16 マヨイの迷宮
帰宅後、有奏達に擒の事を話すと、当然のように心配された。特に猛毒を入れられた未莉澄は、「何で生きてるの!?」と言われる始末だ。
「失礼な。生きてちゃ悪いか?」
「いや生きてなきゃダメだけど! ホントに大丈夫なの!?」
「大丈夫だって。ひゅみりすは不死身だからさ」
「嘘つけ。死にかけてた癖に」
るるは横目で未莉澄を睨み、呆れている。当の本人はへらへらと笑っていて、るるの目は全く気にしていない様子だった。
「無事なら良かったけど、逃げる事も大事だからね。聞いた限り、好戦的な子だったみたいだし」
菫も困り顔で四人、特に未莉澄を見ていた。少しだけ重い空気だったが、葵の「ご飯出来たから運んで運んで〜!」という声が広間に響き、一気に明るくなる。返事をして、凛花達は今日の夕ご飯を机に並べた。
その夜、凛花の部屋に一人の客人が現れた。誰かと思ってドアを開けると、そこにいたのは未莉澄だった。
「どうしたの?」
「一瞬だけ邪魔するわ」
そう言うなり、未莉澄は許可もなく部屋に入っていき、ドアを閉めた。凛花があわあわしている間に、未莉澄はベッドに座った。
「簡潔に済ませるから聞かせて。お前はこの先、戦わずに問題を解決する方法を見つけようとしてたりする?」
「えっ?」
いきなり質問されて、凛花は戸惑う。何とか言葉を拾い集めて再構築し、質問の意味を考える。未莉澄の質問のそれは、正に昨日考えていた事だった。
「そ、そりゃあもちろん。戦わずに済むなら、なるべくそうしたいし」
「なるほどね」
未莉澄は立ち上がると、凛花の前まで来て顔を覗き込む。青と緑のオッドアイが、不気味に光っていた。
「単刀直入に言うけど、それは無理だよ」
「え?」
「お前も見ただろ、今日の敵を。こっちの話は聞かないし、そもそも会話が通じない。基本的に話の通じる奴なんて、早々いないんだよ」
「で、でも……」
何とか未莉澄に反論しようと、頭を巡らせる。しかし言葉が出てくるよりも先に、未莉澄が口を開いた。
「厳しい事言うけど……どこかで諦めをつけるのも手だよ。それから……」
部屋のドアに手をかけ、こちらには振り向かず、呟くように言った。
「疑いの目は持ったままにしな」
ガチャン、とドアが閉まった。未莉澄のいなくなった部屋は、やけに静かだった。
少しの明かりが照らす暗い廊下を、アネスは音もなく歩いていた。一切の迷いもなく、ただひたすらに進んでいく。
一番奥の扉まで来ると、ゆっくりと開けて中を確認する。電気をつけ、部屋の中に入り、扉を閉める。向った先には、色んな管や機械が繋げられている一人の少女がいた。
「……」
アネスは機械を操作し、時々少女の様子を確認する。少女はベッドに横たわったまま、ぴくりとも動く気配はない。しばらく機械を操作していたアネスだったが、今日も動かないか、とすんなり諦めた。
「……保護したはいいが、いつ目覚めるか分かったものじゃないな……」
誰もいない部屋で独り言を呟くと、テレパスを使い莉子に連絡を取る。
『莉子。今応答できるか』
『はい。なんでしょうか?』
莉子は即座に反応し、アネスに返事をする。相変わらず出来た手下だ、と思いつつ言葉を続ける。
『次また奴らに攻撃を仕掛けたいのだが、あいつは来たか?』
『えっと……
『……まあいい。他にも呼んだのだがいるか?』
『それが……蔵隠真宵がその場にいた二名を引き連れどこかへ行ってしまったのです。行き先も分からないため……ワタシには何とも……』
『……そうか。分かった』
指示無しに動くなとあれ程言い聞かせたというのに、命知らずな奴らだ。相応の罰を考えねば。他にももう一つ確認したい事があるため、再びアネスは莉子に話しかける。
『それから、蠱毒擒がどこへ行ったか知らないか?』
