17 自称悪魔の少女

 葵とろろは、一刻も早く迷路を抜け出すために歩みを進めていた。今の所罠などには引っかかっていないが、デスゲームだと言うのだから慎重に行動しなければならない。

「ワタクシ、迷路はあまり得意ではないのです。そもそも地図を読むのが苦手ですので……」

「うちもそこまで得意じゃないなぁ。でも、なるべく早く皆と合流したいよね! だから頑張ろ!」

「もちろんです! ふふっ、葵ちゃんがいると、とても心強いです」

 ろろは葵の手を両手で握り、にこっと微笑んだ。褒められた葵は、「それ程でもあるかも〜?」と頬を染めた。

 それから二人で試行錯誤しながら、迷路を進んで行った。途中で罠っぽいものには引っかかったが、ただ上から水が降り注いできただけで、特に傷を負った訳ではなかった。

 しばらく歩いていると、二人は迷路の真ん中で倒れている、黄色い髪の少女を見かけた。

「えっ……だ、大丈夫!?」

 慌てて葵が駆け寄り、少女が生きているかを確認する。もちろん身体があるのだから生きているのだが、ピクリとも動いていないため心配だった。

「んぅ……?」

 少女は赤い目を擦りながらゆっくりと起き上がり、辺りを見回す。近くにいた葵と目が合い、こてんと首を傾げた。

「ここどこ?」

「えーっと、ここは……マヨイの迷宮? だっけ? ……何か迷路みたいな、そんな感じの所だよ。あなたはどうしてここにいるの?」

「んー……なんでかなぁ? 思い出せない!」

「えっ、ええっ!?」

 葵はどうしよう、とろろに視線を向ける。ろろはしゃがんで少女に視線を合わせ、安心させるように微笑んだ。

「お名前は分かりますか?」

 ろろがそう言った瞬間少女は立ち上がり、厨二病のようなポーズをしながら二人の方を向いた。

「我は黒魔くろま聖薇せいら! 闇より現れし悪魔である!」

 辺りがしんと静まり返る。数秒フリーズした後、葵は素っ頓狂な声を上げた。

「へ? 悪魔?」

「ふっふっふ、悪魔だよ! カッコイイでしょ?」

「まあ、とってもかっこいいですよ〜」

「やったあ!」

 ろろは聖薇のペースにすっかりハマっており、ゆっくり立ち上がりながらぱちぱちと拍手を送っている。

「二人の名前は?」

「ワタクシは花風ろろです」

「う、うちは桔梗葵だよ」

「ろろ! あおい! よろしくね!」

 聖薇は無邪気な笑みをこちらに向けている。その性格からはとても悪魔とは思えないが、服装は全体的に真っ黒で、頭には青いリボンが着いていて、右目には傷跡があった。

 すっかり意気投合している聖薇とろろだったが、葵は先程のスピーカーの声を思い出していた。敵は確か合わせて三人いるはずだ。迷宮の中にいるのは、その三人とホープスのメンバー達だけのはず。とすると、目の前の人物は敵である可能性が高いのだ。

「ね、ねぇ聖薇ちゃん。聖薇ちゃんは、アンハピネスの仲間?」

「あんはぴねす? 何それ?」

 聖薇はきょとんとして、首を傾げる。まさかの反応に、葵も同じ反応をしてしまう。ホープスの事も知っていたし、この迷宮はアンハピネスのメンバー達によって作られたものだと思っていたのだが、違ったのだろうか。

「ねえあおい! さっきここが迷路だって言ったよね!」

「え、うん。言ったけど……」

「楽しそう! 我この迷路やりたい!」

「へぇ!?」

「あおいも一緒に行こー!」

「ちょっ、待って聖薇ちゃん!」

 聖薇に手を引かれ、葵は無理矢理連れて行かれてしまった。ろろは微笑ましい様子でそれを見ながら、小走りで二人の後を追いかけた。

 迷路を辿りながら、葵は聖薇について色々と聞いてみる事にした。こんなに幼い子を疑いたくはないが、ここにいる時点で少し怪しい所はある。後、悪魔を自称している点もちょっとだけ怪しい気がした。ただの厨二病だという可能性は否めないが。

