13 心、迷って

 朝食を食べ終え、各々自由時間を過ごしていたホープスのメンバー達。凛花も何とかホープスに馴染もうと、まだあまり話した事のないメンバーに話しかけてみる事にした。出掛けようとしていた未莉澄に声をかけ、一緒に同行した。同行したというより、凛花が半ば強引について行ったのだが。

 ……当然どこへ行くかも知らされておらず、気づいたら森の中にいた。

「ここどこっ!?」

行方不知ゆくえしれずの森。俺について来るなんて、変わってるね」

「あなたには言われたくないかもしれない……」

 未莉澄は呑気に、森の中を探索している。ついて行かないと確実に迷子になるので、必死に未莉澄に張り付いている。こちらの様子を伺うように、凛花を横目で見ながら口を開く。

「ところで何でついて来たん?」

「いやその、皆と仲良くなろうかなって思って……」

「ふーん」

 興味無さそうに、未莉澄は周りをちらりと見る。凛花はその態度に不服だったが、元々変わっている人なのであまり気にしないように自分に言い聞かせた。

「……あ、そーいや例外なんだよね、お前」

「え、うん。そうだけど……」

 何に興味を持ったのか、急に未莉澄は凛花をジロジロと観察し始める。その行動に驚きつつ、若干引き気味になる凛花だったが、未莉澄はそれに構わずずっと見続けている。

「実は俺には例外の知り合いがいるんだけど、そいつはアビリティ使えんだよね。何でか分かる?」

 突然話を振られ、凛花はビクリと肩を震わせる。

「え……な、何でと言われても……」

「まあここ来たばっかだし、例外も数人しかいないし知らんか。正解は……」

 未莉澄は自分の胸に拳を軽く当て、凛花を横目で見た。

「あっちで死んだから。あっちってのは、現世の事。つまり、現世で意識不明だった身体の方が、力尽きて死んだ。だからアビリティが使える」

「それって……」

「そ。死んでこっちに来てんのと変わらん状態になっちまったって事」

 そう言うと、未莉澄は視線を凛花から空に移した。森の木々が生い茂っているため、空はほとんど見えないが、木漏れ日が二人を照らしている。少し強めの風が吹いて、木々の揺れる音が響き渡った。

「……ちなみに、その人は今も元気にしてるの?」

「まあね。呑気に生きてる」

「良かった……の、かな?」

「さあねぇ」

 未莉澄にとってはただの他人事なのか、また興味無さそうな顔に戻っている。しかし凛花にとっては、その顔が何かを物語っているような気がした。

「未莉澄は、どのくらいこの異世界にいるの?」

「んー……? 割と昔っからだよ。何で?」

「いや、何となくだけど、何か知ってそうな顔してたような感じがして」

「……」

 驚いた表情で、未莉澄は固まった。何か気に触るような事を言ってしまったのかと思い、凛花は慌てて弁明した。

「ご、ごめん! 疑ってるとか、そういうのじゃなくて、その……」

「へ〜ぇ、お前にはそう見えるんだ。ははっ、面白いな。いやー、気に入ったわ」

「……え?」

 何故か未莉澄は意味深な笑みを浮かべ、凛花の言葉に満足している様子だった。何を考えているのか、全く心情の読めない人だ、と凛花は改めて思う。

「流石にずっとここにいるのも飽きるでしょ。案内するからついて来てね」

 言い切る前に、未莉澄は既に歩き出していた。凛花は駆け足で追いかけ、何とか森を抜ける事が出来た。

「というか、何で未莉澄はここに来たの?」

「だいたいいつもここにいる。落ち着くから」

「そうなんだ……」

 次は何の話をしようかと考えていると、タイミングが良いのか悪いのか、どこかへ出掛ける途中だったらしいるると対面した。

「あ、るる」

「……凛花、と……」

 るるは隣にいる未莉澄を見つけ、あからさまに不機嫌な顔をする。しばらく睨んでいると、未莉澄はくるりと背を向け、凛花に目配せした。

「あー、用事思い出したわ。凛花は皆と仲良くなりたいんでしょ? 丁度るるもいるし、二人で何か話してみたら? そんじゃーね」

 そう言って、未莉澄は再び森の中へと消えてしまった。凛花がるるの方を見ると、るるはこちらに一切視線を合わせずに「何?」とぶっきらぼうに話す。

「そ、その、せっかくだし、親睦を深めるために何かしたいな〜、なんて……」

「……何話す気?」

 全く話題を考えていなかった凛花は、必死に頭を巡らせる。

「そ、そうだ! るるとろろについて話したいかな〜なんて……」

 咄嗟に思いついたのが、るるが双子だという事だった。だから、話しやすいであろうろろの事を口にしたのだが……。

「……話す事なんてない」

 そう呟いて、るるは凛花の元から離れてしまった。追いかけようとしたが、一瞬振り返ったるるがこちらをキッと睨んでいたせいで、その場に留まってしまった。

(仲良くなるって難しい……)

