19 迷宮の首謀者と秘密
ほとんど森みたいな場所の真ん中に、一人の少女が佇んでいる。風が吹く度に、ふわりと藍色のワンピースが揺れている。その人はまじまじと三人を眺めた後、にこりと微笑んでゆっくりとお辞儀をした。
「ふふっ、見つけてくれたんですね〜。おめでとうございます〜」
「あ、あの……あなたは?」
「わたしは蔵隠真宵って言います〜」
「えっ、貴方が!?」
目の前にいる人物が、蔵隠真宵だと言う。驚きの余り、凛花と有奏は声を上げる。星那は真宵を知っているので、特に驚く事もなく真宵を見据えている。しかし、有奏はじーっと音がするんじゃないかというくらい、疑い深くその人を観察した。
「うーん怪しい……ホントは偽物とかじゃないの? 更に奥に本物がいるとか?」
「え、そうなの? じゃあこの人は偽物?」
凛花は有奏と真宵(?)を交互に見ながら、首を傾げる。星那は「いや本物だから」と二人に呆れている。真宵(?)は自分が本物なのかを疑われる事を想定していなかったのか、片手を口元に当てて驚いている。
「あらら……わたし、疑われてますか〜?」
どうしましょう、と言いながら、真宵(?)はその場で考え込む。そして何かを思いついたかと思うと、くるくると回りながら手を翳していく。すると、あろう事か周りの地形が不自然に変化していく。ただの獣道だった所には新たな道が形成されていて、凛花達のいる場所は広い空間に変化していた。
「わたしのアビリティは『迷路』。小さな迷路から、このようなおお〜っきな迷路まで、色んな迷路を作れるんですよ〜。今のは応用で、元ある迷路に道を繋げただけですが〜」
信じて貰えましたか〜? と、三人に向けて再び微笑んだ。迷路を作り出したという真宵という人物、そして目の前の人物が今やって見せた事。完全に合致していた。
「ほ、本物だった……疑いすぎた……ごめんなさい……」
有奏はぺこりと会釈しながら、律儀に謝った。真宵は気にしていないようで、「大丈夫ですよ〜」と笑っていた。
「えっと……それよりも、なんでこんな事を?」
凛花がそう聞くと、真宵はそちらに視線を向ける。
「皆さんも知りたいですよね〜? この世界の秘密」
この世界の秘密。迷路を始まる前に、スピーカーの声が言っていた事だ。それを握っているのが、真宵だとも言っていた。
「御三方はこの迷路の最速クリア者ですから、無条件で教えてあげましょうか〜」
そう言って、真宵はくるりとこちらに背を向ける。一呼吸置いた後、淡々と話を始めた。
「この世界──名も無き世界にいるのは、人間だけだと思っていませんか〜? もちろん、最初に会うお仕え天使さんは除いて、です〜」
質問の意図がよく分からず、三人は首を傾げる。後ろを振り返り、三人の反応を見て薄く笑った。
「実は違うんですよ〜。名も無き世界にいる……暮らしているのは、人間だけではありません。では、他に何がいると思いますか〜?」
突然話を振られ、三人は戸惑う。星那は少し考えた後、「犬とか猫……?」と疑問形で答える。真宵は、合っているのか間違っているのか分からない笑みを向けている。
「お仕え天使以外の天使、獣人……そして、悪魔です」
その名前を聞き、凛花は驚く。架空上のものだと思っていた存在が、この世界に存在している……? いや……そもそも、最初に神に会ってたっけ、私。でも、正直神の事はまだ信じていない。胡散臭いし、あの人。
「そんな存在がこの世界にいる。そう考えると、怖くありませんか〜? だって、わたし達にとっては得体の知れないものなのですから〜。わたし達に危害を加えようとしてきたって、おかしくないんです〜。特に、悪魔なんかは」
悪魔。名前を聞いただけでも分かる、悪い存在を象徴する名称。もちろん、凛花は悪魔に会った事がないため、本当に悪い存在なのかは分からないが、その噂は悪いものばかりだという事は知っている。
「いくらわたし達にアビリティがあったって、所詮はただの人間です〜。もしかしたら、ひとひねりでえいってしちゃえば、わたし達を身体ごと粉砕してしまうかもしれませんし〜」
三人は静かに話を聞いていた。実際、それが本当なら有り得ない話ではないだろう。
「だから、世界を壊したいっていうネスさんの考えに、同意したんです〜」
そう言って、真宵はこちらを振り返った。その目は本気だった。
確かに得体の知れない存在がいるとして、怖くなるのは分かる。凛花も、話を聞いただけで恐ろしいとは感じていた。しかしだからといって、異世界ごと壊してしまおうだなんて。アネスはアネスで別の考えを持っているけれど、どちらにせよ賛成は出来ない。
緊迫した空気の中、真宵は思い出したように両手をパンと叩いた。
