20 動き出す
葵にめちゃくちゃ疑われたため、目の前にいる真宵が本当に本物だと説明しながら、それぞれの近状を報告し合う事になった。
未莉澄、るるとはアクシデントによりはぐれてしまい、菫に関しては途中で別行動になった事を話した。
葵によると、二人の少女(聖薇と萌桃)が気絶している理由は、爆発したからとの事。……いや、聞いても分からない。どういう事? 聖薇は途中で出会った恐らく一般の人で、萌桃は真宵の仲間のようだ。
「ところで、この世界の秘密って結局何だったの?」
葵がそう聞くと、真宵は首を振りながら固く口を閉ざす。どうやら、最速クリア者である凛花、有奏、星那にしか話す気はなかったらしい。何度も聞こうと粘っていたが、真宵が言葉を発する事はなかった。仕方なく凛花が代わりに話そうとして、ちらりと真宵を見る。特に止められもしなかったため、自分の口で言いたくなかっただけなのだろう。……多分。
沈黙という名の許可が降りたので、真宵から聞いた事を今いる人達全員に向けて話す事にした。丁度このタイミングで、気絶していた聖薇と萌桃もはっと目を覚ました。天使や獣人、悪魔がこの世界にいるらしいという話を聞いて、驚きの声を上げる人もいれば、特に何とも思ってなさそうな人もいた。
「いいな〜! 我、悪魔に会いたい!」
「ええっ!? た、多分危ないからやめといた方がいいんじゃ……」
「じゅーじんって、なあに?」
「確か、半分人間で、半分犬や猫みたいな人の事だったはずです」
聖薇はこの話に興味津々の様子だった。葵はこの話を信じていないらしく、聖薇や萌桃の世話に手を焼いていた。
正直凛花は、あまりこの話を信じていない。確かに非日常的な事は多く起こる場所だが、そもそも敵である人の話だし、そう簡単に信じる事は出来ない。先程は聞きそびれてしまったが、有奏にこの話を信じているのか聞いてみる事にしよう。
「有奏は、天使とか悪魔みたいな種族がここにいる事って信じてる?」
「う〜ん……おとぎ話ではよく聞く話だけど、架空の話でしょ? そんなのいる訳ないよ。でも、お仕え天使もいるし、私は天使の知り合いがいるから、天使は信じてるよ」
「あはは……やっぱりそうだよね。……って、え?」
さすがの有奏でも、この手の話は信用していない……と思ったら、意外な事実を知る事になった。その場にいた全員が、パッと有奏の方へ顔を向ける。
「天使に会った事あるの!?」
「あるよ? でも、今は行方不明になっちゃったから、どこにいるか分からないから紹介出来ないんだ」
その話を聞いて、聖薇が「いいな〜!」と目を輝かせている。他の面々も驚いていて、真宵だけがにこにこと笑っていた。
ふと、迷宮の挑戦者が半分程いるのに迷路はそのままなことに気づき、凛花が疑問を口にする。
「……というか、私達もう迷路クリアしてるんだから、迷路なくしても良くない?」
「まだ来ていない方がいますから〜」
「意外と厳しいんだね」
真宵は、全員がゴールするまで元に戻す気はないらしい。残りの人達を待つ間が暇すぎて、聖薇と萌桃に関しては意気投合して遊び合っている。
「そういえば、ここってどこなの?」
「あら、言ってませんでしたわね〜。ここはわたしのアビリティで一時的に迷路になっているだけですから、元に戻せばホープスの皆さんのアジト近くに戻されますよ〜」
「つまり、アジト周りの森って事?」
「はい〜」
アジト周りの森は、実は意外と広い。真宵の力もあるだろうが、それにしても壮大すぎる迷路である。辺りを見回してみると、言われてみればここの周りの木々はよく見るものばかりだった。
他の面々は、聖薇と萌桃を見守ったり、真宵と他愛のない話をしたりして時間を潰している。
凛花もおいで、と言わんばかりに、有奏が真宵達の方へと手招きする。まあいいか、と凛花も他の人達が合流するまでの間、話に混ざる事にした。
「……それじゃあ、君もこの迷路で迷っちゃったんだ」
「はいぃ……闇雲に走った私も悪いんですけど……」
菫が少女に事情を聞く限り、この子も巻き込まれた一人のようだ。少女は初対面の菫に少し警戒しているようで、びくびくしながら話を進めている。
「あ、あの、貴方はどうしてここに?」
「最初は仲間といたんだけどね、何だか妙な気配を感じて、無理を言って別行動させてもらったんだ。それで気配を辿って行ったら、君に出会ったって事さ」
「そ、それじゃあ私がこんな所で一人でいなかったら、お仲間さんと今頃抜けられてたはずじゃ……ご、ごめんなさい〜!」
「いやいや、謝らなくていいんだよ!?」
どうやらかなり情緒不安定のようで、ちょっとした事でも泣き出してしまう。さすがの菫でも、どうしたらいいか分からず焦っている。
「と、とりあえず、僕と一緒に迷路を進まない?」
「え……? むしろいいんですか?」