「聖薇ちゃんは、いつここに来たの?」

「いつ? わかんないけど、最近だと思う!」

「あそこに倒れる前の記憶はある?」

「ううん、わかんない。気づいたらここにいて、あおい達がいた!」

 この話が本当だとしたら、聖薇はマヨイの迷宮に巻き込まれた一般人という事になる。ホープスを招待したとは言っていたが、一般人を巻き込んでないとは言ってない。

 ……そうなると、この迷路、実はとんでもなくヤバいのでは?

「ろ、ろろちゃん! 早く攻略しちゃおうこんな迷路! 聖薇ちゃんがいるって事は、他にも関係ない人が巻き込まれてるかもしれない!」

「まあ! それは大変です! 聖薇ちゃんを無事に帰すためにも、急がなきゃいけませんね!」

 二人で意気込んで、ゴールを目指そうと思ったのだが……。

「あ! あっち広いよ! きゅーけーできるかも!」

 聖薇はこの状況の深刻さを分かっていないため、葵の腕をぐいっと引っ張って振り回す。

「まっ、危ないから! せ、聖薇ちゃ〜ん!」

「ああっ、待ってください〜!」

 そうして辿り着いた場所は、本当に広い場所だった。とても不自然なくらいに。

「ぜ、絶対何か起こるよこれ!」

「でも誰もいないよ?」

「うぅ、そうだけど〜……」

  葵は不安でいっぱいだったが、聖薇とろろは警戒心を解いてくつろいでいる。しかし、聖薇を見ていると、何となく安心出来る気がする。

「ふふっ、何だか懐かしいなぁ。聖薇ちゃんって、妹みたいで守りたくなっちゃう」

「いもうと? あおいにはいもうとがいたの?」

「うん、うちにも妹が──」

 突然、葵の目が曇る。一点を呆然と見つめた後、うわ言のように一人言を呟き始める。

「何言って……うちには、妹なんか……」

 何かに操られているかのように、瞬きもせず言葉を続ける。そんな葵の姿に、聖薇達は恐怖を覚える。恐る恐る声をかけてみると、意外にもすぐに本来の葵に戻っていた。

「……あおい?」

「葵ちゃん……?」

「……え? どうしたの?」

「我、なにか悪いこと言った?」

「ううん、何も言ってないよ。どうしたの、急に」

「聖薇ちゃんか妹の話をしたら、急におかしくなってしまって……」

「妹? ああ、聖薇ちゃんが妹みたいで守りたくなっちゃうなって話だよね!」

「あおいには、妹がいたの?」

「いないよ? それがどうかしたの?」

「……?」

 さっきはいるって言ってた、という言葉は、二人からは出てこなかった。先程見せた葵の顔が、あまりにも恐ろしかったから。

 聖薇はそっかぁ、と目を逸らす。逸らした先の草木が、心無しかガサガサと揺れている気がする。そう思っていると、突然そこから何かが飛び出して来て、聖薇に「えいっ!」と触れた。

 瞬間、聖薇の身体が固まった。葵が驚いて飛び出して来た影の方を見ると、茶髪に白とオレンジ色が基調のロリータ系の衣装を纏い、仁王立ちで腕を組みながらドヤ顔をしている、茶色い目をした少女がいた。衣服のポケットは、デフォルメされた牛の顔になっている。

