14 狂気と猛毒
妙な笑い方でにっこりとしている彼女は、未莉澄とるるを交互に見て更に笑う。ゴスロリ基調の毒々しい見た目をしていて、微笑む度に狂気が増す。腰には、薄紫色のカバンが取り付けられている。
「それにしても、偶然出会うのがこの二人なんてね。気になってたのよね〜、草花未莉澄と花風るる」
まるで獲物を見つけたかのような瞳の中には、未莉澄とるるが映っている。目を細めなから、ゆっくりと二人に近づいていく。
「あたし、
「俺達は楽しむ気ゼロだけど?」
「あら、ノリ悪いのね。嫌われるわよ」
「生憎様だけど、俺は元々嫌われ者だから今更どうって事はないね」
「へ〜ぇ、あたしと同じね」
未莉澄と擒の間には、既にバチバチと火花が散っている。いつ戦いが始まってもおかしくない状況に、るるは二人を見ながら固唾を飲む。
先に攻撃を仕掛けたのは未莉澄だった。擒の背後に蔦を出現させ、身体を捕らえようとする。しかし思った以上に反射神経の良い擒は、即座に躱して未莉澄の背後に立った。
「きゃはっ、いいわぁそういうの。あたしは好きよ?」
「お前に好かれたって何のメリットもない」
「辛辣ねぇ。それじゃ、そろそろあたしも本気出そうかしら」
擒は指で鉄砲の形を作ると、指先から禍々しい色の液体を放出する。未莉澄は後退しつつ上手く躱し、避けきれない分は蔦でガードする。しかし一瞬だけ反応が遅れ、液体が蔦をすり抜けていく。当たると思って目を瞑ると、キンという音と共に液体が弾き返された。目を開けると、そこにはバリアが展開されている。
「……油断するな」
「ははっ、さんきゅ」
守ってくれたるるにお礼を言うが、すぐに目を逸らされる。擒はつまらなさそうに腕を組み、るるをちらりと見る。
「ふーん。やっぱり攻防分かれてると面倒ね。どっちを先に殺そうかしら……」
擒はそう言うと、二人を交互に見ながら考え込む。だが敵に対して容赦のない未莉澄は、擒を待たずに攻撃しようとした。が、相手はお見通しだと言わんばかりに避けられてしまった。
「……きゃははっ、そうだ、こうしちゃおっ♪」
黒い笑みを浮かべた擒は、るる目掛けて液体を発射し始めた。るるは自身の周りに『守備』の力でバリアを展開し、擒の攻撃を一切通さない。その隙に背後に回り込んだ未莉澄は、蔦で擒の足元を拘束した。
「あら、意外とやるのね。まあ数の問題もあるでしょうけど」
擒は足元の蔦を睨んだ後、未莉澄に視線を移す。未莉澄も擒を威嚇するようにで睨み、低い声で問いかける。
「何企んでる?」
「もう、あたしがそんなに嫌らしい人間に見えるのかしら。きゃはっ、まあこんな事したって、あたしには意味ないのだけどね」
擒が手のひらから、先程と同じ色の液体を蔦にかけた。すると、蔦だけがみるみるうちに溶けてなくなっていってしまった。二人が驚く間もなく、すぐさま擒はるるの方へとダッシュする。
「きゃははははっ! 油断するなって言ってたのは、どこの誰だったかしらぁ〜?」
「っ……!」
擒の瞳は狂気に満ちている。その勢いに押されてしまったるるは、その場から動く事ができなかった。
「なっ! るる!」
るるに向けて右手を突き出し、不気味に笑っている擒。自分は死ぬ、と覚悟したるるだったが、直前で未莉澄が目の前に立ち塞がった。
しかし、擒は二人が予想していない行動をとった。にっこりと黒い笑みを浮かべた擒は、急に速度を下げたのだ。
「……な〜んてね♪ 同じ事すると思った?」
擒は未莉澄の首元に軽く触れ、その背中をドンと突き飛ばした後、その更に後ろにいたるるを思い切り蹴飛ばした。未莉澄は倒れながら驚き、飛ばされたるるの方を向く。蹴りの力が強かったのか、かなり後方まで飛ばされていた。そんなるるを見て、擒は笑っていた。
「あー、面白い。やっぱり注意力足りないんじゃない?」
「お前……!」
未莉澄はすぐに立ち上がり、かなり後ろにいるるるの様子を伺った。擒はじりじりとるるに詰め寄りながら、ニヤリと笑った。
「ねぇ、花風るる。あたしはアナタの味方よ。これからどんどん『猛毒』に侵されていく草花未莉澄を、一緒に観察しましょ?」
「は……?」
擒が何を言っているか分からず、未莉澄は瞳を揺らして動揺する。
「……何言ってんだ、お前」
るるが起き上がりながら、擒の顔を見る。相変わらず狂気に満ちた目で、るるをちらりと見据えている。未莉澄が構わず再び攻撃を仕掛けようとした。が、それは叶わなかった。
「……な……っ」
急に手足が痺れ始め、立っていられなくなった未莉澄はその場に座り込んだ。それを見て、擒は更にニヤニヤと笑う。
「きゃははっ、やっぱり効くのが早いわね〜。どう? 今どんな気持ち?」
「……おまえ、俺に、何した?」
