12 これから

 凛花達はしばらく、その場から動けなかった。凛花はもちろんの事、ホープスのメンバー達は今まで人を殺めた事がなかった。しかし今、目の前で人を殺めてしまった。救う事ができず、そのまま。

 感傷に浸っている間もなく、どこからかアネスが姿を現した。落胆や悲しみの表情を浮かべる五人を見て、薄ら笑いを浮かべながら凛花に近づいた。

「まさか本当に殺すとはな。まあ、僕はお前達が死ぬ方が本望だったのだが」

 ムードをぶち壊して笑みを浮かべるアネスに、有奏や菫は怒りの表情を浮かべる。そして勢いのまま掴みかかろうとするが、やはりすぐに躱されてしまった。そんな二人を見て、アネスは臆する事無く続ける。

「仲間でもない奴の死を、よく悲しめるな。僕には理解できない」

「……だとしても、今はそういう場面じゃない事くらい分かるよね。何をしに来たの?」

 菫はアネスを睨みつけながら、唇を噛む。アネスはそれを気にする様子も無く、興味無さそうに一同を見た。

「まあいい。僕はただ様子を見に来ただけだ。実験の結果も分かったしな。……だが、思ったよりも懲りてないようだな」

 アネスが凛花の顔を見る。凛花は少し目を瞑った後、真っ直ぐにアネスを見た。

「懲りないよ。むしろ、やる気になった。アネスが何を考えているか分からないけど、私はあなたに対抗する。絶対、止めてみせるから」

 凛花の力強い言葉に、アネスはふんと鼻を鳴らす。

「……勝手にしろ。僕はこの世界が壊せたら、それでいい」

 そう言うと、アネスは空間を切り開いてそのまま姿を消した。

 アネスが去ってからすぐ、凛花は地面に落ちていたナイフを拾い上げた。それには、空が生きていた赤い印すらも付いていない。もちろん、空そのものもいない。この世界から、握力空という存在が完全に消えたのだ。

「……空……」

 凛花は静かに俯き、涙を堪えた。そんな凛花に寄り添うように、有奏がそっと凛花の肩に手を置く。凛花が顔を上げると、「大丈夫」と有奏は言った。

「たとえこの世界から空がいなくなっちゃっても、生きた証は絶対にある。だって、凛花は空の事を知ってるし、覚えてるでしょ?」

 その言葉を聞いて、凛花ははっとする。

「誰かが覚えている限り、その人はずっと生き続けているんだよ」

 有奏は、ナイフを持っている方の凛花の手を両手でそっと包み込んだ。凛花は堪える涙を抑えきれず、静かに雫を零した。カランと音を立て、ナイフが地面に落ちる。握っていた両手を離し、引き寄せるように抱き締めて、右手をそっと頭に乗せた。凛花は人目もくれず、気の済むまで泣いた。そんな凛花を安心させるように、有奏は落ち着くまでずっと頭を撫でていた。

 夕暮れの真っ赤な日差しが、二人を静かに照らしていた。




 アジトに戻った後、広間にいた未莉澄やろろに色んな意味で心配される羽目になった。ずっと泣いていた凛花の目は真っ赤に腫れているし、葵は折角チラシを貰ったのに卵を手に入れられず放心状態だし、事情を知らないメンバーからしたらぎょっとするだろう。

 凛花に関しては、帰ってすぐに有奏から何があったのかを説明された。大変だったでしょう、とろろに頭を撫でられて、凛花はまた泣きそうになったが何とか堪えた。葵に関しては、未莉澄から「ドンマイ」と声をかけられる程度だった。

 葵は「卵……」と名残惜しそうに呟いている。相当ショックだったようで、落ち込む葵の代わりに菫が夕食を作っていた。

「葵、いつまでも落ち込んでないで」

「うぅ……あんなチャンス滅多にないんだよ……? 菫ちゃんには分からないかもしれないけど……」

「そ、そう言われると何も言えなくなっちゃうな……」

 あはは、と菫は苦笑しつつ、お椀にご飯を盛る。広間のメンバー達が、ご飯やおかずの乗った皿を次々に机に並べていく。

 凛花はソファに座り、今日の事を考えている。有奏はどうしたんだろう、と首を傾げながら凛花をじっと見た。

「凛花、どうしたの?」

「ちょっと色々考えてて」

 そう言うと、凛花は有奏を初めとした広間にいるメンバーを見渡した。

「この世界で生きる事、ホープスで生きる事を改めて感じさせられたなって。つい流れで入っちゃった感覚だったから。……空をこの手で死なせちゃった時、実感した」

 広間がしんと静まる。広間にいる全員が、目を瞑って俯いている凛花をじっと見て、次の言葉を待っていた。

 でもさ、と凛花は顔を上げる。その瞳に、一切の陰りも迷いもなかった。

「だからって立ち止まったままじゃいられないんだよね。何もしていなくたって、時間はどんどん過ぎていく。次こそ誰も死なないように、死なせないようにしなきゃって思って」

