第13話 王族の矜持
◇◇◇
私は信じていた。王族や貴族は特別な人間だと。民を正しく導き、民のために尽くすのが王族や貴族たるものの崇高なる務めだと。
そんな甘っちょろい考えが粉々に打ち砕かれるのにそう時間は掛からなかった。
アルサイダー商会には様々な人が働いていた。そして、中には信じられないような凄惨な経験をしてきた人たちも少なくなかった。
あるとき仕事先からガイルが連れて帰ってきた子ども達もそうだった。
「こ、この子たちはどうしたんですか?」
冬なのに裸足でボロボロの服を纏い、やせ衰えた子ども達。どの子も怯えた目をして小さく震えていた。
「ああジーク、とある貴族のお屋敷から使用人を引き取って欲しいと連絡があってね。いま連れて帰ってきたところなんだ。この子たちの面倒をみてやってくれるかい?」
ガイルが言うと弾かれたように顔を上げ、必死にすがりついてくる子ども達。
「お願いします。なんでもします。なんでも言うことを聞くからぶたないで……」
「私はきっとお役に立てます。まだ働けます。だからどうか追い出さないでください」
やせ衰えた体には縛られたような痕や体中を鞭で打たれたような痛々しい傷が残っている。
「誰が、一体こんなことをっ」
怒りに震える私にガイルは悲しそうに告げた。
「残念だけど、この子たちみたいな酷い目に遭う子は後を絶たない。孤児や貧しい家の子が多いが、中には親が金を貰って子どもを売り飛ばすケースもある。この子たちは命のあるうちに保護できて良かった。死ぬまでいたぶられることもあるからね……」
ガイルの言葉に息を飲む。
「ここにはね、そんな子ばかり集まってるんだよ」
そう言うと、ガイルは恐怖に震える子ども達を一人ずつ抱き締めた。
「大丈夫。ここは安全だ。だから、安心していいんだよ……僕は君たちを殴らない。ここにいる皆が君たちの味方だよ。良く頑張ったね。もう安心だ」
ガイルの言葉が信じられずに怯えた目で見つめる子ども達。そんな子ども達にガイルは何度も声をかける。
「さぁ、温かいお風呂に入ろう。食事も用意してるよ。新しい服も靴もある。傷の手当てをしたら今は何も考えずにゆっくり休むんだ」
ガイルがなぜ自分をすんなり受け入れてくれたのか分からなかった。しかし、このときようやく納得できた。
ガイルにとっては、自分もこの子たちも、同じように保護すべき傷ついた子どもに過ぎなかったのだ。
ガイルは優秀な商人だった。そしてそれ以上に優れた人格者だった。彼から学ぶべきことは本当に多かった。
◇◇◇
ガイルの元で働くようになってから色々なことを知ることができた。医療、教育、福祉、ありとあらゆる公的な援助のほとんどが上に立つ貴族たちによって当たり前のように横領されていること。そしてそのせいで十分な支援を受けられずに苦しむ人達がいることも。
なにより、そのほとんどに、ガライアス叔父上を支持する貴族や王族が関わっていたことは衝撃だった。
彼らはそうやって自らの支持者を増やしていったのだ。堕落した貴族たちは、金と享楽を引き換えに貴族の誇りや忠誠心を売り渡した。
その腐敗は着々と王宮内部にまで広がっていた。驚くほど多くの貴族が不正に手を染め、ガライアス叔父上を支持していたことがわかった。
良識あるものたちは片隅に追いやられ、腐敗した貴族が中央で力を持って行く。あのまま王宮に留まっていればやはりいずれ殺されていただろう。
腐敗は澱のように溜まり続け、そのしわ寄せはすべて民衆に跳ね返る。
毎夜繰り返される豪奢なパーティーの裏側で、一杯の粥も飲めずに死んでいくスラムの子供たちがいる。孤児院の子どもたちは冬でも粗末な穴だらけの服を着て、冷たい床の上で眠る。
正さなければ。私が王族であるために。叔父上と叔母上をこのまま野放しにしておくことはできない。
泣きながら決別を誓ったあの夜を忘れない。
証拠はすぐに集まった。他ならぬアルサイダー商会にいたおかげで。虐げられていた人たちから証言を集め、貴族の不正を暴き、資金源を突き止めたら裏から手をまわして念入りにつぶしていく。
不正な金の流れを止めれば面白いくらいに弱体化していく貴族たち。才覚もなく、ただただ搾取して浪費することにだけ労力を費やしてきた彼らには、傾いた家を立て直すこともできない。
金が無くなれば金を借りることで一時的にしのげるだろうと短絡的に考え、借金を膨らませていく。
こうして私は十年の歳月をかけて、腐敗した貴族たちの弱体化に成功した。富も領地も、奪えるものはすべて奪い、彼らは名ばかりの貴族へと成り下がった。
特にシリウス伯爵家には念入りに攻撃を仕掛けておいた。バーバラ叔母上の度重なる散財によってすでに疲弊していたシリウス伯爵家は、もはや貴族としての体面を保つのも難しいだろう。
後は、叔父上と叔母上を公の場で糾弾するだけ。
それできっと全てが終わってしまうのだろう。
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