15 その毒に侵されて

 凛花とろろは海を離れ、帰路に着いていた。その途中で、妙に周りが騒がしい感じがして、音のする方へと足を早めた。そうして見つけた惨状は、とてつもないものだった。

 ボロボロになったるるに片足を乗せ、不気味に微笑むゴスロリの少女──擒。その赤い瞳は狂気に満ちていて、足に力を入れる度に濃い紫の髪が揺れる。その下に横たわったるるの顔は、苦痛で歪んでいる。その少し後ろには未莉澄がいて、身体はそこまで傷を負っていないのに、首元だけが紫色に変色している。それに、どこか呼吸がおかしい。

「るるちゃん!?」

 突然ろろの声が聞こえたるるは、驚いていた。未莉澄もこちらを見て、目を見開いている。

「な……ん、で……っ!?」

 ゆっくりと顔をろろに向け、ニヤリと笑う擒。

「……きゃはっ、面白くなってきたわ♪」

 るるから足を退け、二人の方へと歩みを進める。凛花が警戒の色を顕にすると、擒は「もう、警戒心が強いわねぇ」と笑った。

「あたしは蠱毒擒。二人と遊んであげていただけだから、そ〜んなに心配しなくたっていいのよ」

「遊んでるって……」

「きゃははっ、気になるかしら? ……こういう事よ!」

 擒は言うが早いが、二人に向かって手から毒液を噴射させた。避けられない、と凛花が目を瞑ると、二人の足元から大きな蔦が出現し、毒液を振り払った。恐る恐る目を開き、自身の身体とろろに異常がないか確認したが、特にこれといった外傷はなかった。

 未莉澄は擒の後ろ姿を睨み、唇を噛み締めていた。

「っ……お前、ホント性格終わってる。二人は関係ないだろ」

「あら、ここに来たんだから関係あるわよ。全員まとめて、あたしが殺すもの」

 擒は余裕の笑みで、後ろを振り返り未莉澄を見下ろす。毒が体内に回り始めている未莉澄は、だんだんと呼吸もおかしくなり、視界も霞んできている。

(トリカブトによる毒の解毒方法は、現状ないに等しい。解毒剤だってないくらい、強力な毒だから。ただ、このまま殺されるのは本望じゃない)

 毒が回っている頭で必死に考えを巡らせて、現状をどうするか、なにか解決する方法がないかを見つけようとする。

(じゃあどうする? でも、現代とここじゃ常識が違うし……ああ、そうか……“俺だからこそ出来る解毒方法”があるじゃん。だったら……)

 今ある力を振り絞り、立ち上がる。手足が痺れているせいでふらふらとしておぼつかないが、蔦を使って足元を安定させる。擒は再び凛花達に手を出そうと、ゆっくりと距離を縮めている。それを阻止するべく、そのまま擒に向けて蔦を伸ばそうと手を翳すと、突然擒が吹き飛ばされた。

 何が起きたのか分からず、ろろは凛花を守るようにして抱き締める。擒を突き飛ばしたのは、るるだった。ゆらゆらと立ち上がると、普段は髪で隠れている左目を光らせて擒を見据える。

 吹き飛ばされた擒は、起き上がりながらるるを見る。目に見えて、焦っていた。

(さっきまでやられっぱなしだったはずなのに、どこからそんな力が湧いてくるっていうの!?)

 この状況に、少なからず未莉澄も驚いていた。しかし、そこそこ長く一緒にいたためか、この現象が何なのかを即座に理解した。

「……『ドタンバ』か……」

 るるが持つスキル『ドタンバ』。自身が危機的状況に陥ると、身体能力がものすごく上がるスキルだ。るるは先程まで、散々擒に追い詰められていた。そのため、『ドタンバ』が発動して擒を吹っ飛ばしたのだ。

「な、何でよ! アナタは守ることしか出来ないんじゃないの!?」

 擒がるる目掛けて毒を噴射するが、人間とは思えないくらいの速さで、それらを全て避け切った。そして、顔を上げて擒を思い切り睨んだ。

「誰かを守り切るためには、反撃する事だって必要だろ。言われなきゃ分からないのか? ボクがずっと、受け身のままだとでも思っていたのか!?」

「なっ……」

 あまりの勢いに、さすがの擒でも言葉が詰まる。先程までとは違い、鬼のような形相で詰め寄ったるるは、擒の胸ぐらを左手で思い切り掴んだ。

「いつも守り切る事が出来ないボクの気持ちなんて、虐めてばかりのお前には分からないだろうな! どれだけ必死になって守ろうとして、失敗して、傷つけて……結局、中途半端にしか守れなくて……!」

 ぐいと顔を引き寄せ、驚く擒を睨む。その表情には、今までの後悔や無念が滲み出ていた。あまりにも本気なるるを見て、ろろは無意識にるるの名前を呼んでいた。

 しかし、擒は冷静な表情で、目を細めて少しだけ口角を上げた。

「だとしたら、どうしてアナタ達はここにいるのかしら」

「……は?」

「守り切れなかったからいるのでしょう? アナタが、花風ろろが、ここにいるのは」

「なっ……それ、は……」

 擒の発言を聞き、るるの顔に動揺が見える。

「その時守れなかったら、それで終わりなのよ。 こんな簡単な事、アナタは理解できるわよね?」

 胸ぐらを掴んでいた手を無意識に離し、るるは徐々に後退りしていく。擒はそれに構わず、両手を後ろに組んで言葉を続ける。

「守る側には次があるでしょうね。でも、守られる側に次なんてないのよ。死んだらおしまい。……きゃははっ! 分かるでしょ? ここが無ければ、アナタはその無念を抱えながら、現世を彷徨う亡霊にでもなっていたかもね。きゃははははははっ♪」