「言ったじゃない。『猛毒』に侵したって。あ、もっと具体的にって話? あたしのアビリティって言ったら、おバカなアナタでも分かるわよね」
擒のアビリティ『猛毒』。毒を生成して発射させたり、体内に侵食させたりする。毒の種類は様々で、ちょっとしたものから死に至るものまで、どんなものでも作り出す事が出来る。先程指先や手のひらから発射していた液体は、全て擒が作り出した毒だったのだ。
「ちなみに、アンタに入れたのはトリカブトっていう植物の毒と似たようなものよ。植物に詳しいアンタなら、その危険性が分かるわよね♪」
「な……っ、トリカブト……!?」
その名前を聞いて、未莉澄は目を見開く。るるは名前を聞いてもその危険性が分からず、歯を食いしばりながら奥にいる未莉澄を見る。
「今は痺れだけで済んでるけど、このまま時間が経ったらどうなるかしらね♪ きゃはははっ」
擒は楽しそうに、未莉澄を見て笑っている。どういう状態か分かっていなさそうなるるに、未莉澄がこの毒について簡潔に説明する。
「……トリカブトの毒は、進行すると、痙攣とか呼吸困難とかを起こして、最終的に死ぬ」
「……は? それって……」
擒に触れられた未莉澄の首元は、徐々に紫へと変色していた。それを見て、るるはこの状況がマズイ事に気づき、目を見開いた。
(このまま放っておいたら……コイツは……)
未莉澄が死んでしまうかもしれない。そうしたら、もう皆に顔向け出来ない。
気づいたら、身体が勝手に動いていた。未莉澄の方を向いている擒に向かって、拳を突き上げようとした。しかし、擒は見切っていたかのように躱し、逆に再び蹴り上げられてしまった。
「るる……っ!」
未莉澄は顔を上げ、地面に倒れたるるを心配そうに見た。擒はそれが気に入らないのか、見下すように未莉澄をジロリと睨む。
「あら、自分より他人の心配? 蹴られたくらいで人は死なないわよ」
擒のその発言に対し、未莉澄は怒りの感情がふつふつと湧いてくる。
「……イカれてる」
「きゃははっ、それは褒め言葉かしら?」
ねぇ、と話しかけながら、横たわったるるにゆっくりと近づいていく。
「アナタは草花未莉澄が嫌い。あたしは誰かを殺したい。なら、アナタが嫌いなアイツを殺せば、あたし達はウィンウィンよね?」
「……何、言って……」
「だってそうでしょ? 嫌いな人って、殺したくなるじゃない。あたしはそうよ? だからあたしも生きてた頃は、いじめっ子達が食べる給食やお弁当に毒を入れて、殺して遊んだものよ。きゃはっ、あの頃はホントに楽しかったわぁ」
擒は自身のカバンの中から、木で出来た正方形の箱を取り出す。愛おしそうに眺めた後、ゆっくりとそれをしまった。
「まあ、結局あたしも毒殺されたんだけどね。きゃははははっ♪」
「……狂ってるよ、アンタ……」
尚も擒は笑うのを止めない。それどころか、笑う頻度が増えている。しかし突然笑うのを止め、るるの身体に片足を乗せる。そして、だんだんと力を入れ始めた。
「ねぇ、アナタはどっちの味方? 嫌いな奴を殺してあげてるんだから、あたしの味方よね?」
「ぐっ……あ……」
ボロボロになったるるは、抵抗する事も出来ず苦しそうに顔を歪める。
「アナタ、もしアイツが味方だって言うのなら、とんだ役立たずよ」
役立たず。その言葉に反応したるるは、ゆっくりと顔を上げて擒を見た。
「……どういう、意味だ……っ」
「だって、仲間一人すら守れないのよ? 『守備』というアビリティを持っているはずのアナタが、仲間の一人すら守れてないなんて……きゃははははっ! それじゃあ、花風ろろを守れないわよ?」
急に擒の口からろろの名前が出てきて、るるは目を見開く。
「……なん、で……そこで、ろろの……名前を……」
「あら。アナタが本当に守りたいのは、花風ろろでしょ? 仲間一人も守れないんじゃ、実のお姉さんなんて尚更守れないわよ。きゃっははははははははははっ♪」
擒は、狂ったように笑い続けた。……否、既に狂っていた。笑いながら、るるを踏む足に更に力を込める。るるは打開策を見つけようとするが、痛む身体が邪魔をして、歯を食いしばって耐える事しか出来なかった。
「るるちゃん!?」
なんてタイミングが悪いのだろう。今一番、聞こえてはいけない声が聞こえてきた。薄く目を開き、少しだけ顔を上げて声の方を見る。そこにいるのは、紛れもなくろろだ。隣には、心配そうに様子を伺う凛花もいた。
「な……ん、で……っ!?」
突然現れた二人を見て、驚くのはるると未莉澄だけではなかった。
「……きゃはっ、面白くなってきたわ♪」
擒は二人──特にろろに焦点を合わせ、ニヤリと笑った。
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