「ああ、クリア者が出たのですから、『シャダン』を解除しなくては〜」
真宵が両手をパチンと合わせると、『シャダン』を解除する。しかし、「あら?」と首を傾げて不思議そうにしている。
「わたし、『シャダン』を解除した覚えはないのですが〜……いつの間にか消えてます〜」
「あ……もしかして、私の『スキルケシ』が勝手に発動したんじゃ……」
その言葉通り、凛花は無意識に『スキルケシ』を発動してしまっていた。恐らく緊張状態にあったのと、敵がいつ現れてもおかしくない状況下で警戒していたからだろう。真宵に出会った時点で、既に発動していた可能性がある。
つまり、『テレパス』が使えるようになっているという事だ。有奏が試しに凛花へテレパスを使ってみると、しっかりと繋がった。純粋に疑問に思った有奏は、「というか……」と真宵に問いかける。
「どうしてわざわざ『シャダン』したの? テレパスで話す事くらい、許してくれてもいいと思うんだけど?」
「あら〜? 山では電波が届かないでしょう〜? だからですよ〜」
「山?」
何の脈略もなく山の話が出てきて、有奏は首を傾げる。真宵は気にすることなく、そのまま話を続ける。
「山は危険です〜。どんなに準備をしていても、はぐれてしまっては助かりませんから〜。助けを呼ぼうとしても、電波は繋がりませんし、そのまま誰にも見つけてもらえず……なんて事もありますから〜。実際そうでしたので、ここにいるんですけどね〜」
ふふ、と笑いながら話す真宵に、凛花達は少しばかり恐怖を覚える。話の流れからして、真宵は前世で山で遭難してそのまま……という事なのだろうか。
「えーっと、あの……な、何かごめん……?」
「あら〜? どうして謝るのかしら〜?」
「いや、今の話って……」
「昔の話ですよ〜。わたしは気にしていないので、謝らなくてもいいんですよ〜」
真宵は本当に気にしていないようで、にこにこと呑気に笑っている。先程まで真剣に話していた人物とは思えないくらいだ。本当にこの人は、異世界の崩壊を望んでいるのだろうか……?
まあひとまず、真宵が血の気の多い人じゃなくて良かった。戦いを挑んで来ようともしないため、それなりの常識はあるのだろう。そう考えていると、どこからか話し声が聞こえてきた。そちらの方を向くと、葵とろろがこちらへ駆けつけて来る所だった。二人の背中には、それぞれ別の少女が背負われている。
「あっ、凛花ちゃん達だ! 無事で良かった〜!」
「何とかゴール出来ましたね、葵ちゃん!」
葵とろろは凛花達の元へ駆け寄り、「怪我はない?」と心配そうに確認する。何事も無い事が分かり安心した表情を見せると、隣に星那がいる事にまず驚いた。
「ええっ!? どうして星那ちゃんが!?」
「わたしの事はどうだっていいでしょ?」
「まあその……流れで、ね」
混乱している二人が目をぱちくりさせていると、ようやく近くに真宵がいる事に気づいたようだ。
「ところで、その人は?」
「蔵隠真宵です〜」
「……え?」
葵の反応に、凛花達は呆れた表情をした。真宵だけはどうしてか本気で分かっていないらしく、首を傾げていた。
「当たり前の反応だよね」
「そりゃびっくりするわよ」
「あら〜……何故でしょう……?」
右手を道の端っこに添えながら、菫は迷路を進んでいた。時折きょろきょろと辺りを見回しながら、気がかりなことの正体を探る。何せ、道が迷路になっているため、近づいているのか遠ざかっているのかイマイチよく分からない。
(この辺りな気がする。何となくだけど、ここから人の気配が……)
それでも、警戒は怠らない。もし出くわした人がこちらに敵意を持っていたら。その上、複数人だったら……こちらに勝ち目はないだろう。それに、罠だってあるかもしれない。有奏達といた時はたまたま無事だっただけで、正解ルートから外れたら……なんて事も有り得る話だ。
ふと、気配のする方から、微かだが音が聞こえてくる。というより、これは。
(……誰かが泣いてる?)
恐る恐る近づいてみると、隅の方で蹲って泣いている少女の姿があった。
「……あの、大丈夫?」
「……え?」
少女は菫の声に驚いて、顔を上げる。アクアマリンのように澄んだ瞳が、菫を深く惹き付けた。ひゅうとそよ風が吹いて、水色の髪がふわりとなびく。
思えばこの時から、この出会いから、既に運命は進み始めていたのかもしれない。その事を、今の二人は知る由もない。……いや、知らない方が、幸せなのかもしれない。
差し出されていた菫の手に、少女の手が重なった。
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