俺は昔罪を犯してね……身分違いの恋さ。手に手を取って逃げて逃げて、ここに流れ着いた」


 そう言って笑った庭師のエバンはいつも愛する妻と一緒にせっせと庭仕事に励んでいた。時折作業の手を止めて微笑み合う二人は、見ているこちらのほうが照れてしまうほど仲むつまじい。


(皆いろんな事情を抱えてるんだな……それでも……ここに居場所を見つけたんだ……)


 ――――私には帰らなければならない場所がある。この人達とは違う。早く城に戻らなければならないことは分かっている……。


 突然の王太子の失踪で今王宮はどんな騒ぎになっているのか。想像するだけでも恐ろしい。


 それでも、城に戻ることが怖かった。大好きだった人達に憎しみの眼差しを向けられることが恐ろしかった。私が訴えたら叔父上や叔母上はどうなってしまうのか。処刑は免れないだろう。


 父上は……私を心配しているだろうか。母上が亡くなって、父上はすっかり変わってしまった。話しかけても目も合わせてくれなくなった。私は……父上に疎まれているのかもしれない。


 不安で胸が押しつぶされそうになる。叔父上はどうして私を殺そうとしたのか。もしかして、父上が私を疎ましく思って?いや、まさか、そんなはずは……


 このまま、何も無かったことにして、王太子の地位も何もかも投げ出して逃げてしまいたい。


 それはとても身勝手で卑怯なことだと分かっているのに……それに、母上はどうなるのだ。殺された母上の恨みを晴らさなければ……


 考えれば考えるほど動けなくなった。


「ジーク!……ジーク?どこ~?」


 訳の分からない焦燥感に押しつぶされそうなとき、いつも私を救ったのは小さなソフィアの存在だった。


 あれから毎日のようにソフィアは私の元を訪れるようになった。植え込みの陰からふわふわした金髪の頭がひょっこり顔を出すと自然と笑みがこぼれた。


「あらら、またジークに会いに来たのかい?お勉強はちゃんと済んだんたろうね?サボってるとアリサさんに叱られちまうよ」


「あのね、ソフィア勉強終わったからジークと遊ぶの」


 そういうと嬉しそうに抱きついてくる。スリスリと腕に頬ずりしてくるほっぺたが柔らかくて、思わずつっつきたくなるほど可愛い。


 遊んであげたいけど今は仕事中だしなぁ……困った顔をするときらきらした真っ直ぐな目で見つめ返される。断ることなどできない。


「ソフィア様、私はまだ仕事がありますから……もう少し待っていただけますか?」


「だめ?ソフィアいっしょうけんめいお勉強したのに?」


 うるうるした目で見られるとどうにも弱い。小さな子に意地悪をしている気分になってしまう。


「おやおや。ちゃんと頑張ってえらいね!ジーク、悪いけどお嬢さんの遊び相手を頼めるかい?」


「いいんですか?」


「もちろんさ!それにね、あんたもちょっと頑張りすぎだよ。急に一人前になろうとしなくたっていいんだ。子供は遊ぶのも仕事のうちさね」


 くしゃくしゃっと髪を撫でてくれるタバサの手は大きくて温かい。


「ありがとうございます。じゃあソフィア様、今日は何をして遊びますか?」


「お姫様ごっこして遊ぶの。ジークがお姫様でわたしが王子様なの」


「え?私がお姫様ですか?ソフィア様がお姫様じゃなくて?」


「ジークはとっても綺麗だから、お姫様なの」


「ははっ……」



 ――――――そう言えばこの頃からすでにお姫様役をやらされてたな……


 たまに理不尽なこともあったが、アルサイダー商会で過ごす日々はただただ平和だった。


 そう、あの時までは……

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