「やったぁ〜! あたしのさくせんは大せいこうだぁ〜!」

 少女は両手を広げ、大喜びしている。警戒しつつ葵が聖薇に『解除』を使いながら触れると、意外にもあっさり動くようになった。

「あ、戻った。って事は、何かのアビリティ?」

「はっ……! 我は何を……」

「えーっ!? なんでなんでぇ〜!」

 やだやだーと駄々をこね始め、少女は拗ねてしまう。その姿は見かけによらず、あまりにも幼すぎた。

「あ、あなた誰なの?」

「名まえをきくときは、じぶんがさいしょに名のるのがれーぎでしょ!」

「え? ご、ごめん……? えっと、うちの名前は……」

「あーまって! あたしがあてる! しってるもん! えーっと……すみれ!」

「葵だよ」

「えーっ!? じゃあこっちの子あてる! うーんと……ろろ!」

「ろろはワタクシです」

「我は聖薇だよ?」

「ハズレ〜!?」

 少女は名前を当てられなかったのがショックだったようで(聖薇は当たらなくて当然だが)、分かりやすく項垂れている。しかしすぐに立ち直り、自己紹介を始める。

「まあいいや! あたしの名まえは、しろうしもも! 白に牛、萌えるに桃ってかいて白牛萌桃! かわいい名まえでしょ!」

 無邪気に笑う姿からは、敵意は全く感じられない。しかし、いきなりこちらに攻撃を仕掛けてきた辺り、きっと萌桃は敵なのだろう。

「ね、ねぇあなた?」

「あなたじゃなくてもも!」

「え、えーっと……萌桃ちゃん?」

「なあに?」

「萌桃ちゃんは、どうしてここにいるの?」

「あたしがここにいるのは、まよいおねえちゃんがあたしとあそんでくれるって言ったからだよ!」

「あ、遊ぶ?」

「うん! ここでほーぷすの人たちが来るのをまって、だれかが来たら『石化』でかたまらせてぼーがいしてって! たのしそうだからやるって言ったの! それがおわったら、あそんでくれるんだって!」

 こんな小さい子まで巻き込むなんて、真宵という人は何を考えているのだろう。葵は聖薇を守るようにして前に立つ。

 萌桃のアビリティ『石化』。触れたものを石化させ、動けなくしてしまう。それにより、先程触れられた聖薇は一瞬にして動けなくなってしまったのだ。小さいのに、アビリティはかなり強い。いくら葵の『解除』があるからと言って、葵が石化されてしまえばまるで意味がない。葵も戦闘態勢をとり、ポケットからフライ返しを取り出した。

「あたしは早くあそびたいから、あおいとろろとせーらを石化させちゃいます! かくごしてなさい!」

 萌桃はそう言うと、素早い動きで聖薇に詰め寄る。小さい上に素早いため、動きを見極めるのが困難だった。聖薇も必死に逃げてはいるが、触れられてしまうのも時間の問題だろう。