「っ……」

 るるは何も言い返せず、俯くしかなかった。いや、返す言葉もなかった。だって、その通りだったから。ここが無ければ、ろろに次なんて──

 グサリ、と嫌な音が響き渡った。るるがゆっくりと顔を上げると、擒の腹部を一本の蔦が刺していた。後方でるると擒の様子を見ていた凛花達も、この状況に少なからず驚いた。蔦を目で辿ると、両の目を緑色にさせた未莉澄が、一本の蔦を腕に巻き付かせながら操っていた。

「未莉澄……!?」

「お前、何して……」

 凛花とるるが声を出したのは同時だった。しかし、未莉澄はこれまでにないくらい真剣な表情をしていて、その場にいた全員の言葉が詰まる。

「思いついたんだよね、トリカブトの解毒方法。薬がないなら、毒だけ誰かに移せばいいんだよ。これは、『植物』を操る俺だからこそ出来る技」

 ぐい、と蔦を引っ張りながら、未莉澄は擒を見た。よく見ると、紫色に変色している首元にも蔦が一本刺さっている。あそこから、毒だけを抽出して移しているのだろう。

「なっ……! ま、まさか、アンタ……!」

「今更気づいても遅いね。もう結構移したし」

 未莉澄は淡々としながら、擒を光のない目で見る。擒は蔦を抜こうとするが、びくともしなかった。それどころか、むしろくい込んでいる。毒が入って来た事もあって、徐々に手足が痺れてくる。

「お前、嫌いな人を殺して遊んでたんでしょ」

「それが何よ!」

「だったら、同じように殺されても文句言えないよね。俺、お前と初対面だけど、一瞬で嫌いになったし」

「なっ……ぐ、ぅ……」

 擒は何も言い返せず、静かに未莉澄を睨んでいる。そんな表情を見ても、未莉澄は一切動じる事がなかった。

「でも俺は優しいから、毒が完全に回り切る前に殺してやるよ。そこは安心しな」

「あ、安心できるわけないでしょ! アンタ何なのよ!」

 擒は必死に助かろうと策を考える。が、未莉澄がそれを許すわけがなかった。るる達は未莉澄を見て、恐怖で足がすくんだ。普段の未莉澄は、周りを変な冗談で呆れさせるくらい変人だ。こんなに真剣な未莉澄を、今までに見た事がなかった。

「お前の敗因を教えてやるよ。一つ、『植物』の力を持つ俺に、同じ植物であるトリカブトの毒を入れた事。フグ毒とかにしとけば良かったのにね」

 ぐぐ、と蔦に力がこもる。

「二つ、俺の目の前で仲間を馬鹿にした事。仲間を馬鹿にされるのは誰だって嫌だろ? ……あぁ、仲間がいないお前には、この気持ちが分からないか」

 また更に力がこもる。擒も目に見えて焦っている様子だった。

「三つ。俺に出会った事」

 ぐしゃ、と嫌な音がした。るるが蔦を見ると、蔦が擒の身体を貫いていた。ろろは思わず、凛花の視界を手のひらで遮っていた。あまりにも凄惨な状態だった。

 蔦が引き抜かれる事はなく、未莉澄はずっと擒を見ていた。擒は目を見開きながら、未莉澄をじっと見つめ返していた。だんだんと薄れゆく身体を見て、自らの死を悟る。不思議と痛みは全く感じなかった。

「……アンタなんて……!」

「何とでも言え。どうせお前なんて死ぬんだし、お前なんて誰からも忘れられる」

 その言葉に、擒はぐっと歯を食いしばった。蔦をぐっと掴んで、恨むように未莉澄を見る。

「……っ。忘れられないようにしてあげたっていいのよ。……あたしもアンタみたいな奴、嫌い。これであたし達は両思いね」

「嫌な両思いだな。さっさと消えろ」

 その後はお互い何も言う事無く、擒もそのまま消えていった。未莉澄は蔦をどこかに戻し、その場で目を瞑る。しばらく呆然としていたるるも、どこかで区切りをつけて深呼吸をし、服についた砂を払いながら未莉澄の元へ近づいた。身体には多少痛みはあるが、我慢出来ない程では無い。

 擒が消えた後、ろろは凛花から手を放す。凛花は擒がいなくなっているのを見て、どうなったのかを察した。二人は未莉澄とるるの元へと駆け寄り、無事を確認した。未莉澄が目を開けた時には、いつものオッドアイに戻っていた。

「はぁ〜あ。やっと終わった」

 先程までとは違い、“いつもの未莉澄”に戻っていた。呑気に伸びをしながら、「クッソ疲れた〜」と空を見上げている。

「お二人とも、大丈夫ですか?」

「ボクは平気。……お前は」

「俺も別に。ってか、もう夕方じゃん。せっかくの散歩が台無しだわ。最悪」

 さっきの真剣な未莉澄と同一人物とは思えないくらい、いつも通りだった。その様子を見て安心したのか、ろろも表情が和らいだ。

「さあ、もうすぐお夕飯の時間です。有奏ちゃん達が心配しますし、急いで帰りましょう」

「そうだね。私もちょっと疲れたかも」

 凛花のその言葉に、るるがいたずらに笑う。

「お前何もしてないじゃん」

「いや、そうだけど!」

 思わず反論すると、るるはどこか満足したように笑っていた。もしかして、ちょっと遊ばれた?

 それでも、いつもぶっきらぼうなるるが笑っている所はどこか新鮮で、凛花もつられて笑っていた。四人で仲良く並びながら、夕日を背にアジトへ足を運んだ。

 ……少しの違和感に、気付かぬまま。

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