 凛花は、そう力強く宣言した。一瞬場がしんとした後、凛花の言葉に心を動かされた葵が何かよく分からない叫び声を上げながら凛花に抱きついた。

「うわっ、ど、どうしたの!?」

「凛花ちゃん、若いのにめちゃくちゃ偉いじゃん! 凛花がこんっなに頑張ってるんだから、うちも卵ごときで落ち込んでる場合じゃないよね!」

 葵は自身に言い聞かせるように、うんうんと頷いている。調子いいんだから、と有奏が苦笑している。

「え? ま、まあ……葵が元気になったのなら良かった……の、かな?」

「ふふ。若いのにって、葵だって十分若いでしょ?」

 菫も苦笑しながら、葵に夕食のおかずが乗っている皿を渡す。「えー?」と言いながら、葵は皿を受け取って机へ運んでいく。

「確かに十六歳のまま止まってるけど、それでもここに来てから結構経ったよ?」

「それを言ったら僕は十七だし、葵よりも前にここに来てるよ」

「せ、先輩だぁ〜」

 葵がわざとらしく、菫を崇拝しているかのようなポーズをとる。全く、と菫も苦笑し、葵にご飯茶碗を渡した。それを聞いた凛花が、意外だと思いながら有奏に質問を投げかける。

「ここにも年齢の概念ってあったんだ?」

「あー、年齢っていうか、ここに来た歳で止まってるんだよね。分かりやすく言うなら、現世で死んじゃった年齢だね」

 それを聞き、凛花は慌てて謝る。

「……な、なんかごめん」

「大丈夫だよ! うちは気にしてないし! ……まあ、人によっては気にしてるかもしれないけどね」

 皆こうして明るく過ごしているけれど、全員現世では亡くなってしまった人達だ。生きていた頃の記憶や死ぬ間際までの記憶も持ちながら、日々こうして過ごしている。それでも、ホープスの皆は決して生きる事を諦めようとしていない。

(……凄いな、皆は)

 そんなやり取りをしている中、いつの間にかホープスのメンバー全員が広間に集まっていた。食卓には典型的な和食が綺麗に並べられている。

 全員が座ったのを確認して、一斉に「いただきます」と合唱してご飯を食べ始めた。少しして、有奏が凛花を期待の眼差しで見ている事に気づく。

「……あ、有奏? どうしたの?」

「いや〜、さっき年齢の話してたじゃん? 私は何歳くらいに見えるかなって思って!」

「えっ……じ、十七?」

「なるほど、凛花にはそう見えるんだ」

「正解は?」

「ひっみつ〜♪」

 有奏は人差し指を口元に寄せ、こちらにウインクした。そう言われると、気になって仕方ないんだけど……。

「……こういう話って、普通食卓囲みながらする話じゃないと思うんだけど」

「るるちゃんったら、そこまで睨まなくてもいいんですよ?」

「呑気だなホント……」

 るるは呆れて、ご飯を食べるペースを早めた。その後は他愛のない話をしながら、全員が夕食を食べ終えた。後は各々が自由にしていい時間なので、部屋に戻る人や広間に残る人がちらほらといた。凛花は自室に戻り、今日の振り返りをしていた。

 今日で、名も無き世界の事、ホープスとアンハピネスの対立関係について、何となく把握出来た気がする。まだ謎が多いのは確かだが、この世界の人達は皆、協力しながら懸命に生きている。なのに、アネスを始めとする一部の人達は、それを良く思っていないようだ。

(どうしてアネスは、昇天制度がありながら使おうとせず、異世界そのものを崩壊させようとしてるんだろう)

 アネスだけではない。ホープスの皆も、アンハピネスと戦う事を決意している様子だ。もしこの先、戦わずに解決する事が出来るとしたら……。

 いや、今考えるのはやめよう。ホープスの皆だって、一度はそう考えているはずだ。その結果がこのやり方なのだろう。しばらくは様子を見るべきかもしれない。そう考えながら、凛花はベッドに横になり眠りについた。

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