「もっ、萌桃ちゃん! 落ち着いて、ね?」

「そうです、少し話し合いましょう?」

「やーだー! あたしはあそびたいのー! それに、あたしはこのせかいをほーかいさせるお手つだいもしなきゃなの!」

 世界の崩壊。それは、アンハピネスが目標としている事だ。という事は、萌桃はアンハピネスのメンバーで、アネスの考えに少なくとも同意している事になる。

「どうしてそんな事したいのですか……?」

「このせかいはおかしいんだよ! むかしのきおくをひきついだまま、あたらしい名まえとアビリティをもらって、生かされてるんだから!」

「そ、それの何がおかしいの?」

「むかしのいやーなきおくをひきついだままなことにきまってるでしょ! わすれたいきおくがずっとのこったまま生活するのは、やだよね?」

 萌桃の言い分も、分からなくはなかった。前世の記憶を引き継いだままこの世界で生きなければいけないという事実に疑問を持つ事は、悪い事ではないだろう。

「でもだからって、この世界を壊しちゃうのは違うと思います」

「ちがわない! あたしはさんせーなの!」

 葵とろろがいくら説得しようとしても、萌桃は聞く耳を持ってくれない。だがそんな萌桃に、聖薇は意味深に笑いながら腕を振り上げる。

「ふっふっふ、我の力を思い知れ! スキル『マジュツ・R』!」

 聖薇が腕を下ろすと、萌桃はどこからか出現した鎖により身動きが取れなくなった。身体をくねらせたり腕を広げようとしても、鎖が解ける事はなかった。

「なぁにこれぇ! うごけなくなっちゃった!」

「す、凄いよ聖薇ちゃん!」

「えっへん! 我の力を舐められたら困る!」

 スキル『マジュツ・R』。拘束、電流、暗闇の中からランダムで相手に効果を与えるスキルだ。今回はその中で拘束の効果が出たため、萌桃は鎖によって動けなくなったのだ。ちなみに、Rはランダムの略である。

「嫌な記憶があるなら、忘れちゃえばいいだけ! 我は元からここに来る前の記憶がないからわかんないけど、それでも楽しく過ごしてるもん!」

「むー、なっとくいかない!」

 聖薇の言葉にも納得していない様子だったが、動きが封じられているため抵抗すら出来ない。

「ありがとう聖薇ちゃん! 動けなくなったのならこっちのもの! 後は任せ」

「あおい! トドメは我がやりたい!」

 キラキラと目を輝かせながら、葵の言葉を被せるようにして聖薇が言う。何をするのかは分からないが、やる気に満ちているのに止めるのは可哀想だろう。

「よーし、いっくよー! あおい、ろろ、巻き込まれないように気をつけてね!」

 と思ったが、聖薇はそもそも話聞く気がないようだ。言葉の意味は分からなかったが、葵はフライ返しをポケットにしまい、ろろと一緒に一歩、また一歩と聖薇から距離をとっていく。萌桃の前に立った聖薇は、萌桃を見下すようにして見る。萌桃は聖薇の顔を見て、これはまずいと漸く理解した。

「ま、まって! あたしこーさんする! こーさんするからぁ!」

 そう言った所でもう遅かった。聖薇がぶつぶつと詠唱のようなものを言い始めると、周りにものすごい力が集まっていく。萌桃は涙目になりながらじたばたと動いているが、拘束が取れる気配はない。何となく嫌な予感がした葵は、『解除』の力を応用して、周りにアビリティの効果を一切通さないバリアを張った。

 力が最大限溜まり、聖薇は目を見開く。赤い瞳をギラギラと不気味に輝かせながら、左手を掲げた。

「今、我が力を解放する時! すべてなくなれ! いざ! エクスプロージョン! どっかーん!!」

 その瞬間、聖薇を中心にかなり大きい爆発が起こった。その規模は、地面が当然のように完全に抉れ、周りどころかひとまわりもふたまわりも巻き込む程である。葵はそれをバリアの中で見ながら、「爆発オチなんて……」と呟いた。それ以上は言うのをやめた。ろろは口元を両手で抑え、唖然としていた。

 煙が無くなってから、葵達はバリアを消して聖薇達の方へ近づく。隕石が落ちてきたんじゃないかというくらい陥没した地面を見て、葵は爆発がどれだけ大きかったかを察した。

 聖薇のアビリティ『爆散』。謎の(闇の)力によって自身を大幅に強化し、周りを爆発させて一掃するとてつもない力を持つ。そして最大の特徴として、一日に一度きりしか使えない欠点がある。何故なら──

「ふみゅぅ……」

 聖薇自身がその力に耐えられず、使用すると気絶するからである。

 ぐるぐると目を回しながら伸びている聖薇を、呆れながらも介抱する。ちらりと横を見ると、同じく目を回して気絶する萌桃の姿もあった。

 どうしようこれ。流石に置いていくのも可哀想なので、葵は聖薇を抱える。ろろも萌桃を抱き上げ、葵と顔を見合わせた。

「何か凄い子と出会っちゃったね……とりあえず行こっか。早く皆に会いたいし!」

「ふふ、そうですね」

 ろろは葵に微笑みかけ、葵も微笑み返した。そして、二人で一緒に歩みを進めて行った。

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