「流石に、君一人を置いてはいけないから。もちろん、嫌だったら断ってくれていいよ。……どうかな?」
菫の言葉に、少女はどうしようかと悩む。敵か味方かもよく分からないけど、今この人は自分に対して優しく接してくれている。何となく、危害を加えるような人ではない気がした。
それに、どっちみちここで一人野垂れ死にするのは嫌だった。それなら、この人と一緒に行動した方が断然いい。
「ご、ご迷惑でなければっ!」
「良かった、ありがとう」
菫はにこりと微笑んで、こっちに行ってみようと先導する。少女も菫の進む方へとついて行く。
「あ、あのっ」
「ん? どうしたの?」
「私、
菫は彗の方を振り向くと、少し驚いた表情をした後に笑って答えた。
「紫鏡菫。よろしくね」
暗い部屋の中に、アネスと莉子、そしてもう一人の人影が立っていた。アネスが人影に視線を移すと、その影が顔を上げる。
「……あの、じぶん何かしましたか?」
「いや」
「なら、何故呼び出されたのでしょうか……」
「お前に頼みたい事がある」
アネスが手に持っている本に指を差すと、人影ははて、と首を傾げる。持っていた本を開き、中をぱらぱらと捲る。
「……えっと、これが、何か?」
「お前の力で処分して欲しい奴らがいる」
その言葉に驚き、思わず目を見開く。再び本の中を覗き、戸惑うように話す。
「あの……じぶんのアビリティに、人を殺める力がない事はご存知ですよね……?」
「知っている。だが、その力を引き出す引き金がある事も、僕は分かっている」
「引き金……? それは、一体……」
「まだ知らなくていい。が、とにかく僕と一緒に来い。そこに処分する奴らがいるから、後はお前の描くシナリオ通りに殺れ」
少し考えた後、ペンを取り出して本の中にすらすらと何かを書く。しばらくした後、本をパタンと閉じた。アネスに目を合わせると、ゆっくりと頷く。
「描けました。人数調整も可能です」
その言葉に、アネスがニヤリと笑う。アネスが何処かへと続く空間を出現させると、莉子に視線を移す。莉子の隣には、黄色い髪をした少女──詩乃がいた。水色の瞳を不安そうに揺らし、アネスをじっと見つめている。
「お前は“あの部屋”へそいつを連れて行ってくれ。詳細は伝えた通りだ。何か変化があれば、遠慮なく連絡しろ」
「はい。分かりました」
その言葉を聞いた後、アネス達は空間の中へと消えていった。
ゴールに未だ辿り着けない二人──未莉澄とるるは、迷路の中で半ば彷徨っていた。手当り次第に進むせいで、全然抜け出せる気がしなかった。未莉澄にこっちだと先導された道は、行き止まりだった。
「……おい」
「いやマジでごめんって」
「何度間違えば気が済むんだ」
「迷路だししゃーないって」
「同じ道しか通ってないのはどこのどいつだ」
ずっと未莉澄と行動しているせいで、るるはストレスが溜まる一方だった。対して未莉澄は楽観的で、ろくに対策を考えようとしない。そして、いつにも増してウザイ。
最初は前向きだった。アクシデントの後だったし、少しばかりこういった事があっても許していた。……が、五回を超えた辺りから流石に許せなくなってきた。同じ道を三回も行き来した時は、どうしてくれようかとも思った。ちなみに、スタート地点に一度だけ戻った。その時は流石に手が出て、いつの間にか殴ってた。
「いや〜何でだろ〜ねぇ。植物達も教えてくんないし、自力で行くしかないんだけどさ」
「あの時少しだけ見直したボクが馬鹿だった。お前はこういう時に役に立たない」
「それほどでも」
「これが褒め言葉だとでも思ったか? クソ植物が」
真面目に話そうとしても、この調子である。いや、こいつに真面目とかいう概念ないか。
るるもいつものように罵倒しているが(?)、もちろん全く気にしていない。むしろ喜んでいるような気がしてならない。そういう趣味の持ち主かよ。
「はぁ……もういい。今度はボクが前を行く」
「おけおけ。んじゃ頼んだ」
意地でも自分が前を行こうとする未莉澄に押されていたが、意外とあっさり主導権を握る事ができた。だったら最初からこうすれば良かった。通った道はだいたい覚えているため、それを虱潰しにしていけばいけるはず。そう思い一歩踏み出した。
途端に、るるの動きがピタリと静止した。未莉澄が何事だと顔の前で手を振ったり、肩を揺らしたりしてみる。
「るる? おーい。どうした?」
しかし、それでも全く動こうとしない。るるの顔を覗くと、静止しているというより、生気が失われているような感じがする。目に一切の光がなく、動く気力を失っている……?
「……何だ、これ……」
未莉澄が顔を上げると、空に浮かぶ人影が見えた……ような気がした。
名も無き世界でみるものは 白井 みかん @siroi_mikan
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