『それが……恐らく死んだものと思われます。テレパスが繋がりませんので』
『……あいつのアビリティには興味があったのだが……仕方ない。分かった』
真宵が勝手に行動しているだけでもイライラしていたが、擒まで勝手に死んでいるなんて誰が思うだろうか。とことん運の悪い日だ。
『お前に命令する。縁の街にいる、
『分かりました。すぐに連れて来ます。それでは失礼致します』
プツリ、とテレパスが途切れる。再度少女へ視線を向けるが、やはり動く様子はない。
「……」
アネスは機械を元の位置に戻し、電気を消して部屋を後にした。振り返ることなく、そのまま廊下を突き進んで行った。
再び、部屋には静寂が訪れた。
結局一晩考えてみたが、昨日の未莉澄の言葉の意味は分からなかった。ぼんやり過ごしていたせいか、気づいたら朝ご飯を食べ終わっていて、皆が食器を片付けている所だった。
「凛花? 朝からずーっと正気のこもってない目をしてるけど、何かあったの?」
有奏が心配して、凛花の顔を覗き込む。なんでもないよ、と返事はしたが、この気持ちをどう伝えたらいいのか分からないというのが正直な所だった。有奏もこれ以上詮索するべきではないと思ったのか、すぐに凛花から離れて行った。
しばらくして、葵とろろが出かけるという話になり、見送るために菫も梯子に手をかけた。そして、葵達が扉を開けて外に出た瞬間──一瞬にして、二人の姿が消えた。
「えっ……葵? ろろ?」
菫が慌てて辺りを見回しても、二人の姿はどこにもない。跡形もなく消えてしまっていた。
その声を聞いて、残りのメンバーもぞろぞろとやって来る。梯子を登り、扉の前を見ても何も無いように見える。
「もう皆ったら、そんなに慌ててどうし──」
最後に有奏が皆の元へ行こうとするが、途中で足を滑らせて、思い切り突撃してしまった。その瞬間、辺りが光に包まれ、思わず目を瞑った。
気づいた時には、大きな木々に囲まれた場所に立っていた。目の前には人が歩けるような道が続いているが、それ以外には何も無い。というより、一本一本の木が大きすぎて見られなかった。
「ここは……?」
『これで参加者が全て揃いましたね〜』
どこからか、お淑やかな女性の声が聞こえてくる。音のする方を向くと、太い木の枝にスピーカーが括り付けられていた。
「ちょっと、ここどこ!? っていうか、皆は!?」
有奏が混乱しつつ問いかけるが、声はそれに答えることなく続ける。
『ホープスの皆さ〜ん、ようこそマヨイの迷宮へ〜。皆さんには、これからこのおぉ〜っきな迷路を攻略して貰います〜。ゴールまで辿り着き、迷宮を作り出したわたし、蔵隠真宵(くらがくれまよい)を見つけ出す事が出来たらクリアです〜』
スピーカーの奥の声──真宵は、どこか楽しそうに説明をしている。イマイチ状況が掴めないメンバー達は、呆然と立ち尽くしてスピーカーを見つめる。すると、凛花の脳内に別の声が響いてきた。
『凛花ちゃん、聞こえますか〜?』
『あ、ろろ! そっちは無事なの?』
『ワタクシ達は大丈夫です!』
良かった、ろろ達も無事みたいだ。
『恐らく、ワタクシ達は同じ空間にはいるはずなのですが、それぞれ別の場所に飛ばされてしまったようです。早くこの場所から……出……』
『えっ? ろろ? ろろ!?』
プツリ、と音がして、ろろの声が聞こえなくなる。その後何回か呼びかけてはみたが、二度と脳に声が響く事はなかった。
同様に有奏も葵に話しかけていたらしく、テレパスが突然通じなくなり焦っていた。
「あれ、なんで!? さっきまで普通に話せてたのに……まさか……」
有奏がスピーカーを睨む。すると再び、真宵の声が聞こえてくる。
『わたしが話してるのですから、ちゃんと聞いて下さい〜。開始と同時にする予定でしたが、早めに『シャダン』させて貰いました〜』