 凛花は心からそう思った。

 一人になってしまったので、あてもなく適当に歩いていると、いつの間にか凛花は砂浜まで来ていた。ざあざあと一定の間隔で響く、波の音が心地良い。海の方まで近寄ってみると、先客がいる事に気づく。そして、それがろろだと分かるのに時間はかからなかった。

「ろろ?」

「あら……? 凛花ちゃん。どうしてここへ?」

「たまたま歩いてたら、ここに辿り着いて」

 ろろの隣まで歩き、一緒に海を眺める。しばらくすると、ろろの方から話しかけてくれた。

「凛花ちゃんは、ここでの生活に慣れましたか?」

「いいや、全然だよ。まだ皆とも仲良く出来てないし……」

 そう言って顔を伏せる。ろろはちらりと凛花の顔を覗くと、少し微笑んで口を開く。

「るるちゃんとは話せましたか?」

「話そうと思ったんだけど、話す事なんてないって言われちゃって」

「そうですか……」

 ろろは悲しそうな顔をしていた。静かに海を眺めていると、ろろがるるの話を始める。

「ワタクシは、るるちゃんから避けられているのであまり話さないんです。どうして避けられているのか、どうして話してくれないのかは分かりません」

「そうなの? あ、でも、確かに二人で話す所ってあんまり見ないかも……」

「ふふ、そうでしょう?」

 表情は笑ってはいたが、目はとても寂しそうだ。

「……ワタクシは、時々こうして海を訪れるんです。本当なら、るるちゃんと一緒に行きたいのですが……」

 ろろはるるの事を好いているようだが、るるは違うのだろうか。確かに仲の悪い兄弟姉妹はいるが、凛花から見ると二人が本当に仲の悪い双子だとは思えないのだ。

「大丈夫だよ。いつか必ず、るると一緒に海に行けるよ」

「え……?」

「何の根拠もないけど、ずっと今の状態のままなんてありえないからさ。私もるるからあんまり良い印象は受けてないだろうけど、ホープスに入ったからには絶対仲良くなりたいし!」

 それにるるは、未莉澄が暴走した際に凛花を助けてくれた。本当に敵視しているのなら、あの状況で守ってはくれないだろう。

 凛花は男性ではないし、一人っ子なので本当かは分からないが、そういうお年頃だという可能性だってなくはない。もしそれが原因ならば、時間経過で関係が良くなる事もある。

「……ふふ、ありがとうございます。そうですね、一番新しいメンバーの凛花ちゃんがこんなに頑張っているのですから、ワタクシも精進しなければなりませんね」

 ろろが微笑むと、背中を押すように風がひゅうと吹く。二人の結ばれた髪が、ろろのピンク色のスカートが、ふわりと揺れた。海を眺めながら、必ず訪れるであろう“いつか”を想っていた。




「おーまいがー……」

 凛花とほぼ強制的に別れたるるが歩いた先にいたのは、紛れもない未莉澄だった。偶然ではあったが、二人は全く同じルートを辿っていたのだ。

「今日は最悪な日だ」

「まあそういう日もあるさ。ドンマイ」

「ふざけんな」

 正直な話、未莉澄はどうしてるるに嫌われているのか分からない。うるさいのもウザイのも自覚はあるが、直接の原因かどうかは本人に聞いてみないと分からない部分はある。しかし、その本人とは全く会話が続かないので聞くに聞けない。

「折角だし一緒に散歩でもする?」

「誰がお前なんかとするか」

「辛辣ですねぇ」

 何とか会話を繋げつつ、るるに歩幅を合わせて歩いていた(半分走ってた)その時。

「あら、もしかしてアナタ達、ホープスの人じゃない?」

 目の前に少女が現れた。赤い目を不気味に光らせ、恐ろしい笑みを浮かべながら二人に近寄る。未莉澄達も警戒するように、現れた人を睨みつける。

「そんなに怖がらなくたっていいのよ? まあ、アナタ達にはここで死んでもらうけどねっ♪」

 笑っているその瞳には、溢れんばかりの狂気が宿っていた。

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