スキル『シャダン』。主に『テレパス』などの、何かを伝えたり移動したりする『伝達系』のスキルを、文字通り“遮断”する効果を持つスキルだ。
つまり、ここにいる間は仲間と連絡を取り合う事ができないという事だ。
『ちなみに、ホープスの皆さんをここへ『ワープ』させたのは、わたしとは別の方です〜。人数に偏りはありますが、まあ大丈夫でしょう〜』
スキル『ワープ』。対象、もしくは数人を特定の場所にワープさせるスキルだ。これにより、アジトの扉に近づいたメンバー達は、ここへ集められてしまったのだ。
『とにかく、皆さんはこの迷宮を作ったわたしを見つけて下さい〜。一筋縄ではいかないように、他にも二人のエキストラを用意しています〜。もしも出会ったら、遊んであげて下さいね〜』
「いや、どうして私達にこんな事させるの?」
何をさせたいのか分からず、凛花は困惑の声を上げる。その声が届いたのか、それとも偶然なのか、スピーカーから更なる情報が伝えられる。
『皆さんは、この世界の秘密を知りたいと思いませんか〜? わたしは、その秘密を握っているのです〜』
この世界の秘密。その言葉に、数名が興味を持ったように反応する。凛花も、そのうちの一人だった。
『わたしを見つけ出すだけの簡単なゲームに見えますが、それは間違いです〜。油断したら、皆さんの命は保証出来ませんから〜。一種のデスゲームだと思って頂けたら、いいかもしれませんね〜』
だが、相手もそう簡単に秘密を暴露してはくれないようだ。真宵を見つけ出すという簡単そうなミッションに、自分達の命がかかっている。真宵以外の二人のエキストラの存在も、きっとそういう事なのだろう。
『それでは、マヨイの迷宮スタートです〜』
ザザッと音がした後、スピーカーは音を発さなくなった。どうしようかと有奏達が戸惑っていると、最初に歩みを進めたのは凛花だった。慌てて有奏も、その後を追う。
「待って凛花! 本当に行くの?」
「私は行くよ。あ、でもこれは私が決めた事だから、皆は合わせなくても……」
そこまで言うと、菫が凛花の方へスタスタと歩く。凛花の肩に手を乗せて、微笑んだ。
「ダメだよ。こういう時こそ、皆で力を合わせるべきでしょ? それに、凛花を一人にする事なんて出来ないよ」
「菫……」
菫の言葉を聞き、迷っていた有奏もその場でうんと頷き、凛花の元へ駆け寄った。
「もうっ! 凛花が行くなら私も行くに決まってるでしょ! もちろん未莉澄とるるも行くからね!」
「は?」
勝手に行く事が決定し、るるは驚きと戸惑いと怒りが混じった声を発した。未莉澄が菫の真似をして、るるの肩に手を置いて「るるを一人にするなんて、出来ないよ」と菫のモノマネ(似てない)をした。色々な意味でムカついて、るるは思わず未莉澄を背負い投げしていた。
るるはもう逃げられない事を悟り、乗り気ではなかったが同行を許可した。直後に未莉澄も起き上がり、急いで凛花達の元へ向かった。
「よし、これで大丈夫ですね〜」
放送を終えた真宵は、後ろで控えている二人を見て、紫色の瞳を細めてにこりと笑う。振り向いた際に、真宵の長い藍色の髪とワンピースがふわりと揺れる。真宵の背後には、簡易的に揃えられた放送するための機具が揃っていた。
「それでは、わたし達を指定の場所へワープして貰えますか?」
真宵が声をかけた先には、水色の髪をした少女が、少し怯えているような様子でいた。
「は……はい……」
少女がパッと手を翳し、真宵ともう一人の幼い少女を『ワープ』させる。誰もいなくなったのを確認した後、少女はぎゅっと目を瞑り、そして突然走り出した。
「ごめんなさいごめんなさい、やっぱり私には無理です〜……!」
迷路の隅まで来ると、蹲ったまま泣いていた。
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